続白兎伝説

 美玖が言うには鰐族の伝承も残っていないが因幡王の伝承も残っていないとした。これは鰐族が滅ぼされただけでなく因幡王家も消滅したのじゃないとまずした。ただ鰐族は武力征服だったとしているけど、因幡王家は平和裏に併呑したはずだとしてた。


「出雲勢力が戸倉峠を越え、山崎に進出して播磨の原型である針間国を築いたのはわかります。出雲勢力は播磨一円に勢力を広げています」


 播磨が出雲系の国だったのは認める。出雲が播磨に進出するには、古代なら因幡を通るしかないのもそうだ。美作は吉備王権の版図だものな。そうなると、


「出雲の因幡進出ですがやはり混乱に乗じる形であったと見るのが妥当かと」


 これも推測だけだが、古代の因幡は海辺の鰐族と山側の因幡王国、白兎族が争っていたと見れるものな。そこに古代大国出雲が介入したぐらいか。鰐族が滅べば、残された白兎族と因幡王国は、


「これも推測に過ぎませんが、白兎族は早い時期から出雲王に属していたと見たいところです。鰐族が滅べば出雲王国の矛先は因幡王国に向かいますが、この時に和睦の仲介に立ったのではないでしょうか」


 白兎族と出雲王国が結びついているのは白兎伝説で裏付けられるし、白兎が大穴牟遲神と八上姫の恋の取り持ちをしたのも古事記に残されてるものな。それと八上郡にあった因幡王国は滅んだはずだけど、


「征服されたのではなく吸収されたと見るべきでしょう。だからこそ八上姫の伝説と白兎信仰が残されています」


 ここで美玖が少し考えてから、


「あくまでも可能性ですが因幡王国は女系だったのではないでしょうか」


 出雲王国の因幡進出時期の特定は難しいけど、その時期の日本の様子を示す資料となると魏志倭人伝ぐらいしかない。邪馬台国は女王で、卑弥呼の跡を継いだのも女王だ。因幡も同様であった可能性は否定は出来ない。


「八上姫は因幡王国の女王ないし、女王継承者であったと考えています。ただこれも仮説に過ぎませんが出雲は男性相続だったと考えると・・・」


 出雲神話に女王が君臨した話は無かったはずだものな。


「因幡王国は八上姫と大国主命になった大穴牟遲神の子どもが継ぎ、出雲に吸収されてしまったストーリーは如何でしょうか」


 因幡がそれなりに平穏に出雲に吸収されないと八上姫の伝承も白兎信仰も残らないし、出雲王国が播磨に進出出来ないものな。仮説としては説得力があるし、具体性もある。そこで美玖はニコッと笑って、


「大国主命と八上姫はやはり愛し合っていたと思います。この愛のお蔭で因幡王国の国民も恩恵を受けたと考えたいです。そうですね、クレオパトラとカエサルみたいなものです」


 えらくスケールアップするけど、近いところはあるのはあるかも。八上姫の伝承には古事記にも続きがあり、大国主命は八十神と抗争状態になる。大国主命も何度もピンチに見舞われるけど、


「あそこも取りようですが八十神は鰐族を味方にしたのではないでしょうか。八十神は大国主命に滅ぼされますが、この時に鰐族も滅んだとするのは妥当です」


 ここの話も古事記では複雑で八十神の逆襲で大国主命は根の国に送られたとなっている。この根の国が黄泉かどうかは解釈が分かれるようだけど、ここは須佐之男命が支配する国で、ここで大国主命は須佐之男命の娘である須勢理毘売命に求婚してる。


「浮気者めが」


 古代だし神話だしカエサルだって何人もの愛人を抱えていただろうが。


「カエサルはそうでしたが、愛人たちに諍いを起こさせていません。大国主命はレベルが低すぎます」


 たしかに。と言うのも須勢理毘売命は嫉妬深いキャラで、これを怖れた八上姫は子どもを連れて因幡に帰ってしまうんだよな。


「古事記に須佐之男命との関連性が書かれているのは大和王権の神話に大国主命を取り込むためはずです。実相的には妻妾のコントロールに失敗しただけです」


 八上姫は子どもを木の俣に差し込んで因幡に逃げ帰っているから木俣神として名を遺しているそうだけど、美玖の仮説なら新因幡王になったはず。ただ見たってマイナーな神だから出雲に吸収されたんだろうな。


「中山なり霊石山を因幡の中央としたのはよほど古い伝承としてよいはずです」


 そうなるはず。日本の古代記録は神代から推古天皇までの古事記と、神代から持統天皇までの日本書紀の二つしかない。古事記の方が神代が詳しく書かれ、日本書紀は天皇の歴代記として良いと思う。


 それに次ぐものとしては風土記だ。ただし残されているものは出雲、播磨、肥前、常陸、豊後ぐらいで、あとは因幡国風土記のように逸文が残されているか、いないかレベルになってしまう。


 因幡国風土記逸文には国名の起こりもあり、そこには稲葉山があるから稲葉とするのが正しく因幡は誤って付けられたものだとなっている。その稲葉山は現実に存在する。因幡国府の近くにある因幡国一之宮である宇倍神社の背後の山だ。国名の由来の山だから国の中心だとしそうなものなんだよ。


 だけど江戸期に地誌として因幡志が作られた時にも稲葉山ではなく中山なり霊石山が因幡の中心であるの伝承が残っていたことになる。


「本当の中心は霊石山の気がしますが、あそこなら因幡王国からも白兎族からも霊山として見られたのではないでしょうか」


 それって、


「古代は祭政一致の政治であったのは邪馬台国からもわかります。部族こそ分かれていたかもしれませんが、白兎族も因幡王国も同じ神を信じていたと考えます」


 だから白兎族は因幡王国と関係が深かったのか。


「さらに一歩進めると同族だったかもしれません。少なくとも利害関係は一致していたはずです。出雲の進出があった時に白兎族としては因幡王国が破滅すれば困るの判断があったと考えます」


 利害が無いと動かないものな。いやぁ、おもしろい歴史ムックになってくれた。八頭の街に古代の息吹を感じるもの。本当はどうであったかなんか確認しようもないけど、この地でドラマがあったはずだ。そろそろ行こうか、


「はい」

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