第4話 元カレと、目に沁みるシャンプー

「シンジ」

「どうしたクラリス?」


只の人間に過ぎない僕に、魔王を裏切るほどの胆力を持った魔族の少女は

窮屈な浴室の床に全裸で額を擦り付けた。全裸土下座である。

別に何か謝られるような事はされていないし

そもそもお互い僕達は初対面同士だ。


…おしっこ漏らしちゃった、とか?

お風呂でもおしっこするタイプだったんだな。クラリスって。


「大丈夫だよクラリス。僕は別に友達がお風呂でおしっこしても

動揺しないタイプの人間だから」

「勘違いが盛大すぎるのだが!?

そうではなくてだな…」

「…うんこ?」

「僕はワンちゃんか何かだと思われているのか???」


別に漏らしたとかではないらしく、僕の下半身が気になるらしい。

ので、隠して欲しいとタオルを強引に巻かれてしまった。


「シンザン」

「逆にもう好きだね。どうしたのネシア?」


ネシアは小声でクラリスに聞こえない様に僕に囁いた。


「お風呂で背中を流すとはどうやってやるのかしら?」

「…ネシアって今年でいくつ?」

「下4桁は覚えていないけれど、確か千と68だったはずよ」

「…なんでこんな良い匂いがするんだ」


魔王様ご自慢であろう長い髪束に鼻を着けて深く深く吸ってみたが

カードショップで嗅ぐような何とも言えない臭いはない。

寧ろフローラルで寝るときに嗅いだらぐっすりと心穏やかに安眠できそうな落ち着く香りで頭の中が満たされた。


「魔族と人間では身体の構成要素に差異が存在しているのよ。

心ゆくまで私の匂いで肺を満たす事を許してあげる」

「へぇ〜」

「な、なんだ!? というかあまり見るな…なっ!?」

「スゥ———ハァ———」


ネシアは結構知識に偏りがあるので怪しい時はすぐさま確認したほうがいい気がする。…やっぱり。肩を抱いて震えるクラリスの金髪を嗅いだ結果はそうではなかった。


「女の子の匂いと適度な運動の後の匂いが混ざってる…

ネシアが特別なだけみたいだね」

「なんだ…この生まれて初めて味わう敗北感は…」

「特別…フフ。そうよ? 私は特別なの」


クラリス → orz


ご満悦そうなチョロいであろうネシアの長い髪を濡らしながら少し揉んでやってほぐす。が、髪質が良いからか指に絡む事もない。続けてネシアが異世界から召喚したものの中に紛れていた高そうなシャンプーを数滴手にとって広げる。

「はーいじゃあシャンプーしてくから目閉じてー」

「何故目を閉じる必要が…待ってちょっと! 眼球がヒリヒリとするわ!!」

「だから閉じてって言ったじゃん」


というか魔王くらい強くてもシャンプーて目に滲みるんだなー。

なんて思いながら洗い終わったネシアを湯船に浸からせてさあ

自分の身体を洗おうと振り返るとクラリスが闇堕ち直後みたいな

暗い顔でネシアが座っていた椅子に項垂れていた。


これは暗に洗えと言われているのか。

よく見るとクラリスのお尻の真ん中あたりには尻尾が生えている。


「ハートが2つ…」


細長い尻尾の先は二股に分かれていて

カワイイくもハート型の輪っかになっている。

ネシアには尻尾も角も生えていないみたいだし

これはクラリスの個性なんだろうな。


「ちゃんと臭いが落ちるまで念入りに洗え。僕はもう戦えない…」

「何と戦ってるの??」


そのままクラリスの頭皮や首筋をマッサージしつつ髪を洗っていると

突然壁が破壊されて下北沢を練り歩いてそうなチャラついた男が現れた。

よく見ると彼の頭にはクラリスの聖槍が突き刺さっている。


「ゆ、ユーくん…」

「誰?」

「元カレ」

「あー」

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