復活への始動

 さすがにいつまでもニートはしてられないと思い出していた。とはいえこの歳で右から左に再就職も出来るはずもない。だから手始めにバイトから始めるかぐらいのつもりでいたし、その手の情報を集めだしていた。そんな時に親父から相談があると持ち掛けられた。


「実は・・・」


 親父の可愛がっていた後輩が独立してベンチャーを始めているとの話だった。星雷社と言うらしいが聞いた事もない。それぐらいまだ無名なのだろうけど、そこに力を貸して欲しいとのことだ。


 いやいや、それは無理がある。力を貸して欲しいとしているのは営業のようだし、営業の経験はボクにもあるけど、その世界は既に脱落者の烙印を押されてしまってる。そんなボクがしゃしゃり出たところでお荷物だろう。


 その時はそれで断ったのだけど、また親父に呼び出された。リビングに行くと見知らぬ男もいた。その男はボクに挨拶をして名刺を渡してくれたのだけど、なんと星雷社の社長だった。親父の後輩と聞いてはいたけど、こりゃまた随分若いな。


 今度は親父じゃなく社長が説明してくれた。聞くと本当に営業部門に困っているようだ。困っているなら優秀な人材を雇えば良いようなものだけど、


「こんな会社なものですから・・・」


 まあそうなるよな。昔と比べて転職のハードルは下がってはいるけど、優秀とされる人間なら転職はステップアップのために行われる。わざわざ星雷社みたいな無名のベンチャー企業に来ないよな。


 これは新卒もまたそうだ。学歴が優秀さに必ずしも連動しないとはいえ、ある程度の連動はする。星雷社じゃ、来るのは・・・さすがに自粛しておこう。とにかく社長が本当に困っているのだけは理解した。


「あなたの経験とスキルがぜひ必要なのです。どうか我が社を助けて下さい」


 ネコの手も借りたいってことか。それがたとえ鬱病上がりの脱落者でも、その経験とスキルが欲しいぐらいには理解できた。だがボクも不安がテンコモリだった。鬱病からはかなり回復はしてるし、回復したから働かないと思い始めているのはウソじゃない。


 でも本音で言うと怖い部分は多々ある。働くと言うのはストレスがかかるじゃないか。それがかかった時にボクの豆腐のメンタルがどうなるかはわからないんだよな。だから最初はバイト程度にしようと思ってたんだ。


 営業は前職でもやっていたから、それなりのスキルと経験はあるけど、営業はどれほどプレシャーがかかるかも良く知っているんだよ。あのプレッシャーに耐えられるかと言えば未知数と言うより、本音で言えば自信のカケラも持てなかった。それでも社長には食い下がられた。


「ならばまず事務職で入って下さい。そこでまず慣れてもらい、余力が出来てから営業に力を貸してもらうで如何でしょうか」


 そこまで言われて頭をあれだけ下げられたら断れなくなった。ここまで散々迷惑をかけてきた親父の顔もあるじゃないか。勤めてみてダメだったら辞めれば良いぐらいに気持ちで入社した。


 星雷社は場末のビルの一角にある小さな会社だった。これは社長には言えないけど、ここまで落ちぶれたのかと思ったよ。エレベーターすらないビルだったから階段を登ったのだけど、そこがまた薄暗くて余計に気が滅入ったものな。


 スチールの扉に会社名のパネルが貼り付けてあるだけの玄関に入ったのだけど、これだけかと思うほど規模だった。だけどそこまでの陰鬱さと打って変わって雰囲気は明るかった。とにかく活気があるのをすぐに感じられた。


 その辺は社員の平均年齢がむやみに若いのもあったけど、そうだな、これから伸びてやるんだの活力が満ち溢れてるとしても良さそうだ。そういう会社だからボクは入った時からオッサン扱いだった。こればっかりは歳がそうだから仕方がない。


 しばらくは久しぶりの仕事に体が馴染むのに専念していたのだけど、懸念していたメンタルは大丈夫そうだの手応えが出てきた。そうなれば余裕が出てきて周囲を見れるようになってきた。


 社長があれだけ言っていた営業部門の弱点も見えてきた。たしかにやる気はあるし、頑張ってもいるのはわかるけど、ボクに言わせると素人も同然だ。どう見たって経験もスキルも不足し過ぎている。


 こういうものは机にかじりついて本を読んでも身に着かず、実戦経験を積んだ者からノウハウを学ぶ必要はある。ボクもそうやって先輩からイロハから叩き込まれたのだけど、ベンチャーでそれを望んでも無理があるのかもしれない。


