第5話 すべてを知っていた

 時は経ち、サヤ子の兄である、富本今谷は結婚をしていた。そして、一人の息子を授かった。それは、悲劇の始まりでもあった。


 今谷は会社を設立すると同時に、修一さん、今谷の弟でもある和彦と三人で会社を経営していくことになった。和彦は修一さんのことを「兄貴」と呼んでいた。「兄貴」と呼ぶ理由として、本当の家族のように思っており、サヤ子の夫でもあるからだ。それもあってか、修一さんも和彦のことを可愛がっていた。そのくらい、関係は深いという証なのだ。


 そのこともあり、富本家で、小さいながらも会社を経営していくことになった。会社設立後は、倒産することなく安定した経営を行った。




 修一さんは、会社を設立したところに勤めている最中に、バイクで通勤をしていた。その最中に、トラックと衝突事故にあった。本来なら死亡していてもおかしいくらいの事故だった。頭を強く地面に打ったが、軽症だったのが救いだ。


 でも、やはり、頭を強打したということもあり、様子見のため、数週間の入院生活になった。入院中は特になにも異常が見られないということもあり、数週間の入院生活を無事に終え、退院することとなった。


 


 長女のきみ子は成人を過ぎ、優子は幼いときに起きた病気以降、嘘かのように元気な人になっていた。優子はこの時、高校生になっていた。そして、一つ上になる辰との出会いもあった年でもあった。


 


 数年が経った冬。優子は辰と共に、小さなマンションで暮らしていた。辰は高校卒業後、辰の父親が大工ということもあり、そこで一緒に働くこととなった。


 辰は、小さいことに母親を亡くしていた。それもあって、父親一人で辰を育てていった。辰の母親の死はいろいろな説があると、富本家で話題になっていた。


 一つ目は、自らの手で下したこと。


 二つ目は、突然の死。あること。早逝であることだった。


 一つ目の説だが、それは夫が女遊びが原因となり、それが引き金として自ら命を絶ったという説だ。家で揉め事が頻繁に起きていた。それが続いて精神的に限界が来たことで、そのようなことが起きたといわれている。


 二つ目は、早逝であったことだ。




 辰にはそんな過去がありながらも、強く生きていた。父親一人で辰を育てたということもあり、そんな強い父親を尊敬していた。


 辰と優子は、数年後に結婚をする予定となっている。そんな矢先だった。富本家に大きな出来事が起きた。




 雪が降らない土地だが、肌寒い季節になった今、みやこさんの体は少しずつ弱り始めていた。サヤ子との仲は、相変わらず良いとも言えない中で、みやこさんは、自らの意志で介護施設の暮らしを選ぶことにした。


 みやこさんは、きみ子との仲は良かったので、週に一回は施設に顔を出すようになった。きみ子ほど面談をすることはないが、月に二回ほど優子も、きみ子と共に面談をしていた。日が増すことに、容体は悪化していく一方で、みやこさんの体は、そう長くないと本人を含め、きみ子、優子は感じていた。


 そんな中でもサヤ子は、面談をすることはなかった。あの出来事があって以降、みやことさんとは話すことも少なくなり、次第には会うこともなかったのだ。


 


 まだ肌寒い中、雪解けの季節になったころ、みやこさんの容体は突如として悪化し病院へ搬送された。それを真っ先に知る、きみ子は病院へ駆けつけた。病院へ向かっている最中に、サヤ子と優子に病院へ駆けつけるように連絡をした。それを聞いたサヤ子は、修一、そして優子と一緒に病院へ行くことになった。また、今谷と和彦も急いで駆けつけることとなった。


 先についたきみ子は先生から、みやこさんの容体について話を聞いて、皆が来るのを待っていた。


 遅れてやってきたサヤ子たちは、みやこさんの容体について、きみ子から話を聞いた。


 「先生から先に話を聞いたよ。みやこおばあさんは、もう長くないって…」


 それを聞いたサヤ子たちは、返す言葉がなかった。続けてきみ子は言った。


 「みやこおばあさんは今は落ち着いているが、いつその時が来るかわからない状態。私たちにできるのは何もない…」


 きみ子は話すごとに声が小さくなっていくのが、聞いてわかるくらいに薄く声を発した。きみ子はこの状況では何もできないと思い、


 「私は今日、病院に泊まることにするよ。だから、みんなは一度、家に帰ったらいいよ」


 そう言ったきみ子は、言葉を残した。ただ一人除いては、皆一度家に帰ることになった。


 きみ子は、少しの光だけが照らされた待機室で、家に帰らなかったサヤ子と共に一晩過ごすこととなった。




 その晩、久しぶりにきみ子と、サヤ子の二人っきりで会話をすることとなった。それは、長い夜の中での話だった。


 この二人の対立以来、このようにして向かい合って話をするのはこれが初めてだ。相変わらず、いがみ合い、対立は変わらなかった。話は、みやこさんの話になった。先に言い始めたのは、サヤ子さんだった。


 「知っての通りだけど、私とお母さん。きみ子にしてみれば、叔母さんと言った方がわかりやすいかな。私からみたら、あまりしっかりした人ではないイメージで、関係はそこまでよくない。頼りない人だったよ」


 小さかったころの話をきみ子に聞かせた、サヤ子。


 「修一さんは、小さいころに戦争時代の経験もあってさ、小さかったこともあって、戦場に出ることはなかった。私たちは、大人になって出会い、結婚した。修一さんは、それは一目ぼれで『太っているサヤ子が大好きだ』なんて言ってさ、もうアピールされて、それで結婚したわけよ」


