白兎伝説
「ここが八頭ですか・・・」
つまらなさそうな顔に・・・なるよな。若桜は城下町とか宿場町の雰囲気を楽しめたけど、八頭となると、まさにどこにでもあるような田舎町に見えるのはわかる。だけど因幡の白兎の話をするなら欠かせないところだと考えてる。とりあえずじゃないけど、ここだ、ここだ、
「ウサギの狛犬は可愛いですけど・・・」
あるのは辻堂に毛が生えたような神社だものなぁ。じゃあ、もう一か所、
「成田山青龍寺・・・」
成田山の一つだけど、
「あの欄間にウサギが・・・」
さっきの辻堂に毛が生えたような白兎神社だけど、そこの社殿が移築されて青龍寺に残されているんだよ。明治の時になにかの事情でこの辺の神社の統合があって、白兎神社はその時に消滅して、今のは百二十年ぶりに復活したものなんだ。
「よくまあ復活したものです」
それがこの地にある白兎信仰のためとされてるよ。因幡の白兎伝説だけど、あれは大国主命がウサギを助けた話が本題じゃないんだよな。
「本題は八上姫の求愛の話だったはずです」
ここからはボクの解釈になって来るのだけど、白兎伝説の最古の記録は古事記だ。あの話は冒頭部のところから解釈に問題があると思ってる。というか話の筋が通らないんだよ。冒頭部のエッセンスだけ箇条書きすると、
・大国主命には多くの兄弟神がいた
・兄弟神は大国主命に国を譲った
・国を譲った理由は因幡の八上姫への求婚のためで因幡に行った
・大穴牟遲神は袋を背負い従者として連れて行かれた
ここの解釈のポイントだけど二点あってまず一点目は、
・国を譲るは古事記の原文では『避於大國主神』となってるが、『避』を『避ける』とするか『避りき』と解釈するか
ここなんだけど『避りき』とすると譲るになり大国主命は出雲王になっていることになる。出雲王になっているはずの大国主命が従者になっているのはおかしいだろ。
「田辺聖子は『避ける』を採り、大国主命は兄弟神から嫌われていたにしています」
田辺聖子の説は冒頭部の従者の矛盾を解消するには良いけど、国文学者の解釈としては『避りき』が主流なんだよね。だからボクは二つ目のポイントがあると考えてる。古事記をごくごく素直に読むと、
・兄弟神から国を譲られたのは大国主命であり、従者になったのは大穴牟遲神である
名前が違うから別人としたい、
「大国主命はイコールで大穴牟遲神と解釈します」
それを否定する気はない。そうじゃなくて、大国主命とは出雲王になった時の称号だと考えてる。言い換えれば国王とか、皇帝みたいな感じだ。つまり大穴牟遲神も出雲王になれば大国主命と呼ばれるようになるってことだ。
「もしそうであれば兄弟神は出雲王である大国主命の兄弟神になり、大穴牟遲神はその兄弟神の一人か、出雲王である大国主命の息子になります」
ボクは大国主命の息子じゃないかと考えてる。こう考えると冒頭部の親族関係がある程度は合理的に解釈できると思うんだ。
「それでも出雲王の息子が従者なのがすっきりしません」
それを考えるには兄弟神が求婚した八上姫が何者かを考える必要が出て来る。これは江戸期に成立した因幡志に依るしかないのだけど、白兎神社の後ろにあった山があるだろ。あれを中山とか霊石山と呼ぶのだけど、あの山は古来から因幡の中心であったとしてるんだ。
それと白兎神社や成田山青龍寺がある地域だけど、北に私都川、南に八東川、さらにこの二つの川が流れ込む千代川に囲まれた地域になる。ここは古来から国中平野と呼ばれ、古代には日本最大級の郡衙があったのも確認されている。そしてだ、この地域を八上郡としてるんだよ。
「それってこの八頭が古代出雲の中心地で因幡王がいたところになると」
だから八上姫であり出雲の王子たちが求婚に来たはずだ。この求婚も八上姫が美女であったからだけじゃなく、出雲の王子たちの求婚だから政略結婚であったはずだ。
「大国主命の兄弟王子たちですから、八上姫と結婚して因幡王になるためになります」
ここで従者問題に戻るのだけど、白兎伝説のルーツは古事記以外にもう一つある。因幡風土記逸文だ。ここにも白兎と鰐にエピソードがあり、白兎を助ける大己貴神が登場する。ただしエピソードとしては大己貴神が憐れんで助けるだけだ。
「大己貴神も大穴牟遲神も読みはオオナムチですから同一人物と見たいところです」
それは同意だな。少し強引だが出雲王が大国主命なららオオナムチは出雲王太子の称号とも考えてる。それと因幡国風土記逸文には兄弟神も八上姫への求婚も出て来ない。この辺は逸文だから原文と比較しようもないけど、
「兄弟神の求婚エピソードと大穴牟遲神の話は別物であった」
そんな感じかな。先行したのは兄弟神であり、それとは別に大穴牟遲神が遅れて求婚に言ったぐらいだ。古事記ではこの二つのエピソードを一つにしてまとめてしまった気がする。
「それって先行した兄弟神が白兎をイジメて求婚に失敗し、大穴牟遲神が白兎助けて求婚に成功したで良いでしょうか」
古事記にはそうなっているで良いだろう。言うまでもないが白兎も鰐も人のはずで、鰐は海辺で漁業で暮らす部族であり、白兎は因幡国風土記逸文では高草郡と言って、草や竹が生い茂る地域に住んでいた部族になるはずだ。
「高草郡は八上郡の西側、千代川の対岸になるはずです」
ここぐらいまでが古事記と因幡国風土記逸文からわかる話になる。この先の結果は古事記に依るしかないのだけど、大穴牟遲神は白兎の仲介もあって八上姫と結婚し出雲王になっている。
「因幡国風土記逸文には白兎が沖ノ島に流された原因を洪水としています。これは古代では開墾が出来なかった地域と見れます」
それと白兎族と鰐族は対立関係にあったと見て良いとも思う。さらに後の展開から白兎族と因幡王は友好関係にあったとして良いとも思う。そうなると、
「鰐族は因幡では強大だったのではないでしょうか。海洋民族であれば大陸との関係も・・・」
そこまでは藪の内だ。古事記で言えるのは白兎も鰐も登場するが、白兎をイジメた鰐族の消息を伝えるものがない。おそらく程度だが因幡の伝承にもないのじゃないだろうか。
「そうなれば、鰐族に対して劣勢であった八上の因幡王と白兎族は、出雲王に救援を求めたのが白兎伝説の背景では」
そうかもな。第一陣の兄弟神たちは白兎族と争いを起こしてしまったのが古事記残る記述かもしれない。そこで第二陣として大穴牟遲神が送り込まれた展開として良いかもしれない。これ以上はわからないよ。
「いえ、そこからは結果で見るべきかと」
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