08
絶対に見つけられる保証はないけれどね、と。
最後にそう締めくくられた彼女の言葉を反芻しながら思う。
「ここまできたら意地でも──」
見つけて帰りたいと、どうしてかそんな心持だったりもした。
何にしてもである。
私の記憶どおりであれば、リニアが上げた三ヶ所の候補の中で、今朝私が飛び込んだのはこの路地だけ。なら。
「徹底的に探すべき」
自分に言い聞かせるように呟くものの、しかし探し物は一向に見つからず。
ここまでの作業に結構な時間をかけている気がするが、お店のほうは大丈夫だろうか?
一応、急いで開店準備の残りをこなし、面倒くさそうに顔をしかめるリニアに後を任せてここまで走ってきはしたが。
「あの人、店番とか向いてませんからね」
少しだけ心配ではあった。
お店としては、読書とお茶を楽しめる憩いの空間というのが表向きの建前なので、お茶の準備と書籍の案内とお会計くらいできれば何とかなりはするのだけれど。
「接客……」
もう一度言う。向いていない。
私とは違い、あのお店に勝手に住み付いた読書家の彼女なら書籍の案内はお手の物だろうし、お茶を淹れることに関しては私よりも上手なぐらいだったりもする。
が、しかし。
(どうしてああも、無理やりに勧めようとするんでしょうね)
リニアが毎朝淹れてくれる、あの黒くて苦い飲み物。
彼女がコーヒーなどと名付けたそれは、私の見立てだとあまり一般受けしそうもないように察せられる。
(本当に、お国はどちらなのか)
高山で取れる魔術薬用の乾燥豆を炒めて、粉になるまですり潰し、お湯を注いで成分を抽出する。
そんな工程を何度となく見てはきたが、しかし。
おおよそお茶と言えば、乾燥させた茶葉をお湯の中で遊ばせるのが一般的なこの近辺の生成方法からすると、材料も手段も何もかもが異質に思えてしかたがない。
故郷の話題が会話に上るたびに、良く分からないことを言ってはぐらかしてくる。
そんな彼女の立つお店には、不安な要素が満載なのである。
「とりあえず、早く見つけて戻りましょう」
香りにつられて一口含めば、途端に眉間にシワが寄る。
そんな飲み物を強引に押し売ろうとする彼女の態度は、商売人のそれとしてどうなのだろう?
(間違っている……とも言い切れませんけど)
売りたいものを売り込んでいる姿勢は、意外と商売人として正解な側面もあるのだろう。
清く正しく美しく、などというものが商売人としてあるべき姿だと言うのなら。
それなら威圧感丸出しで無愛想に露店に立つハンスおじさんなんて、即刻商売から足を洗うべきだ、なんて事にもなりかねない。
(ですが。評判もいいし繁盛してますもんねぇ、ハンスさんのお店)
などと取り留めもなく考えつつ。何気に視線を広場に向けて、ふと思い出す。
(そう言えば、そろそろ戻られましたかね?)
ここからでは建物の影に隠れて確認できないハンスさんの露店に思いを巡らす。
この路地に舞い戻り、ボタン探しを始める前に一応は顛末の報告をと顔を出した時には不在だった。
聞けば。隣の露店主に店番を押しつけ──いえいえ。
ちょっと空けるから店、見といてくれ的な感じで、どこかへ出かけて行ってしまったらしい。
行き先は不明とのこと。
(まあ、一日中張り付いているわけでは無いのでしょうけれど)
できれば一緒に報告もこなしておきたかった私としては少しだけ残念。
(帰りにもう一度だけ、覗いて行きますか)
などと今後の行動方針をまとめつつ、取り敢えず手の届く範囲を探し終えた事もあったので。
それでは次はどこを探そうかと、高度を下げながら向きを変え──
「きゃん」
小動物の鳴き声みたいな声を聞くと同時に、右の踵に小さな衝撃を感じた。
「あっ」
しまったと思い、慌てて視線を足元まで下げる。
そこに見たのは、女の子らしく見える誰かの頭頂部。
何が起きたのかを直感し、私はおろおろと地面に降り立つ。
「ご、ごめんなさい!」
取ってつけたような謝罪を述べる私の目の前には、歳の頃なら5、6歳くらいの小さな女の子が立っていた。
小さな両手でお顔を押さえるその姿の、何と痛ましいことか。
「だ、大丈夫? 本当にごめんなさい!」
重ねて失態を詫びる。これは完全に顔面に行ってしまったようだ。
「怪我、しましたか!?」
とにかく少女の具合を確かめようと、腰をかがめて小さな両手の隙間から様子を覗き込む。
すると柔らかそうな頬に浮かぶかすり傷。大失態だ。
「少し見せてください」
精一杯の優しさを声色に練り込んで、私は少女の左手に自分の右手をそっと添わせる。
「……う」
大した抵抗もなく動く、小さな右手。
私は早口に呪文を唱えあげる。
簡単な回復魔法くらいなら、別に聖職者の専売特許というわけでもない。
「今、治癒しますから」
魔力を乗せた左の指先を少女の頬へと向ければ、淡い光にあてられた擦り傷がすっと消えていく。
「どうですか? まだ痛みますか?」
少女の頬から傷が消え去ったのを確認し、問いかける。
そんな、少女の返事をはらはらと待つ私をよそに、少女は手を顔から薄っすらと離し──
「……すごい」
と小さく呟いた。
(よ、よかったぁ)
目の当たりにした反応に、私はほっと胸をなでおろす。
そして、重ねに重ねてもう一言詫びる。
「本当にごめんなさい。私の不注意でした」
「お姉さん、女神様?」
謝罪したら、とんでもない濡れ衣が飛んできた。言葉に詰まる。
「痛いの無くなったの。すごい」
「いえ、これはその、ええと」
キョトンとした表情の中に転がる、きらきら光るお目々が二つ。
これはどう対応すれば?
などと返答をこまねく私に向けて、しかし少女は畳み掛けてくる。
「あのね! 今日はね! 一番大きいやつなの! だからね!」
小さな両手で、コートの端を掴まれた。
引っ張る両手の弱々しさに、なぜだかちゃんと返事を返さなければいけない、そんな気がした。
「ご、ごめんなさい。私は女神様ではないんです」
もう何度目になるかも忘れた謝罪に乗せて、私は真実を告げる。
まあ、言うほど大それた真実などではないのだけれど、それなのに。
「女神様……ですか?」
私の返答はきっと、ちゃんと届いたのだろう。
問いかけを繰り返した少女の声色に、微かな揺れを感じた。
「ごめんなさい」
私は少女に視線を合わせたまま、ゆっくりと首をふる。
そんな私の耳を、「そっかぁ」と小さく微笑む少女の声が通り抜けていった。
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