03 聖女の力【5/7】

「…本当ですか? 私、場違いじゃないですか?」


 顔を真っ赤にして照れた様子のミラに、ヴィンセントは微笑ましい気持ちになる。

 机の上に大切そうに飾られた珊瑚の髪飾りを手に取って、ミラの淡い金髪に付けてあげた。


「海の妖精みたいだよ、素敵だ」


 ヴィンセントがニコリと優しい笑みを浮かべて答えると、ミラはジト目でヴィンセントを見た。


「…なにかな、ミラ?」

「いつもそうやって、素敵な笑顔と褒め言葉で女性たちを口説いているんですね」


 ヴィンセントと出会って数年経つミラは、ヴィンセントの乱れた異性関係も知っている。

 実際に、ヴィンセントが忘れられないから会わせて欲しいと涙する女性たちの話を親身に聞いてあげて、いい感じに満足させて追い返す役は弟子であるミラの役だった。


「ミラに素敵だと言って貰えて嬉しいよ」


 懲りない男だな、とミラはうんざりした。


「さて、お手をどうぞ。小さなレディ」


 敢えて役者がかった態度のヴィンセントにミラは思わず吹き出して笑う。


「私はアーサー様のこと素敵だと思いますよ。女遊びしなければ」

「…ははは」

「いつも対処するの、私なんですからね」

「うーん…善処する」


 ヴィンセントとミラはパーティー会場へと向かった。


 *


「どこをどう見ても、今の君は素敵なレディだよ」


 パーティー会場に到着し、気後れしていたミラにヴィンセントは言った。

 ヴィンセントが大丈夫だと言うと、本当に大丈夫と思えるから凄い。ミラは勇気を出して会場の中へ入った。


「ヴィンセント・アーサー侯爵様のご入場です」


 受付係がチラリとミラを見た。

 入場を断られたらどうしようとミラは心配だったが、止められることなくヴィンセントと共に中へ入れた。

 中に入るとたくさんの視線が集まった。


「顔をあげるんだ、ミラ」


 思わず俯きそうになると、ヴィンセントが優しく教えてくれた。

 ミラは頷き、堂々と顔をあげる。


 すると周りの景色が良く見えた。

 皆上品そうな物腰と笑顔で近付いてきて、ヴィンセントに挨拶をする。


「侯爵様。そちらのレディは?」


 中年の男性がミラの存在を訊ねて、気になっていた者たちが側で耳を立てていた。


「この子はミラです。侯爵家に縁のある子と言いますか…」


 ミラは一生懸命に、ポーカーフェイスを心掛けた。

 侯爵家に縁のある?確かに、自分は弟子で侯爵様は師匠だ。しかしそれを『縁のある』というのだろうか?


「まぁ! アーサー侯爵家と縁のある子だなんて、是非とも仲良くして頂きたいわ!」


 突然やって来た婦人の勢いにミラは思わず背をのけ反らせた。


「…あー、ミラ。美味しいものでも食べてきなさい」

「はい!」


 どうやらヴィンセントはミラを逃そうとしてくれているようで、感謝の念を胸にすぐさまその場からミラは離れた。

 食事はどうやらバイキング形式となっており、会場の隅に点在するようテーブルが用意されていた。


 ミラが通り過ぎると頬を染めて振り返る年頃の令息たち。

 ミラは初めて見るキラキラと光る世界に目を輝かせて、パーティーの雰囲気を堪能した。


(シエラ様におめでとうと伝えたいな…)


 ミラがいなくて寂しいと言ってくれたシエラ。ミラがここにいると知って、喜んでくれるだろうか。

 何となくサプライズな気がしてミラはわくわくした。


 しかし人が多すぎてシエラの姿を見つけられない。ミラは上から探してみようと、端の階段へと向かった。


「———だ」


 微かな話し声が聞こえた。

 ざわざわと騒がしい会場の中、よく耳を済まさなければ聞こえない声。

 でも聞こえた、ストリートチルドレンだったミラはどれだけ慎重に警戒して安全に生き抜くかが何よりも大切だった。

 その経験があったからか、ミラは違和感を感じてしまった。


「———るぞ」


 聞こえてしまった。


『シエラ・エル・ドラゴミールを毒殺する』


 ミラは固まってしまった、足が動かなかった。

 どうすればいいんだろう。ヴィンセントに報告…いや、まずは犯人の顔を確認して…と、頭をぐるぐると色んな言葉が駆け巡る。

 ミラの騎士としての経験不足から、初手がおくれてしまった。気付けば話していた男たちの姿はなく、ミラは慌てて周りを見渡すが見当たらない。


 一人は貴族の男だった…もう一人は給仕係の男!

 ミラは階段を一気に駆け上りホール下を見渡す。ヴィンセントの姿を見つけた。

 ひとまずこのことを報告して、指示を仰ごう。そう思って顔を横に向けたミラの視界の端にシエラの姿を見つけた。


(…シエラ様…!)


 ミラは向き直る。シエラの横には男の給仕係がいて、何か言ってシエラに飲み物を渡していた。


(もしもあれが毒なら…!)


 ミラは悲鳴をあげたくなった。

 反射的に体が動いて、2階からホールへと飛び降りるミラの姿に周りの貴婦人たちが驚きの悲鳴をあげた。

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