平家落人伝説
廃業になっているドライブインは旅の駅ニュー平家ってなってるけど、ほら集落が見えて来ただろ。あそこには平家の落人伝説が残されているんだ。ここには一の谷の合戦で敗れた平経盛が隠れ住み、その墓も残されているそうだ。
「でも平経盛って・・・」
清盛の弟で壇ノ浦の合戦で死んだとは平家物語ではなっている。ここでだけど一の谷の合戦は平家にとってまさに大惨敗なんだ。経盛も自分の息子たちも討死したはずだ。経盛も還暦だったから、もう逃げたって不思議ないとは思うんだよな。
平家の公達がどこで亡くなったかははっきりしないのも多いんだよ。たとえば義経の好敵手とされた教経も、壇ノ浦で義経を追い回して八艘飛びのエピソードを残してるけど、一の谷で討死してるとか、四国で生き延びた説まである。
「だったら本当に?」
それもわからないよ。まずこういう落人伝説が成立するには、平家の落人がここに落ち延びて来て住み着いたのはあるはずだ。どの合戦になるかだけど、地理的に考えて一の谷の合戦か、その前哨戦だった三草山の合戦の可能性が高いだろ。
何人かの集団で落ち延びて来たのだろうけど、そのリーダー的な人物が平経盛であると名乗ったのだろう。名乗らなければ墓も伝承も存在しなくなるからね。
「だったら」
可能性は否定しないけど、本物かどうかはどこまで行っても不明と言うか歴史ロマンの世界だよ。ボクは落ち延びてきた平家の落人の主人が平経盛だったぐらいに思ってはいるよ。こういう状況になって結束力を保つために名乗ったぐらいだ。
けどな、平家は公達でもあるけど武将でもあるんだ。武将が落ち延びる目的はやっぱりお家再興だろ。還暦の老人が生き延びたって難しいじゃないか。まあ、屋島に逃げ損ねて落人になった可能性はあるけどね。
「平家が勢いを盛り返したら参戦するとか」
その可能性だけは残る。だって生き延びたいだけなら元平家の素性を隠す方が有利じゃないか。名乗ったりして討伐軍に攻め込まれたら元も子もなくなるよ。
「だったら・・・」
それはあるかも。ここに平家の落人が逃げ込んだけど源氏の追手を恐れて素性も隠して住んでいたとする。だけど時代は変わっていく。山奥に住む田舎者とバカにされた時に、実はと隠されていた素性を明かして、
「ハッタリで平経盛を持ち出した」
ここも言い出せば、どうして平経盛なのかはある。けどこういう話はロマンとしていつまでも残しておきたいな。ロマンだから解き明かしたい人もいるだろうけど、ひょっとしたらで置いとくのが良い気がする。平家落人伝説が残る落折の集落を過ぎると田んぼも見えてきた。
戸倉峠だけどもっと厳しい峠道だと覚悟してた。ラクな峠だったという気はないけど、難所って言うほどの厳しさはなかったと感じたんだよな。
「あれなら六甲山トンネルの方がシビアかと」
でも本当と言うか、古来の戸倉峠はもっと厳しかったはずなんだ。潜ってきた新戸倉トンネルは標高七百メートルぐらいだけど、本来の戸倉峠は九百メートルあるそうなんだ。
「でもそれぐらいなら人は越えますよ。六甲山の魚屋道なんかそうじゃないですか」
魚屋道はかつて深江の浜で獲れた魚を行商人たちが有馬温泉まで担いで運んでいた道なんだ。あのルートも厳しいコースで、
「三軒茶屋を通るんですよ」
ほぼ六甲最高峰を越していく道なんだよ。それも連日往復してたはずだ。戸倉峠だって高さからしたら、
「もっと低いですよ。若桜で標高二百五十メートルぐらいですから、実質的には摩耶山程度です」
播磨側だって似たようなものだろうから、昔の人にとっては無茶苦茶厳しい峠ではなかったのかもしれないな。
「それでも戸倉か引原あたりに宿場的なところは欲しいと思います」
それは思った。これから若桜に行くけど、因幡側の最後の宿場は若桜だろうから、そこから戸倉峠を越えたら宿場的なところは欲しいよ。だって戸倉にも引原にも泊まれるところがなかったら波賀か、
「一宮とか山崎になってしまいます」
そんなに歩けたのだろうか。
「若桜から波賀までナビで四十キロぐらいにはなります」
ざっと十里か。いや間に戸倉峠の難所があるから波賀まででも厳しすぎる気がする。
「思ったのですが落折の平家落人集落って、人知ずみたいな山奥とは言えないと思いませんか」
言われてみれば。祖谷にも平家の落人伝説はあるけど、あんなところにどうやって行くんだみたいなところだよ。
「天下の難所である大歩危小歩危の奥になるはずです」
それに比べると落折は山奥とは言え街道沿いと言えるよな。考えようによっては京都にだって道は通じているところとも言えない事はない。
「そのうち祖谷温泉にも連れて行って下さい」
ああ良いよ。美玖がボクの・・・
「今夜、剛紀の一穴にならせて頂きます」
だから一穴と言うな。他に言い様がいくらでもあるだろうが。インカムだから良いようなものだけど、誰かに聞かれたら恥ずかしいだろうが。
「あれが若桜の街じゃないでしょうか」
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