第2話 16
「さぁさぁ。ご覧の通り、空きテーブルはいくつもあるからねぇ。好きに使ってくれたまえよ」
「しょ、少々失礼いたしますわ」
慌てた表情で、二冊を抱えて踵を返すお嬢様。
微かによろめく足取りで、店の一角へ向かって歩いて行く。
そんなお背中を見送りつつ、私はリニアに問いかける。
「自分で確認しなくても良かったのですか?」
リニアが答えた。
「構わないさ。置かれていた高さ。代わり映えしないタイトル。複数巻の構成と珍しい番号振り。そして、読み忘れが発生しかねない、上下巻という表記方法。
これだけの条件が当てはまる御本がだよ? そうそうあってたまるものかい」
紡がれていく本探しで辿った足取り。
その締めくくりを告げるように、リニアが言葉を重ねていく。
「それに。私にできる嫌がらせは、ここが限度だろうしねぇ」
またしても垣間見えた奇妙な言い回しに、私はオウム返しに問いかける。
「嫌がらせ……ですか?」
「そうともさ。奇人変人なお姉さんとやらが、何のつもりでこんな真似をしたのかは知らないけれどね。これは随分と迷惑な話だよ。
勝手に人の店を巻き込んで、下らない催し物を開催する。まったく、どういう了見なんだろうね?」
「は、はぁ」
とは言え実際のところは、こちらから本探しに協力を申し出たという経緯もあるわけで。
だったら”巻き込まれた”とするリニアの見解が的を得ているのかと問われれば、そこはまあ疑問の残る部分ではある。
だからそんな思いを言葉にすれば、リニアが一つため息をつく。
「まぁ確かに、こちらから申し出てはいるのは事実だけれどね。
しかしだよ、カフヴィナ。あの手紙、ひょっとすると、はなっから店側の人間を巻き込むことまで計算されていた可能性も無いとは言い切れないんだよ?」
ちょっとだけ驚く。
「そ、そうなのですか?」
「そう。ぶつかった相手がカフヴィナ、君だったと特定できるような書き込みがあっただろ?
手紙の中にそんな文面があったのなら、遅かれ早かれお嬢様は君に対して相談を持ちかけて来ることにはなるはずだ。例えこちら側から協力を申し出ていなかったとしてもね」
「ま、まあ確かにそうかもしれませんが」
「そしてだよ。もしもそんな相談をされたなら、それはやっぱり何かしらの形で本探しに巻き込まれる流れにはなりそうなものだよ」
などとの発言ではありますが、実のところはどうなのでしょう。
「少し穿った考えでは?」
感じた印象をそのまま返せば、リニアはもう一つ深く息を付いた。
「かもしれないね。ま、何にしてもだよ。
結果だけを見れば、でしゃばりな第三者がお嬢様を差し置いて、こうして本を見つけ出してしまったんだ。
それなら、奇人変人なお姉さんの企てが何にせよ。多少の嫌がらせくらいにはなっていそうなものだとは思わないかい?」
こ、これはまた、何と言う回りくどい嫌がらせもあったものですか。
どこか不満げに、だけれどもニヤニヤと意地悪く。
どこまでも掴みどころの見当たらない、歪にご機嫌なリニアの様子。
私がそっと彼女の表情をのぞき見ようと視線を動かしたとき、
「あの」
お嬢様の声が聞こえた。
視線の向かう先を、声が聞こえた方向へと変更すれば、そこには少し離れたテーブルの前に立つお嬢様の姿。
二冊の本を卓上に開き置いたまま、こちらに顔を向けている。
リニアが言った。
「おや、もう分かったのかい?」
お嬢様が答える。
「ええ、その。姉からの手紙にあった御本は、こちらの二冊で間違いないかと。
それに、リニアさんが仰られるように、この二冊が実のところは三冊で構成されている御本だというお話も確かだと思いますわ」
マジですか。
「これは凄い、随分と早く判明させたものだよ。それでやはり、真ん中の巻が抜けていたんだね?」
リニアが感心とばかりな声を向ければ、お嬢様が答える。
「そのようです。一冊目の巻末と、もう一冊の巻頭で、章の番号が大きく飛んでいましたので」
ああ、なるほどと思った。
各章に番号振りでもされていたのなら、丸一冊分も飛んでいればその数字が連続するはずもない。
お嬢様が口にする結果報告を聞きながら、私は改めてリニアに目を向ける。
「良かったですね、リニア。どうやら想像通りの結果のようですよ?」
目一杯にお世辞と嫌味を詰め込めば、しかし。リニアは顔を怪訝そうに歪めていた。
「何だって?」
低く響いたリニアの声。
