03 聖女の力【3/7】

ジェフリーから事情を聞いたアレクサンドロスは、青褪めるメイドや侍女長、そして涙を溢すミラと彼女を支えるように寄り添うシエラを順に見て呆れたように息を吐いた。


「くだらん」


 アレクサンドロスは不快感を覚える。

 彼も過去に、『私生児』だからと兄皇子たちに冤罪を被らせられたことがある。

 その際、疑いを晴らすことは結局叶わなかったが…ミラの涙する姿が、あの時の自分と重なり腹立たしく感じた。


(シエラと似た少女が自分と同じ目に合う姿を見るのは、気分が悪くてたまらないな)


「…疑わしきは罰せよ。ヴィンセント、ミラを牢に入れろ」


 アレクサンドロスは冷たい目でミラを見下ろす。


「…皇帝陛下、それは…」


 顔を顰めるヴィンセントに、アレクサンドロスは強い口調で命じた。


「牢に入れろ、ヴィンセント」

「……はい、かしこまりました」


 ヴィンセントは暗い顔でミラの元まで行くと、彼女の細腕を出来るだけ優しく掴んだ。

 ミラは絶望した表情でヴィンセントとアレクサンドロスを交互に見た。ヴィンセントは悔しそうな顔でぐっと何かに耐える様子を見せている。


「パパ! なんで? ちゃんと調べてよ、ミラは違うって言ってるんだよ!?」


 シエラが信じられないといった表情でアレクサンドロスに反発する。

 その目は怒りに満ちていた。


「あぁ、するとも。ミラを牢に入れれば事件となる。俺が徹底的に調査してやる」


 アレクサンドロスの鋭い視線がメイドたちに向けられた。


「有耶無耶になどさせない。この件から逃げられると思うなよ」


 ギラギラと怒気に満ちた金の目に狙いを定められたメイドたちは、「ひっ…」と小さく悲鳴をあげて尻もちをつく。


「行くぞ、ジェフリー」

「はい。皇帝陛下」


 アレクサンドロスがジェフリーと共に去って行ったのを見届けて、ミラはヴィンセントを見上げた。


「ごめんなさい…アーサー様。私、あなたの顔に泥を塗るようなことを…」


 この皇宮で初めて仕事を与えてくれたのはヴィンセントだ。そんなヴィンセントの迷惑にしかならない自分の出生が、情けなくて仕方なかった。


「ミラ、自分を責めないで」


 ヴィンセントの優しい声が、ミラの弱った心に沁みた。


「君は罪を犯していないんだろう?」


 コクリ、とミラは頷く。

 ヴィンセントの大きな手が、ミラの小さな頭を包み込んだ。


「それなら、何も心配するな。アレクサンドロス皇帝陛下が直々に調査されるらしいから…公正な判決がなされるよ」


 ヴィンセントはミラに安心してと笑いかけた。そしてすぐに、気の毒そうな顔で怯えて泣き崩れているメイドたちに目を向ける。


「今回のこと、余程気に障ったらしい。この後の事を考えたら、あの子たちが哀れに思えてくるよ…」

「ミラ! 私もパパと一緒に調査するね!」


 シエラがグッと胸元で拳を握りながらミラに言った。


「…ありがとうございます」


 ミラはやっと笑うことが出来た。ヴィンセントはそんなミラに「すぐに最高級の衣服や家具を差し入れするから待ってて」と言って牢へと連れて行った。


 *


 ミラは牢で二回夜を過ごし、釈放された。

 事件が起こった理由は、ミラがシエラと仲が良くヴィンセントからも目をかけられていることで嫉妬したメイドたちの仕業だった。

 ことの顛末を聞いたミラは、自身の出生も理由のひとつなんだろうなと思った。


「パパがメイドたちを処刑するって言うから、それは罰が重すぎるって説得するの大変だったんだよ」


 ミラが釈放されて次の日の昼、自室でくつろぐシエラはクッキーを齧りながら愚痴を溢していた。

 どうやらメイドたちは実家へ強制送還されて、帝都への立ち入りを禁じられたらしい。


「まぁ…でも、どんな理由であれシエラ様の所有物に手を出したのですから、処刑と仰られても仕方ないかと…」


 ミラは紅茶を注ぎながら考えた。アレクサンドロス皇帝陛下は、やはり恐ろしい主人だなと。

 たった二日間で犯人を突き止め真相を明らかにした事も驚いたが、メイドたちの実家へ圧力をかけて、娘たちの処罰を軽くする代わりにその一族の持ついくつかの利権を皇室が握ることで話を纏めてしまった。

 結果的に皇室の財が潤うこととなる。素直に拍手ものだった。


「とにかく…。ミラの疑いが晴れて良かった!」


 シエラがにこりとミラへ笑いかけた。


「本当にありがとうございます」


 ミラが深々と頭を下げると、シエラは驚いた表情で「ミラの主人として当たり前のことをしただけだよ」と言った。


「…信じてくれて、ありがとうございました」


 ミラは感謝の気持ちで一杯だった。今回のことで痛感する。

 きっと、侍女長の考え方が大多数の考え方なのだろう。シエラのように自分を信じてくれる人は少数なのだろうと。

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