第2話 書棚の森の中ほどで⑦

第2話 13

 仕組まれた本探し。


 これまた突拍子もない世迷言が飛び出してきた。

 あまりの事に二の句を継げられず、どうしたものかと視線を漂わせる私。


 見ればリニアの向こう側に立つお嬢様も、私と似たような心境らしきご様子。

 二つの瞳を頼りなさげにふらつかせながら、静かにお口をパクパクと動かしておられますね。


 そんな私たちの真ん中に立ったリニアが、口端をひねり曲げながらこんなことを言う。


「だいたい何だい、この手紙は? 都合が良いにもほどがあるよねぇ」


 右手に持った便箋の束をバサバサと振り、わざとらしい呆れ顔を作る彼女。

 その表情に、何となく今にも物言いを重ね出しそうな気配を感じて、私は慌てて言葉をねじ込む。


「ちょ、ちょっと待ってください。仕組まれたと聞こえましたが……ええと、何がですか?」


「何がって、この本探しに決まっているじゃないか」


 さも当然と言わんばかりの口調。

 と言うか、聞き間違えではなかったあたり、嫌な予感は的中していそうですね、これ。


「本探しが……仕組まれている……?」


 うわ言のように響いたのは、お嬢様の声。リニアがぐりんと顔を振る。


「そぉともさ。私が思うに、これはね。ポイントさえ押させていけば、最後には本を見つけられるように仕組まれている、そういう類の催し物なのだと思うよ」


 いやいやいやいや。言うに事欠いて”催し物”って、何てことを言い出すのやら。


 私はあわあわと慌てふためく胸中を精一杯になだめつつ、努めて冷静さを保ったままで問いかけてみる。


「ち、ちなみにですが、どこからそんな考えが?」


 するとリニアはこちらに振り返り、薄ら笑いを貼り付けて口を開く。


「どこって、カフヴィナもこの手紙を見たじゃないか。だったら思わなかったのかい? 妙なことばかり覚えているなぁって」


 妙なこと?


 言われて手紙を読み進めていた時の事を思い出しつつ、そして程なくハッとする。


(ああ、そう言われると)


 いつの時点だったか、正確な記憶はない。

 とは言えそれでも、例の手紙に目を通す最中に、『妙なことばかり覚えていますね』と思った瞬間は、確かにあったようなそんな気がした。


 でも、だからと言って。


「ですけど、リニア。手紙に変なことばかり書かれていたからと言って、それで仕組まれたのどうのと、少し暴論が過ぎるのではないですか?」


 一応は、真っ当な異議申し立てのはずである。だというのに。


「もぉちろん、それだけじゃないさぁ」


 意気揚々とその場でクルリと一回転してみせるリニア。ローブの裾を華麗にひるがえすその姿は、腹立たしいほどにご機嫌ですね。


「私だってね。もしも手紙に書かれていた内容が、本当に役に立たないどうでも良いことばかりだったなら、こんな事は思ったりしないよ。

 だけどね、実際はご覧の通りさ」


 リニアは右手を上下に振って、手にした便箋をバサバサとはためかせて見せる。


「役に立たないどころか、まったくもっての正反対。いやはや。ここまでくると、あからさまが過ぎるというものだよ」


 明朗に語り上げられるリニアの言葉に、私の理解は追いつかない。それはきっと、お嬢様も同じなのだろう。

 見れば、差し込む言葉を見失ったままで、ただ黙ってリニアの顔を見上げているご様子。


 そんな私たちから視線を外し、リニアは一人勝手に言葉を続ける。


「本を探せと言う割に、題名や作家名といった直接的な手がかりは軒並み記憶にない。

 かと思えば、一見どうでも良さそうな事柄ばかりが、やたらと細かく書きつづられている。

 おまけに、そんな役立たずなはずの箇条書きのどれもがだよ? よくよく読み解いてみれば、揃いも揃って本探しの『手段』について言及しているときたものだ。

 ここまでされたなら、そりゃあ嫌でも作為的なものを感じずにはいられないだろうねぇ」


 だからこそ、本はきっと見つけられるように出来ているはずだよ、と。まるで小躍りでもするような調子で、そこまでを一息にまくし立てるリニア。

 そして私たちから視線を外し、「それじゃあ本探しを続けようか」と、再び書棚を見上げ始める。私はそんな彼女の横顔をじっと見つめつつ、思わず考え込む。


(手段……?)


