03 聖女の力【1/7】

 カイザル竜帝国の皇宮は今日も太陽の光が降りそそぎ、咲き誇る花と子供の笑い声で溢れていた。


「シエラ様〜! 走ったらまた、侍女長に怒られちゃいますよぉ!」


 シエラの専任侍女兼護衛のミラは叫びながら、先に行く主人の後を追いかけていた。


「だってミラ! パパがもうすぐ帰ってくるんだよ!」


 笑顔で振り返り嬉しくて仕方ないという表情のシエラは、足を止めることなく目的地にまで走った。


 アレクサンドロスが友好国との連合会議へ参加するため帝国を出立したのは四ヶ月前、季節がひとつ通り過ぎていた。

 シエラとミラのバタバタと慌ただしくも楽しげな駆けっこを、使用人たちが微笑ましく見守っている。恐怖の主人に仕える者たちにとって、シエラは唯一の心の癒しとなっているのだ。


「シエラ様は本当に皇帝陛下がお好きですねぇ」


 シエラに追い付いたミラが揶揄うように言う。


「うん、だってパパは優しくて格好良くて素敵で…最高じゃない!?」

「優し…?」


 シエラの意見に同意しかねるのか、ミラは何とも言えない表情でシエラの横顔を見た。


「私にとっては…恐ろしいお方です…」

「? そお?」


(シエラ様にだけは甘いですもんね、あのお方…これが俗に言う溺愛…)


 口には出さず自答で納得することにしたミラは、頭を切りかえる。

 腑抜けた姿を見せれば皇帝陛下に無価値の烙印を押されてしまう。この城で生き残りたいなら、自分の価値を示し続けなければならない。


 平民のミラは元々孤児のストリートチルドレンだった。

 たまたまシエラと風貌が似ていて年齢もシエラの二つ上と近かったことでアレクサンドロスの目に止まり、騎士見習いだったミラは今の役職についている。

 もう過去のような自分には戻りたくない、ミラは必死だった。


 城の入り口玄関に到着すると、大勢の人で賑わっていた。帝国の使節団や騎士団の姿もある。アレクサンドロス達が帰ってきているのだ。


「パパ〜!」


 シエラが階段上の手摺りから身を乗り出して叫ぶと、すぐに振り返る人物がいた。アレクサンドロスだ。

 何やらジェフリーに指示を出してから、すぐさまシエラの元へと向かう。


「お帰りなさぁい!」


 笑顔でアレクサンドロスを迎えるシエラの少し後ろで、ミラは深く頭を下げた。


「シエラ、良い子にしていたか?」

「もちろん。お野菜もちゃんと食べて、侍女長にも褒められたんだよ!」


 太陽のような明るい笑顔でシエラは胸を張る。そんなシエラをアレクサンドロスは眩しそうに目を細めて見つめながら「そうか」と笑っていた。


 そんな二人をミラは盗み見て思った。

 自分とシエラは似ていると言われるが、全然似ていないと思う。


 何故なら自分は、こんなに素直な笑顔で可愛く笑うことなんて出来ない…愛情を注がれて育ったシエラと孤児の自分じゃ全然違う。

 そんな事を考えて少し落ち込んでいたミラだったが、視線を感じて顔を上げた。


 すぐに目が合ったのは、アレクサンドロスの後ろに控えているヴィンセントだった。

 目が合い驚くと、ヴィンセントはニコリとミラに微笑む。まるで『ただいま』と言っているようで、ミラは照れて再び頭を下げた。


(なんだか今の…家族にする合図みたいでむず痒い…)


 天涯孤独のミラにとって、ヴィンセントは剣の師匠であり兄や父のような存在だった。

 実際にミラの才能を見出して、騎士見習いとして働かせてくれたのはヴィンセントだったので、本人には決して言わないがミラは感謝していた。


「シエラ、土産だ」


 アレクサンドロスがそう言って、シエラの首にネックレスをかけてやる。

 それは大粒の真珠がひとつぶら下がっているシンプルなデザインだったが、純真なシエラの美貌を引き立てるに相応しいネックレスだった。


「ふむ…」


 アレクサンドロスは満足そうに頷いた。


「さすが似合うな。あの国の真珠を買い占めるか…」


 そう独りごちるアレクサンドロスにヴィンセントと今しがた追いついたジェフリーが呆れた顔を浮かべていた。


「ミラ! 似合う?」


 シエラは笑顔でミラに振り返り、ミラは笑って頷いた。


「はい、とってもお似合いです!」


(私の主人はなんて可愛い人なんだろう)


 幸運にも成り行きで得たこの仕事。

 ミラはこの可愛らしい主人をお給料を貰っている分だけでもしっかり守ろうと改めて思った。

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