第2話 12
(確かに……)
ここに来てようやく、リニアが何を言わんとしていたのかが透けて見えてくる。
咄嗟に見上げれば、そこにはチグハグと賑やかしい背表紙の行列。そんな光景を改めて目の当たりにしながら、私はつい考えてしまう。
(目を止める理由がない?)
いやいや、そんな馬鹿なとは思いこそすれ。しかしリニアの指摘が、まったくの的外れだとも言い切れそうもない自分。
ただ黙って、目の前の書棚を見上げ始めた私の耳に、お嬢様の声が細々と聞こえた。
「そ、そうですわね。仰られるように、そもそも目に止まらないですわね」
「そう。つまり、本来なら見逃してしまうような背表紙に、君のお姉さんは目を止めた。その理由はなんだったのか?」
リニアがうきうきとした声で続ける。
「確かにだよ? 題名や作家名がありがちだったとしても、分厚い本だとか古めかしい古書だとか、はたまた単順に背表紙が派手だったとか、他にも目を引く理由なら無いわけでもないだろうさ」
ああ、なるほど。そういう可能性も……?
リニアの発言に何となく引っかかり、つい口を挟んでしまう。
「ですけど、リニア。もしそういう理由で目が止まったのだとしたら、普通はその特徴が手紙に書いてありそうな気がするのですが」
何せ、タイトルや作家名を思い出すのとはわけが違うのだ。
それなら、「とても分厚い!」とか「すごく古い!」とか「とにかく派手!」的な一言くらいは手紙に書かれていそうなものではある。
そんな思い付きの考えを言葉に乗せて伝えてみれば、リニアがこれまた賛同を示すように、嬉しそうな顔で白い両袖を振り回す。
「そぉなんだよぉ。もしもそう言った分かりやすい特徴があったのなら、それならそれで、手紙の中に一言くらいは書かれていそうなものだよねぇ」
だけど、そんな文言はどこにも見当たらなかった。それがどうにも気に食わないのだと、リニアが生き生きとした声で言い捨てた。
「気に食わない割には、随分と楽しそうに見えますが?」
彼女から伝わる天邪鬼な気配に、私がため息を混ぜ込みながら問いかければ、
「そぉ見えるかい?」
との返事。何がそんなに楽しいのでしょうか?
現状を前にして見せる、彼女の不必要なまでのはしゃぎ様。私は仕方なく釘を刺す。
「あのですね、リニア。これからそんな得体の知れない本探しをするのですよね? ちゃんと分かってますか?」
本の外観に特徴は無い。そんな、いよいよもって探す手立てが無くなってしまった現状を、今の彼女がどう捉えているのかは知らない。
とは言え、それでも無意味に高揚して見えるその有り方はどうなのかと思う。そんな思いで嗜めたつもりだったのだが。
「だから面白いんじゃないかぁ」
ああ、もう。本当にこの人は。
思わず眉間に指を押し当てる私。気を抜けば、しかめっ面のついでに、うなり声の一つでも立ててしまいそうである。
そして、そんな私の気苦労など取り合うつもりもないと言わんばかりの様相で、リニアが口を開く。
「というわけでだよ、二人とも。これで探す本の特徴は分かったね?」
何言ってんだ、こいつ?
「何一つ、特徴なんて無いことは分かりましたよ」
余りにも場違いに過ぎるリニアの見解に、私は嫌味を込めて冷ややかな視線を向ける。
すると、
「そぉとも! さすがカフヴィナだねぇ、良く分かっているじゃないかぁ」
なぜだか褒められてしまいました。
またもや予想外の返しを受けて困惑する私。もう、こんなのばっかり。
「良いかい二人とも? パッと見では、特徴が無い本。それを探せばいいのさぁ」
今度は何だって?
「あくまで外見から受ける印象は『ありがち』で。だけどよくよく見れば『珍しい』。
手には取らずに、こうして下から見上げているだけでそう感じさせるような本。
それを探していくのさ、今からね」
何だか、とんでもなく荒唐無稽なことを言い始めたのですが?
などと、ひっちゃかめっちゃかに散らかった私の心象を、お嬢様がおずおずと言葉にしてくれます。
「その、何と申しますか。まるで雲を掴めと言われているような気分なのですが」
まったくもって本当に、そんな心持ちで一杯です。それなのにリニアときたら、
「そんな事はないよ。そりゃあね、絶対とは言わないけど。それでも探せば見つけられる可能性は高いはずさ」
往生際の悪い奴め。
「しつこいですよ、リニア。そんなよく分からない基準だけで、本気で探せると思っているのですか?」
余りといえば余りの言い草。まるで根拠の見えない暴論に、私は眉間に押し付けていた指先をグリグリと沈めながら、彼女の正気を改めんと問いかける。
するとリニアは、少し困った顔をしてこう言った。
「いやぁ。私としては、きっと見つけられると思っているのだけどねぇ。多分だけど、そういうふうに出来ているはずだから」
出来ている?
またもや思いがけない言い回しを耳にした気がして、何でしょう。凄く嫌な予感がします。
そしてそんな私の予感を的中させるような見解を、リニアは薄く響かせます。
「だってこれ、仕組まれた本探しだよ?」
はい?
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