第13話 イチゴの季節とござる女

「らっしゃえい、てやんでぇイ↑」


…こんなメタい事を言ってよいのか分からないが

異世界人が江戸っ子気質でいいもんだろうか…?


「うーん」

「シンジ! 魚が絞首刑に処されているわ」


カチカチの魚はネシアの言う通りに

屋台の天井の端から上下逆さに吊られている。

それよりも問題はお品書きの方である。


「う〜ん」

「貴方と同じものにするわ」

「えぇ〜?」

「何をそんなに迷ったふりしているの?

 貴方の世界の郷土料理と同じでしょうに」

「そうなんだよなぁ、本来」


日本に生まれて義務教育を終える程度まで

日本で生活していた者なら

ほぼ間違いなく寿司を食べている筈。

当然僕だって例に漏れずそうだ。

しかし、だ。


「読めるんだけどね、文字もねー」

「ほら、早く決めて頂戴な」

「僕もそうしたいんだけどねー」

「もしかしてこれは前戯という奴なの?」

「おやめなさいなネシアさん」


それに食前である事を考慮したら

前菜・・のが適当じゃない??


いや…下ネタ毒舌に

TPOを考慮するのはむしろナンセンスか。


「う〜ん」

「なら先に頼んでしまうわ。

 大将、おまかせで何か一皿」

「てやんでぇイ↑」


その噴火みたいな謎イントネーションやめて。


しかし確かに———

このままでは一向に決まらない。

ええい、何とかなれ!!


「じゃあ、僕はこのー…


 ———マサムネとキヨモリを」

「てやんでぇイ↑」


見慣れない文字でも

神様の都合で(本当は嫌らしい)

読む事も理解する事も出来る。

技巧スキル』というのだとか。


だが、問題はそこではない。

固有名詞、、、、だ、問題は。


(頼む…魚出て来てくれ!!)


お品書きの札にズラリと書かれた文字列。

ムラマサ、ヨシツネ、イエヤス、ツナヨシ、クニミツ、ユキチ、etc…

日本人的な感性からすると、

ほぼ間違いなく日本酒の名前だ。


…いや、でもさ?

寿司屋のお品書きに堂々と書いてある

って事はやっぱり寿司に決まっていると思う。

寿司然としてあるべきだ。


合唱コンクールの出番一歩手前の時みたいな

ザワザワした緊張感の中、忙しなく動いていた

大将の腕が止まった。

動きは少なくとも、何かを握っているような感じだった。


さぁ、サーブの時だ。

答え合わせ。


「あいよ!

 嬢ちゃんはマグロの握りの盛り合わせね」

「綺麗なものね。

 何故だか知らないけれど

 体液が口から止めどなく出てくるわ」

「涎ね?」


凍っている…というよりはシャーベット的な?

赤と橙色オレンジの華やかな盛り合わせは

シャリこそ柔らかそうであるが、身の方は明らかに解凍出来ていない。

それから大将はおちょこと徳利も添えた。

多分お冷なんだろう。


「あんちゃんの…

 マサムネとキヨモリね!お待ちど」

「これが…!?」


…ストロベリーアイスと、苺のクレープだった。

あれほどデカデカとお品書きの目立つところにあった仰々しい名前のそれらは、どうやらデザート・スイーツ枠だったらしく。


と固まっている背後から誰かが

暖簾をくぐった。


「ちわっすござる、大将殿。

 やってるでござるか?」

「てやんでぇイ、べらぼうめぇ。

 開けてねぇ日なんぞ無ぇぞオイラあ」

「ではいつものとテキトーに盛り合わせを頼むでござる」

「てやんでぇイ↑」


『ちわっすござる』という

 イカつい挨拶に吃驚して

 振り向いた背後には、雪国では

 あり得ないレベルで胸のはだけた

 和服風の赤い女が、そう赤い長髪の女が。


(腰くらいまであるけど

 床屋行くのが面倒くさいタイプかな?)


僕の隣に座ったござる女は

早々にきた一升瓶の酒をそのまま

ぐいぐい煽った。 

……彼女の肝臓の今後を考えると

何故だかキュッと切なくなった。


「んん? よもやよもやお主…」

「酒くさ…」


ござる女が奥底の記憶を起こす為か

僕の顔を見たり揉んだり

キスしようと迫ってくる。


間違いない、彼女は着席3秒で既に

ベロンベロンに酔っている(当然である)。


そんな僕をガン無視して

ネシアは「口の中で魚が…溶けてるっ」と

醤油もつけないままで目を輝かせている。


お楽しみ中悪いんだけど、助けて欲しいぞ〜?

今こそ、魔王様の力が見たいぞ〜??


気付いてくれたのか何なのか

こっちを見て親指を立てるネシア。


「♪」

「…♪」


屈託ない笑顔に思わずそのまま返してしまった。

やれやれ、自分でどうにかするしかないか。


あれは多分、「酔っている巨乳の年上キス魔お姉さんに迫られて断り切れず童貞を捨てる事くらいあるわよね?」とでも思っているに違いなかった。分かってきたんだ、そういう顔だった。


「あむあむ」

「ちょっとお姉さん! 飲み過ぎだって」

「この味はっ…!?」


親指の味ってなんだ。

そして親指の味から何が分かったっていうのだ。


「お主、見た事ない顔だと思うたが道理で!

 初対面でござるな〜カッカッカッ!!」

「うーん、お水飲もうねーお姉さんねー」



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