03 聖女の力【2/7】
「アレクサンドロス皇帝陛下、そろそろ会議に…」
ジェフリーの言葉にアレクサンドロスは不機嫌そうな顔で舌打ちした。
「帰って早々だぞ。休む間もないのか」
「四ヶ月の不在で、色々と滞っているのです…」
ジェフリーが疲れた顔で言うものだから、アレクサンドロスもそれ以上は何も言えず渋々仕事へ向かうことにした。
「そうだ、シエラ。もうすぐお前の誕生日だろう、欲しいものを考えておけ」
一月後にはシエラの9歳の誕生日パーティーが皇宮で開かれる。
シエラは「わかった!」と元気よく返事をして、手を振った。
「パパ、ネックレスありがとう!」
「あぁ、夕食は共に食べよう」
アレクサンドロスは笑顔でシエラにそう言うと、頭を下げるミラの前を通り城の奥へと向かっていった。ジェフリーとヴィンセントも皇帝陛下の後に続く。
下げたままのミラの頭を誰かがポンと撫でた。
驚いて顔を上げると、ヴィンセントが通りざまに撫でたらしく、こちらを振り返りヒラヒラと軽く手を振っていた。
「わぁ、ミラ。可愛いね!」
シエラが笑って言った。
「え…?」
頭に何か異物が…と思って手を伸ばすと、そこには付けていないはずの髪飾りが付いていた。
「ヴィンセントからミラへのお土産だね!」
外して見てみれば、見たことのないデザインの髪飾りだ。
「それ、珊瑚って言うんでしょ。本で見たことあるよ。ミラの目と同じ紫色で綺麗だね」
ニコニコと笑うシエラに見守られて、ミラは紫の珊瑚の髪飾りを大切そうに両手で握り締めると、赤くなった顔で頷く。
何故ヴィンセントは自分なんかを気にかけてくれるのだろう。
(…私が孤児だから、かな…)
もしそうなら、なんとなく嫌だな。ミラはそんな事を思った。
*
アレクサンドロスたちが帰国して半月後、事件は起きた。
「私じゃありません!」
「じゃあなんで、貴女の部屋からこれが出てくるのよ!」
騒ぎの中心にはミラと数名のメイドがいた。
「貴女たち、何を騒いでいるのですか!」
侍女長が怒った表情でやって来ると、メイドたちは待ってましたと侍女長の元へ駆け寄った。
「ミラがシエラ様のペンダントを盗んだのです」
そう言って、一人のメイドが真珠のネックレスを侍女長に渡す。それはアレクサンドロスが帰国時にシエラにプレゼントしたネックレスだった。
侍女長が眉を顰めてミラを見る。
「違いますっ、盗んでいません!」
ミラは悔しく思った。
侍女長のミラを見る目が一瞬でも疑いに染まっていたことを。平民で孤児だから、盗みも犯すと当たり前のように思われていることが、悔しくて堪らなかった。
「…ミラ、貴女がシエラ様専任の侍女となって二年…真面目に働いていたのに、なぜこのような愚かな事を?」
侍女長はメイドの言葉を信じたのだ。それもそうか…と、ミラは泣きそうになった。
メイドたちとミラだと立場はミラの方が上だが出身はメイドたちの方が上、皆貴族のご令嬢なのだ。
下を向くと涙が溢れ落ちそうで、言い返してやりたいのに頭がぐちゃぐちゃで言葉が出てこない。
怒りで震える肩を、ポン、と誰かが後ろから掴んだ。
「みんな、何してるの?」
シエラだった。どうやら他のメイドが呼びに行ったらしく、シエラとその後ろにジェフリーが立っていた。
「実はミラがシエラ様のペンダントを…」
侍女長が二人にいきさつを説明した。経緯を聞いたシエラはミラに問う。
「ミラが盗んだの?」
「違います…私じゃ、ありません」
遂に涙が溢れ落ちてミラは俯いた。
シエラは自分なんかの言葉を信じてくれるだろうか。怖い、シエラの目を見るのが怖い。侍女長と同じ目をしていたらと思うと…。
「ふぅん。侍女長、ミラは盗んでないって言ってるよ」
その言葉を聞いて、ミラは驚いて顔を上げた。
すぐに薄紫色の澄んだ瞳と目が合う。
「そうなんでしょ、ミラ?」
シエラの瞳はいつも通りで、ミラを疑いなんてしていない。それが嬉しくてたまらなく、ミラの目からは次々と涙が流れた。
「わぁ、泣かないで」
慌てて服をゴソゴソと探り何かを探すシエラの様子に見兼ねて、ジェフリーがスマートにハンカチを取り出し渡した。
シエラはそのハンカチでミラの涙を拭う。
「けれどシエラ様。ミラは、その…元々は孤児のストリートチルドレンだという話じゃないですか。そういう手癖は中々直らないものです」
困った表情で侍女長がシエラに言及した。侍女長に悪気や悪意などなく、一般常識として本気でそう思っているだけなのだ。
それを知っているから、ミラは絶望する。
(…私は今までに後ろめたいことなど何ひとつない…)
「犯罪だけは手に染めないって誓ってたんです…どんなにお腹が空いても、パンのかけら一つ盗んだこともありません…!」
ミラがやっとの思いで言葉を口に出すと、いつも笑顔のシエラが少し怒った表情で侍女長を見た。
「…侍女長。あなた方のやり取りを拝見しておりましたが、少しばかり片方へと寄り添いすぎなのでは?」
見ているだけだったジェフリーが侍女長に言った。すると顔色を悪くした侍女長が「いえ、でも…」と、言葉を濁した。
「僕だったら今この場だけで誰が犯人かなど判断しかねますが」
侍女長は口を噤み、ジェフリーから目を逸らすとミラを見た。
侍女長の陰に隠れていたメイドたちも、雲行きが怪しいことに気付き焦る様子をみせる。
「とにかく。この皇宮内でシエラ様のアクセサリーが盗難されるという事実は見過ごせない案件ですので、しっかり調査を行い然るべき対処を取ります」
ジェフリーの言葉にメイドたちの顔が青褪める。
「あ、あのっ…そういえば、このペンダントは落ちていたものを拾って…」
「はぁ? あなた達、先ほどの話と違うじゃない」
慌てるメイドたちに侍女長が鋭い目を向けて指摘した。
「何を騒いでいるんだ」
そこに、皆が恐れる主人アレクサンドロス皇帝がヴィンセントと共にやって来た。
あまりの大騒ぎ様にアレクサンドロスの耳にも入ったらしい。
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