そんな彼女の表情が思いがけず、私は控えめな声で問いかける。
「ど、どうしたのですか?」
リニアが答える。
「いや。てっきり普通の章番号なんて、振られていないものだと考えていたからね。
事実、私の見たプロローグの表記に、番号なんて見当たらなかった」
「それは、プロローグだったからでは?」
章立ての番号振りなどでは、プロローグやエピローグを除外した状況で、本編のみの各章に連番を振るなどということは、別段珍しい話でもない。
そんな考えをリニアに向けて伝えてみるが、しかし。
「いや、おかしい」
一体何が不満なのか。
リニアはこれまでとは打って変わった神妙な顔つきで、お嬢様の立つテーブルに向かって、歩き始める。
「リ、リニア?」
何となく、私も彼女の後に続く。
程なくテーブルまでたどり着き、リニアが開かれたままの本に視線を向ける。
私もそれに習うように、卓上へと視線を落としてみた。
するとそこには、共に目次のページを見開きで置かれている二冊の本。
パッと見で分かった。
「ああ、そうですね。確かに番号が大きく飛んでますね」
だからこそ、そんな事実は真ん中の一冊が欠損している証拠ともなり。
そしてそれは、リニアが長々と語った推測の裏づけでもありそうなものなのだが。
などと考えていると、リニアの呟きが聞こえた。
「しまったな。さっきは適当にめくっていたから、目次を飛ばしてしまったようだね」
どこまでも低く響く、彼女の声色。
私は立ち位置が分からずに、ただ何となくで言葉を搾り出す。
「何か、問題でも?」
「ああ、大問題だ。上下巻表記で気付けなかったとしても、章番号を見れば一冊抜けていることなんて、子供にだってわかる事だ」
ま、まあ確かに、それはそうかもしれないけれど。
「たまたま気が付かれなかったということは?」
「いや……どうだろうね。この本探し自体が仕組まれたものなのであれば、これも仕込みの一環として折り合いが付くのか?」
静かに深く。いつもの間延びした口調が鳴りを潜めるリニアの言葉。
なぜだか私は、少しだけ身震いする。
リニアが聞いた。
「お嬢さん。それで実際には、何か伝わることとか、あったのかい?」
ああそう言えば、そんな話でしたっけ。
問われたお嬢様に向けて、私も視線を向けてみる。
二人分の視線を集めつつ、しかしお嬢様は首を小さく左右に振る。
「いえ、それが……。何のことだかさっぱりでして」
伝わらなかった? 見つけ出せたなら伝わるはずではなかったのだろうか?
どうにも全体像を把握できない、どこかぼんやりとした疑問が、私たちの間に揺れる。
リニアが再び問いかける。
「他に何か、気になることは無かったかい?」
お嬢様が答える。
「気になることと申しますか、その。一冊目の最後のページに、このようなものが挟まっておりましたわ」
そう言うと、お嬢様はいつからか手にもっていた一枚の紙切れをテーブルの上に置いた。
見る。
真っ白で何の変哲も無い、一枚の用紙。
目を引くのは、そんな紙切れの中心にデカデカとかかれた、何かの記号? らしきもの。
やや横に長い四角と、まっすぐな一本線のみであしらわれたとてもシンプルな形で、お世辞にも凝った造形などとは言えないそれを眺めつつ、私は首を捻る。
「何でしょうね、これ?」
私の問いかけに、お嬢様は「さぁ」と呟いて、再び小さく首を振る。
「ですが一応、用紙の裏側に小さく姉の署名がございました。ですので、姉が探すように申していたのは、やはりこの御本で間違いはないかと」
おっと、それは分かりやすい目印ですね、とは思いこそすれ。
しかし肝心の『伝わる』ものが何も無いというのも、どうにもスッキリとしない結末になってしまいそうなものですが。
なんて事を考えていると。
「これはこれは」
すぐ隣から、リニアの呟き声が聞こえた。私は振り返る。
「意味が分かるのですか、リニア?」
いや流石に幾らなんでもと思いつつも。しかし、ひょっとして彼女なら何て思いもあったりはして。
それでただ勢いのままに問いかけてみれば、リニアは顔に薄い笑みを貼り付けつつもこう言った。
「分かるさ。分からないわけが無いじゃないか」
低く唸るような声。
少しだけ驚きながらも彼女の表情に気を向けて、そうして私は硬直した。
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