 リニアが長々と紡ぎ上げた言葉の中に、ほんの少しだけ思い当たる単語を見つけてしまった。引っかかる。


 彼女にして、本を探す『手段』の言及と言わしめるほどの記述といえば、心当たりは一つだけ。それは──


「高さの絞り込み……?」


 思わず口をついて出た私の呟き。それを、本探しを続けると言い放ったはずのリニアが耳ざとく拾い上げる。


「そぉだね、カフヴィナ。背伸びしてどうにかと書かれていたくだりも、本探しに有効な、高さという『手段』を言及していた一つには違いないよ」


 確かに、とは思わなくもない。あの記述があったからこそ、探すべき本が置かれているだろう高さを絞り込めたことは事実なのだ。とは言え。


「し、しかしですよリニア」


 私は、手頃に浮かんだ取り敢えずな疑問を掲げて問いかけてみる。


「手紙には、直接的に高さを示すような書かれ方はされていませんでしたよね?

 高さを伝えたいと言うのなら、それならもっとハッキリとそう書けば良いだけの話では?」


「だぁから、仕組まれていると言っているのさ」


 書棚に向けられた視線はそのままに、リニアが私の思い付きを否定した。


「さっきも言ったけどねぇ。これはあくまでも”催し物”なんだよ。

 出題し、遠まわしにヒントを押し付ける。そうして無自覚な挑戦者相手に思考を促して、自分は傍からほくそ笑もうというわけさ。

 悪趣味なイベントだよねぇ。実に私好みだ」


 悪態を重ねながら、意地悪そうな微笑みを浮かべるリニア。そして私に向き直り、人差し指をひょっこりと立ててこんなことを言う。


「例えばだよ。カフヴィナの言う、高さの絞り込みにしたってどうだい?

 ただ純粋に、当日の思い出を書き付けたと言うには、あまりにも不自然じゃないか?」


「不自然って、何がですか?」


「踏み台。どうやらご本人は使わなかったようだけどね。でもそれって、得てして手紙に書けるような事柄なのかねぇ?」


 含みを感じる言い回し。当然意図など理解できない。


「何が言いたいのですか?」

「なぁに、つまりはこう言うことさ」


 リニアは言う。


 仮に、踏み台を『使った』というのであれば、それに関する記憶が当日の『出来事』として手紙の中に記されていたとしても不思議はない、と。


 ところが実際に書かれていたのは『使わなかった』とする書き込みだった。私はどうにも、それが気に食わない、と。


「普通に考えたら、『使わなかった』という状況は『出来事』とは言えない。だからそもそも、覚えていられる類の物でもないはずだと思う。

 それなのにだ。そんな事を後生大事に手紙の中に書き込んでいる。これはちょっと見過ごせないとは思わないかな?」


 うぬぬ。

 言いたいことは分からないでもないのだけれど、でも。


「でも、実際に書かれていたわけですから……」

「そ。だから私は、踏み台を『使わなかった』とする記述は、何かしらの思惑があった上で、意図的に手紙の中に添えられたものだと考えているわけさ」


 思惑。意図的。やや前掛りが過ぎるようにも思える、リニアの言葉選び。

 私は反応に困り、お嬢様はやはり割り込まれず、そうしてリニアがこう続ける。


「『背伸びした』というだけでは曖昧になってしまいかねない、高さを絞り込ませるための情報。それを補足するために、踏み台を『使わなかった』と書き添える。

 そうすることで、何が変わるのか、分かるよねぇ?」


 淡々と、しかし楽しげに響くリニアの言葉。私は少し考える。そして、


(せめてもの救い?)


 ふと思い起こしたのは、いつか思った感想だった。そしてそれは、踏み台を使わなかったという一言を文面の中に見つけた時に感じたものに他ならず。


(……確かに)


 とも、思ってしまった。


 もし仮にその一言が文面に添えられていなければ、本が置かれていた高さに関しても、これほど正確に絞り込めはしなかったこともまた、事実には変わりないのだろう。


(だけどそれを、リニアが考えているような、意図的に仕込まれたヒントだったなどと断言してしまっても良いものなのでしょうか?)


 分からない。何となく分かるけど、判断は付けられない。そんなどっちつかずな心象に思考を右往左往させる私。

 すると、リニアのため息混じりな声が聞こえた。


「さぁてと。取り敢えずこの棚には見当たらようだし、次の棚を探そうかねぇ」


 言うが早いか、身をひるがえすリニア。そして、


「ほらお嬢さんも。ぼぅっとしていないで手伝っておくれよ、御本探し」


 いつの間にか立場が入れ替わっているような、そんな気のする要望を垂れ流しつつ、リニアは次の書棚へ向けて歩き出した。


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