03 聖女の力【4/7】
「好きな人を信じることは当然だよ」
シエラはそう言って、ミラにも席につくようにと声をかけた。
「ミラとヴィンセントってどういう関係なの?」
ミラが席につくと、シエラが待ってましたという表情で訊ねてきた。
個人的に土産を貰っていたし、今回の盗難事件でも一番ミラを心配していた。シエラが気になるのも無理はないだろう。
「…私に剣の才能があると言って下さり師匠となってくれたお方です。初めて仕事を与えて下さった恩人でもあります」
「へぇ…なんだかヴィンセントって、ミラのパパみたい!」
シエラの爆弾発言に、ミラは壊れた首振り人形のようにぶんぶんと首を振って否定した。
「そんな、まさか! あちらは侯爵様で、私は平民ですので!」
顔を真っ赤にさせて否定するミラを、シエラはニヤニヤと笑いながら見つめた。
「そうかな? でも、差し入れとかすごい豪華で、ミラのこと大事なんだなって思ったよ」
ミラは思い出す。物寂しい牢で過ごすのかと思えば、ヴィンセントが色々と差し入れをしてくれてとても快適に過ごせていたのだ。
シルクのパシャマは滑らかな肌触りだったし、枕や毛布もふかふかで柔らかく夢見が良かった。
言ってしまえば、いつも過ごす自室よりも豪華で快適だったのだ。
釈放された時、差し入れた物はくれるとヴィンセントが言ったので、有難く枕だけいただいた。
もうあの枕は手放せないだろう。
「…ミラがヴィンセントの家族になれたらいいのに」
「え!?」
まだ赤い顔でミラが顔をあげると、シエラは少し寂しそうな表情を浮かべていた。
「そうしたら、私たちいつでも一緒にいられるのになぁ」
シエラは今度開かれる誕生日パーティーのことを言っていた。
平民のミラは参加出来ないため、友達のいないシエラは当日一人になる。
「パパもいてくれるけど、ずっと一緒ってわけにはいかないもんね」
シエラがカイザル竜帝国へ嫁いできて五年以上の月日が経っているが、アレクサンドロスの過保護もあり同じ年頃の友人を作る機会がなかった。
シエラがまだ幼かったからというのもあるが、まだ立場の安定していないアレクサンドロスの弱みとなる部分を見せたくなかったという思惑もあった。
ミラもシエラが好きだ。
シエラが寂しいと思うのなら、側にいてあげたい。でも、何も出来ない…。
俯くミラに、シエラは明るく笑って言った。
「ミラの分の美味しいお菓子、いっぱい持って帰るね!」
ミラは寂しい気持ちになりながらも笑って頷いた。
あっという間に日々が過ぎて、シエラの誕生日当日となっていた。
誕生日プレゼントを用意したかったミラだったが悩みに悩んで、結局何も用意出来ていなかった。
ミラが思い付くものはシエラは全て持っている。それも、ミラが用意できるものよりもっと高価なものを。
(どうしよう…手作りのケーキとか? ううん、そんなものより美味しいお菓子をパーティーで食べているだろうし…)
皇宮に与えられた自室でミラが頭を悩ませていると、コンコン、とドアをノックする音がした。誰だろう? と、ミラは首をかしげる。
今はパーティー真っ最中。ミラをよく訪ねてくるヴィンセントも、パーティー会場にいるはずだ。
警戒しながら、ゆっくりとドアを開いていくと——がばっと勢いよくドアが開かれる。
「ミラ。良かった、部屋にいたな」
「え…アーサー様!?」
そこにいたのはヴィンセントだった。何やら大きな箱を抱えている。
「時間がないんだ、入るよ」
子ども相手でも紳士に接してくれるいつものヴィンセントとは違い、今日は無遠慮にミラの部屋へと入ってきた。
「ど、どうしたんですか?」
慌てるミラに箱を押し付けるように渡してくるヴィンセント。
「君のためのドレス。さぁ、着替えてくれ」
ミラはヴィンセントの言葉の意味が分からなかった。
「えっと…何故私がドレスに着替えなくちゃ…?」
「あぁ、もう。いいから! それとも俺が着替えさせてあげようか?」
状況が全然理解できないが、ヴィンセントに服を掴まれたことに驚いて「自分で着替えます!」と、叫んでしまった。
「はい。言質とった」
ニヤリと笑うヴィンセントに何となく腹立たしさを覚えたミラは、八つ当たりの代わりに「向こうむいて、絶対にいいと言うまでこっちを見ないでくださいね!」と、強い口調で言い返した。
「——やっぱり。君に似合うと思ったんだ」
ドレスを着たミラを見て、ヴィンセントは感嘆の声をあげた。
ミラの瞳と同じ紫色のドレス。
上半身はシンプルになっているが肩紐がレースリボンとなっており可愛いらしいデザインだ。
特に見所なのは、スカートの部分だろう。くびれから膨らむスカートは、色んな色合いの紫色のレース生地が何重にも重ねられて幻想的な色合いを出している。
膝丈のスカートだからか、子供らしさもあって愛らしい。
すごく素敵なドレスだった。
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