 一方で商品開発部門はボクが見ても優秀だ。というか、社長がそれに秀でていたから起業したのだろうけど、良い商品を作ってもそれが売れないと商売にならないんだよ。作ると売るは経営の両輪みたいなものだ。


 会社の経営状態も見えてきた。これまたシンプルだ。売れないから売り上げが伸びず、収益も低下と言うより、たぶん赤字だろ。社長にだってそれぐらい見えてたから、鬱病上がりの脱落者のボクの経験とスキルにすがったはずだ。藁をもつかむってやつかもしれない。


 ボクはゆっくりと動き出すことにした。会社でのボクの地位は中途入社の新入りのオッサンだ。出過ぎた真似をすれば、あるのは反発しかないぐらいは知っている。営業で行き詰まり、困り果てている社員の愚痴を聞き、さりげなくアドバイスすることから始めた。


 アドバイスしてみてわかったのだけど、本当に営業のイロハから不足しているのは痛感した。これまでこんな営業でよく倒産しかなったと感心するぐらいだった。だからだと思うけど、ボクのアドバイスを取り入れたらすぐに成果として出てくれた。そうすると、


『藤崎さんは営業の神様だ』

『社長が腕扱きを引き抜いてくれたって話だぞ』


 そんなんじゃないと否定はしたけど、着実に成果は上がって行ってくれた。星雷社の製品は売り物になるだけの価値は余裕であるから、これを売り込む能力が上がれば自然と業績は上がる、上がった手柄は、


『藤崎さんのお蔭だ』

『我が社の救世主だ』


 おいおいってな展開になり、気が付けば、


「藤崎部長、よろしくお願いします」


 部長になっていた。会社も急成長となり場末のビルの一角から、それなりに立派なビルに引っ越した。それと部長だから経営にも参加させられることになる。次の段階にどう進むかは大きな問題になっていて、これについての会議が行われていた。


 その時にはここで急拡大の意見が強かったのだけど、ボクにはリスキーすぎると見えた。成功すれば一挙に規模が拡大はするけど、失敗すればオジャンだ、ここまで順調に成長していたから賭けに出たい気持ちはわかったけど、ここは力を蓄える時期だと主張した。


 経営会議はボクが消極的なのもあって小田原評定状態だったのだけど、そこに起こったのが中国発の金融ショックだ。その影響で日本も不況になったのだけど、結果的にボクの待機策が当たったことになった。社長は、


「藤崎部長のお蔭だ」


 あのまま急拡大路線を取っていたら倒産必至だったものな。だからじゃないけど、ボクの会社での地位はまた重くなり、どう言えば良いのかな、功労者扱いになっていた。ある種の重役待遇でも良いと思う。


 とはいえ会社の規模はまだまだ小さいから、重役室でふんぞり返るみたいなものじゃないよ。給料が少し上がったぐらい。肩書だって部長のままだ。それでもボクの社会の居場所が出来てくれた。なにより、ここにはボクを信用してくれる仲間がいる。


 まだまだ吹けば飛ぶような会社ではあるけど、こういう伸びる会社にいられるのは嬉しい。自分が働いただけの成果が目に見えてわかるからな。たぶん、こういう走り方を楽しいとモンキーに教えてもらい、その一つの目的地にたどり着いたぐらいかもしれない。


 これでボクには十分だろ。社長からあれこれ打診があったけど、これ以上の地位は望まないよ。そういう態度も誤解をされたみたいで、


『藤崎部長は無欲だ』


 違うだろうが。これは無欲じゃなくて、やる気がないだ。やる気はないは言い過ぎだけど、ここからギラギラと野望に燃えるだけのエネルギーがないだけだ。これだけは、これからも回復しそうにないのはなんとなくわかる。


 今となって見れば、あの野望を煮えたぎらせたパワーの源はなんだっただろう。ムチャやってたものな。あれがあったから、高速道路を爆走するのが人生のすべてだと思い込んでたんだろうな。


 あの頃ってきっとランナーズハイみたいになってた気がする。結果としてはヴァージンロードちょっと待った事件で転倒して高速道路から落っこちたけど、あれが無くても落っこちていたよ、きっと。


 ああいう走り方はどこかに無理があった。少なくともボクには無理があった。でも人はそこを走りたいと思い、走れるように努力を重ねるんだろうな。ボクもそう信じて疑わなかったもの。


 回り道はこれでもかとさせられたけど、やっと自分の走り方を見つけられたんじゃないかな。それもこれも、今が落ち着いているから言えることだけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る