02 魔王皇帝【2/4】
「さて、では売国奴の元へ向かうか」
シエラに見せる顔とは違う、魔王皇帝の顔で不敵に笑うアレクサンドロス。
「他国へ帝国の情報を流していた証拠も押さえています。帝国貴族の風上にもおけませんね」
ジェフリーはクスリと笑って、あれだけ粛正したというのに馬鹿はいなくなりませんね、なんて軽口を叩いてアレクサンドロスの後に続く。
「俺直々に地獄へ落としてやろう」
「不必要な殺生は控えてくださいね。後始末するの、全て僕なんですから…」
ジェフリーの小言を聞き流しながら、今から向かう腐った貴族の邸宅付近に大きな玩具屋がある事をアレクサンドロスは思い出す。
「帰りに玩具屋に寄ろう、シエラの好きなぬいぐるみでも買って帰るか」
アレクサンドロスは機嫌良く、件の貴族を粛正しに向かった。
*
アレクサンドロスが最後の首を刎ねた後、彼の近衞騎士隊長であるヴィンセント・アーサーが声をかけた。
「アレクサンドロス皇帝陛下、罪人はこの者が最後でございます」
「あぁ」
アレクサンドロスは無機質に返事を返すと、血濡れた剣を振って血を振り払った。その血飛沫が、今しがた首を刎ねた男の妻にかかる。
「…この者たちはいかがいたしましょうか?」
帝国の内部情報を他国に流して利益を得ていた伯爵の屋敷に押しかけたアレクサンドロス率いる帝国騎士団に、なす術なく捕縛された伯爵一族。
今回関わっていたのは伯爵とその長男だった為、何も知らなかった妻とまだ幼い次男の命は奪わないでおいたのだ。
「何も知らなかったとはいえ、夫息子の犯した罪は重い。爵位と帝国民の権利を剥奪し、国外追放とする。幼子もいるし、せめてもの情けで最低限の施しくらいは…」
「……悪、魔…」
アレクサンドロスの言葉は、たった今帝国民外となった女には届いていない様子だ。
幼子の次男を強く抱きしめ、うずくまり、無惨に散った夫と息子の亡骸を震えながら凝視している。その目からはボロボロと大粒の涙を流していた。
「……」
アレクサンドロスが黙って女を見下ろしていると、ヴィンセントがスラリと剣を抜きその女に剣先を向ける。
「アレクサンドロス皇帝陛下への侮辱、命を以て償え」
女は顔を上げてヴィンセントではなくアレクサンドロスを見上げた。
「…あ、貴方様は…お父君や兄君たちを殺し血塗られた皇位を手にした…冷酷な人殺し、人の形をしただけの悪魔です…!」
ギリ、と奥歯を噛み締めて今にも女に斬りかかりそうなヴィンセントを手で制したアレクサンドロスは、女の元へ行き視線を合わせるために膝を折った。
「悪魔、か…。確かに俺は戦争で数え切れない程の人間を屠ってきた。父や兄を殺し、この地位を得た。人殺しということは認めよう…」
アレクサンドロスは冷やかな微笑を浮かべ、女の顎を掴んで顔を上げさせた。
「しかし、父や兄のせいで意味のない戦争に駆り出され死にゆく兵士たちの命は何だったんだ? 腐っていく帝国に光を当てようと俺が努力する中、他国へ情報を流し腹を満たしてきたお前の夫と息子は何だったんだ?」
女の恨みに満ちていた表情が少しずつ抜けていく。
「その為に死んでいった帝国民たちの命を、お前は何と考える?」
伯爵の流した情報により、カイザル竜帝国の辺境の地にある村が一つ燃えたのは二週間前の事だった。
野党に扮した他国の兵士に襲われた小さな村は、助けを求める間もなく壊滅させられていた。そこを足掛かりとして帝国へ攻め入ろうと算段していたようだが、その地を治める辺境伯の働きにより早期に発覚したのだった。
「…夫と息子を奪われて恨めしいか? それは生き残った村の者たちも同じだろうな。私腹を肥やすために罪なき命を奪ったお前の夫と息子こそ悪魔ではないのか?」
「…ぁ、あぁ…!」
女の顔が絶望に染まったのを見て、アレクサンドロスは立ち上がり悪魔の宣告を告げる。
「気が変わった。帝国民権利の剥奪は取りやめる。お前とその小さき息子はすぐ荷物を纏めてその村へ向かえ。村の復興に遵守することで、その罪を償わせてやろう」
家族を奪った原因の親族が、その村でどのような扱いを受けるかなど容易く想像できる。
恨みと怒りの矛先に飢えた獣の中に放り投げられる生贄なのだと気付いた女は、態度を一変させてアレクサンドロスの足元に泣きじゃくっては縋りついた。
「助けてください! 恨みも何も抱かず、帝国を出てひっそりと息を殺して生活します! ですのでっ…」
アレクサンドロスの足元の裾を掴み、額を床に擦り付けて必死に願い請う女の姿を、彼は何の感情もない目で見下ろしていた。
「伯爵夫人…いや、爵位は剥奪したから夫人か」
アレクサンドロスに呼ばれて女は涙と鼻水で汚れた顔を上げる。
アレクサンドロス皇帝陛下は夫人に笑いかけた。その微笑みに、夫人は救いの光を見出して安堵する。
「息子と共に、村で健やかに生きろよ」
急転直下、夫人は絶望に突き落とされる。
アレクサンドロスの前では、救いなど存在しないのだ。いや、違う。彼は当初、夫人と息子を救おうとした。
国民権を剥奪し、誰の手も届かない場所でやり直せるように…台無しにしたのは夫人自身だったのだ。
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