第10話 勇者殺しと、バトルドーム

「生憎手持ちが…」

「そらそうよね…」


急に数十億の大金を貸してくれと

言われて貸せる奴なんているわけがない。


「2,000億程しかなく…」

「麻薬王略して麻王まおうじゃないよね!?」


バルバレッサはくすりと笑って

僕の髪の毛を手入れするように撫でる。


「蒸留酒とラジオの放送権で築いた財ですよ」

「伝記や啓発本を書くことがありましたら

 是非当社に…グヘヘ」

「こら後輩。

 他魔王ひとの奴隷の金玉を

 ドレッシングしないで頂けるかしら?」

「ブラッシングね、ブラッシング」


というかブラッシングが必要な金玉とは??

そういう哲学的な問い掛けなのか???


「失礼致しました。

 形が似ていたものですから、つい」

「そんなに似てなくない??」


頭と金玉を見間違えるなんて

素面なら絶対に……絶対に……?


「もしかして似てるの……?」

「「全然」」

「もしかして仲良しなの……?」


というか女の子が金玉とか

言っちゃあいけないと思います!!

いや、言っちゃいけない事を平然と言ってのける

からこその魔王なのか……??


「20億ドラーの貸与…という事なら

 お断りさせて頂きます」

「前振り要らなかったわね」

「こらこら」

「ですが10億ドラー程度の

 取引や商談であればよしなに

 させて頂きと考えています」


おぉ!

全額とまでは行かなくても

借金全部の内の半分が消えるのは

実にありがたい提案だ。けど…


「ネシアには取引材料なんてないしなー」

「ふっ。

 シンジ、良い機会だから教えてあげるわ」

「…何、を」


ネシアはドヤ顔で立ち上がると

何故か自信満々のジョジョ立ちを披露した。


こいつまさか…ちゃんと用意していたのか!?

・・・取引材料をッッッ!!!!


「後輩よ」

「はい」

「10億で譲ってあげなくもなくてよ」

「……一体何を?」

「貴様が心の底から欲しがっている

 ———本当に望んでいるもの。その願い」


僕もバルバレッサも目を見開いた。

それは完全に魔王が何かを誑かす絵画のような

邪悪な神聖さと美しさに満ちた笑顔だったから。


生唾を飲む。

思わず息が漏れていく。


ネシアの口角が上がる、唇が動く、舌が形を成して、空気が震えていく。喋るという動作の一つ一つが異様にスローに観察出来る。


これが、緊張するって事なのか…。


なら僕は———

恐らく壊滅の魔王であるバルバレッサすらも

生まれて初めて、緊張をしている。


来る!

ディアネシア=ディア・ディザスターの、

最古の魔王の言霊が!!


「バトルドーム!」

「?」

「?」

「スゥバトルドーム!!!」


それはツクダオリジナルから出た

3Dアクションゲームだった。

超エキサイティンッッッ…という奴だ。

ちなみに近年復刻されたんだとか、

されるんだとか。


「…」

「…」

「…」

「それで〜

 バレッサちゃんは何が欲しいの〜〜!!」


うわあ、なんだそのキャラ、その勢い。

見よ。

バルバレッサの引き攣った笑みを。


「あ、はい。

 では…勇者を殺せる武器、、、、、、、、を」

「!」


少なくとも初めて見る。

勇者と相対する瞳の魔王。

何だか少し愉快な感じがする。


結局男の子って奴は

魔王と勇者の対決が見たいものなのかも。


「えーじゃあこれ。

 100均のセラミック包丁」

「勇者舐め過ぎでしょ」


痺れを切らしたのか頃合いだと思ったのか。

バルバレッサは身を乗り出してこう呟いた。


「お持ちなのでしょう?

 ——イレシュキガル遍く呑み干す暗い虚

「…はぁ。なるほど」


真剣味を帯びた

ネシアの横顔はとても綺麗だった。


そして暫く顎を撫でながら考え、考えて。

最後に悍ましいを取り出した。


「使うのは一度だけ——

 それさえ守るのなら後は好きになさい」

「我が全身全霊に刻みましょう。

 その諫言」


バルバレッサは震える手でその影を受け止めた。

先端にお札の様な影や、いくつかの輪っかや4本指の手の影がくっついている杖の形をした影。


明らかに、この世界にとって異物だ。


「フフフ…フフヒ、ヒヒヒヒヒイヒヒ……

 では、取引成立ですね」


(本当に良かったの? これで)

(安心なさい。いざとなったら)


———ちゃんと私が責任を取るから。


その言葉が胸の奥の底に刺さって、

どうしようもなく抜けなくなった気がする。

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