 それを真剣に聞いているきみ子は、両親の出会い話を聞いていた。


 「そして、修一さんとの間に、きみ子が生まれたわけよ。叔母さんからすれば、自分の娘から姪が誕生したものだから、もうそれは大喜びしたものさ。きみ子が初めてだったわけだからね。それもあって、一番可愛がっていた。」


 懐かしい思い出が話として出てきた、サヤ子。きみ子は珍しく幼いころの記憶が持っている人だった。二歳くらいからの記憶はあるが、さすがに赤ちゃんの頃の記憶はないため、興味津々で珍しく真面目に聞いていた。


 「それはもう、言葉にできないくらい喜んでいたよ。そんな顔を見たのは、あの時が初めてだった。それくらい、喜んで可愛がっていた。それからというと、優子が生まれるまでは顔を見に来ていたよ。そこから数年が経って今は亡き娘だけど次女が生まれたんだよ。私は顔を知らないけど、遠くで泣き声が聞こえてきた。そこからは、何も覚えていない。叔母さんから聞かされたと思うけど、少ししてから亡くなったんだよ。」


 今は亡き次女の話。それは、家族にとって辛い出来事だった。


 「叔母さんは頼りない人って言ったと思うけど『私ではなく、先に抱かせてやってください』そういったんだ。これほど、頼りない人と思っていても、やっぱり育ててくれた親だからこそ、そんな行動になったのだと思っているよ」


 どんな関係だったとしても、実の親に変わりはないと思っているサヤ子。そんな中でも、みやこさんを優先させていたということは、心のどこかでは実の母親、可愛がってくれた母親という気持ちに感謝をしていると感じている。


 「次女が亡くなった次の年に優子が生まれた。生まれ変わりかと思ったけど、優子は優子だし実際のところ誰もわからないよね」


 サヤ子は、そうつぶやいた。優子が生まれ病気で長い間、優子の看病に付きっきりだったサヤ子だったが、その心境をきみ子に話した。


 「優子が入院して長い間、付きっきりの生活になって、優子が元気になったころ、叔母さんに『勝手に人の親面をしないで』なんて言ってしまった。それって嫉妬なだったのかわからないけど、本心でも言ってしまったんだろうね」


 みやこさんに対してサヤ子、後悔と謝罪の気持ちが入り混じっていた。それは、今の状況だからこそ、わかったことなのかもしれない。


 「長い間、きみ子には一人にさせてしまった。」


 最後にその一言だけ残した。怒り、悲しみが、きみ子に会ったと思う。だけど、いつものように言い返すことはなかった。長い夜の中で、長時間の、話をしていた二人は控室で仮眠をとることになった。




 その日の朝、みやこさんの容体が悪化したことを真っ先に知った、サヤ子ときみ子は急いで、みやこさんに駆けつけた。それと同時に、親戚を含め連絡をし、駆けつけてくるのを待った。


 全員が揃ったころ、先生から一言あった。それは、誰しもが予想をしていた内容だった。


 「みやこさんについてですが、もう長くはありません。残念ではありますが、最後は家族みなさんで見送ってください。


 先生は、その言葉を残し家族だけの空間の中でみやこさんを見送った。


 サヤ子は、みやこさんに最後の言葉を残した。


 「お母さん、聞こえている?家族全員がきてくれたよ。それでさ…今更でごめんだけど、優子の看病をしていた時、きみ子をみてくれて、ありがとう。きみ子と対立が多かったのもあって、咄嗟に言ってしまった。本心で言ってしまったと思うけど、でも、あの時に、お母さんがいたことで優子も元気になった。結果的にきみ子を一人にしてしまったことになったけど、お母さんがいたことによって、しっかりとした人になったよ。ありがとう…」


 今まで言えなかったこと。今だからこそ、言わなければいけない言葉。悔いが無いように最後に言葉を残した。


 「もっと早くに言えばよかったのに…なんて自分勝手すぎるけど、でも感謝しているよ。今までありがとう…ごめんなさい…あとは…えっと…」


 最後は泣きながら言ったが、その後の言葉は何も出てこなかった。出てきたのは、大粒の涙だった。


 きみ子が最後に、


 「みやこおばあさん、ありがとう。楽しかったよ。おかげで一人前と言えるかわからないけど、大人になれたよ。だから、あとはゆっくりしてね」


 きみ子が話しかけ終えると、最後の力を振り絞って、みやこさんはつぶやいた。


 「サヤ子…わかっていたよ、すべてね…。だから、泣かないでさ…最後は笑顔見せてよ…」


 最後に言い残した後、見ることなく、みやこさんは亡くなった。


 実の子のこともあって、すべてわかっていたみやこさんだった。わかっていたからこそ、何も言い返すことなく過ごしていた。それを知らされたサヤ子は、笑顔ではなく、みやこさんの胸の中で泣き崩れていたのだった。


 サヤ子以外は、それを見守ることしかできなかった。頼りない母親と思っていたサヤ子だったが、すべて心の中を見ていたかのように、みやこさんは、サヤ子のことを知っていた。




 その後、家族たちは、みやこさんの葬式を最後に別れを告げた。みやこさんの顔はどこかしら、笑顔があった。いろいろなことがありながらも、最後は家族に愛されていたことに、幸せを感じていたんだと。

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