第2話 書棚の森の中ほどで⑨
第2話 17
それはいつも通りの締らない口調で、いつもと同じような薄ら笑いとともに広げられた、毎度お馴染みの大風呂敷のはずだった。
だから私も、いつもみたいに、”ん”の一つでも挟み込めればよかったのだけれど、心情的にそんな余裕は持てそうもなく。
(リニア?)
それでつい、声に出し損ねた彼女の名前を、胸の内側だけで響かせてしまう。
我ながら不思議だった。
ついさっきまで、自ら企てた遠回しな嫌がらせの話なんかを、呑気に語り上げていたはずの彼女。
その姿が、唐突に別の何かに見えた気がして。
何故だろうか、肌が一気に粟立っていくのを感じる。
(何ですか、これ?)
理由がわからなかった。
見るからに陰険で、嫌味ったらしく嫌らしく。
どこまでも人を食ってやまない笑顔の真ん中で、見たことのない程に鋭く光り続ける二つの瞳が、私にはとても恐ろしいもののように感じられて仕方がなかった。
リニアが口を開く。
「なるほどねぇ。この本探しが仕組まれた物だとは認識していたが、よもやこんな下らない事を企てていたとは。正直、想像もしていなかったよ」
いつもと変わらぬ、間延びした口調。
なのに、その奥底に孕んだ響きは、余りにも私の知る彼女のそれとはかけ離れて聞こえた。
そんなリニアに向けて、お嬢様が問いかけを投げ込む。
「それで、リニアさん。この印は、一体どのような意味を持っているのでしょうか?」
今まで通りな控えめの声でそう口にすると、記号入りの用紙から視線を上げてリニアに目を向けるお嬢様。
そんな彼女の質問に、リニアは一瞬だけ「ふぅん」と考え込むような素振りを見せた後に、ゆっくりと答えを紡ぐ。
「これはね、文字なんだ」
「文字ですの?」
「ああ、そうとも。という事で、お嬢さん。この本探しの顛末を、一応は伝えておこうかね」
「え?」
出し抜けな言葉に、お嬢様が驚いたように目を見開くが、しかしリニアは構わず続ける。
「探し出したなら、伝わる。そんな前提が添えられて始まった、この奇妙な本探しなのだけれどね。結果は見事に『伝わった』だ。
つまり、本探しは成功したわけだよ、おめでとう」
「え、え?」
思いがけない祝福の言葉を告げられて、お嬢様は両の目を一層と丸めながらも食い下がる。
「ですが、その、わたくしはまだ何も……」
リニアがヒラヒラと手を振る。
「大丈夫。ちゃんと伝わったから、君が心配する必要はないよ」
取りすがろうとするお嬢様を、わけのわからない言い草で切って捨てるリニアの態度。
あまりも容赦のない振る舞いに、見かねた私はどうにかこうにか口を挟む。
「リニア……せめて説明を」
辛うじて言葉にできた、手短な台詞。
しかし意図は正確に伝わったらしく、リニアが面倒くさそうに息をつく。
「説明ねぇ。まぁ、話せと言われれば話すのだけれど、でもね? 敢えて言わせてもらうけど、これはまぁ中々に常識外れで酷く出来の悪い仮説なんだよ。
おまけに、君たちにそんな与太話を納得させられるような根拠を、私は提示することが出来ないだろうね。
二人は、そんな眉唾な話でも聞きたいと思うのかい?」
あからさまな億劫さを象った、リニアの言葉。
一瞬意味を理解し損ね、しかし改めて噛み砕いてみれば要するに、
「つまりだよ。私が話す妄想以下の戯言を、君たちは前向きに聞けるのか、という話さ」
と言うことらしい。
一瞬視線を交差させる、私とお嬢様。お互いに、答えは決まっているようだった。
一つ頷き合い、そして私たちは「それでも話せ」と、口を揃えてリニアに告げる。
「おやおや。物好きだねぇ、君たちも」
大きなため息とともに、顔を渋くするリニア。「仕方ないなぁ」とのぼやき声を垂れ流しつつ、肩のこりでもほぐすかのように首を軽く回す。
そうして改めて、今までずっと右手に持ったままだった便箋の束を目線の高さまで持ち上げると、
「じゃあ始めようか」
そんな前置きを加え、そうしてリニアは語り始めた。
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