第2話 魔法にかけられて。

 光の日常に鮮烈なほのおが刺した。

 まさに閃光。


 あの出会いからお姫様はニンマリと笑った後に。


「ねえ、あなたすっっごいキレイじゃん!!」


 キラキラと光る薄茶の瞳。

 お星さまのようだ、と光は思った。


「今からちょっと来てよー!イイコトシヨーぜっ⭐︎」


 手をくいっ、と引っ張るお姫様に従者はそのまま従った。

(お姫様のお手手、柔らかいな…)

 それは、淡い初恋すら知らずにいた光が覚えた初めての性の感覚でもあった。


 お姫様は足が早かった。

 ぐんぐん駆け抜ける。

 校庭、ウサギ小屋、校門、青い空に目まぐ

 るしく騒ぐ車の群れ。コンクリートジャングル。灰色と青。木々の緑と桜色の淡き泡、その内くらりとした夜色ときらりと光るビルの小窓。正にキラキラの洪水。それらが目まぐるしく光を歓迎してくれるよう。


(ーーーーー楽しい!)


 そんな光の様子を知ってか知らずか、お姫様も、コロコロと鈴を転がすかのような愛らしい声で笑い声を上げる。


 いつの間にか、光も笑い声を立てて。


 何も知らない世間からしたら2人の小学6年生女児が下校時間をとっくに過ぎ、そろそろ三日月が笑い出すような時刻にランドセルもからわず、繁華街をふざけながら走り回っているかのように見えただろう。


 実際、2人が居るのは繁華街、中でもそこは飲み屋が密集している土地でもある。


 しかし、そんなことはお姫様はなんら気になることではなかったらしい。


 お姫様が連れてきてくれたのは。

 飲み屋の片隅にある、小さいながらもそこは「魔法をかけてくれる」ようなお店だったのだ。




 お姫様が古い木製のドアを開く。りん、と響く涼やかな音。

 それは見る人が見れば古き良き時代から続いていると知れるアンティークの銀で出来た鈴だ。


(素敵…)


 光の両親は幼いうちに身につけるものしては教養と精神性が大事、と光に幼少の頃からずっとそういう「真物」を見せていた。


 ゆえに、光にはそれが「本当に審美に足るもの」と知らず知らずに確信していたのだ。

 そして、それを選ぶ人間の精神性、もそれに準ずることに。


「あっ、ヒメ!まーたランドセル教室に置いて来たのか?」


 この手の飲み屋街にあるお店の人間と思えないほどにそう呼び掛けた男性は落ち着いて見えた。


 外見、というか動作。所作が美しかった。


 大抵は軽い感じであちゃあ、といった雰囲気になるであろうに。

 彼は仕方ないな、と言った感のそう…まるで、皇帝が宰相に些事を聞かされたかのような。


 そう。ゆっくりと低めの落ち着いた声で。

 簡単に目の前に座っていた人へと「しばしお待ちいただけますか?」と嫌味のない断りを入れ、彼女も軽く首を縦に降る。


「お兄ちゃん、ただいまぁ!」


 なぜ彼女が校内で「皇姫こうきさま」と呼ばれ褒めそやされていたか、実感した。

 何も考えなしの子供なら目の前にいる…お客様だ。彼女の雰囲気からして、きっととてもお金をかけてここに座れているくらいの。

 そんな女性客に向かい、大人でさえタイミングを見失うようなこの状況で、目線だけで挨拶を送ったのだ。そして、その後の兄への挨拶。

 多分、気を遣ってのことではない。


 そういう身分の高いものが当たり前に身につける所作。


 普通、12歳やそこらの子どもができる芸当ではないし、気付くような聡明な子どももいない。

 ただ、ここにはそういったことに気づける人間のみ居た。


 それだけのことだった。




 元々美しい彼女が傾国の妖精のような美しさをその身に纏って木製のドアから魔法を掛けられ夜のビル街へと舞踊をしに行く。


 それから半刻ほど時間が流れ。


 光はうっとりと見惚れていた。


 今店内には光、姫、姫の兄の3人のみ居るが、誰もが静かに蓄音機のドビュッシーを聴きつつ、

 各々がすべきことをし、享受すべきことを受け入れていた。



 光の長い前髪はすっきり梳かれ、光の顔が世界へとあらわに。

 元々美しい射干玉の黒髪、すっと通った鼻筋、涼やかな目元。線の細いかんばせ、しなやかでスラリとした体躯。

 それは未だ成長最中の美しき若君様で。


「着る物も多少変えてみようか」


 そう言って姫の兄、誠(せい)は女性客が会計後、店を出たタイミングで光自身の了承と彼女の両親へこの魔法をかけてもらえるよう電話口で許可を得て、今魔法をかけてもらっている、という訳だ。


 姫といえばまるで光の飼い猫のようにゴロゴロと隣の椅子にもたれかかって目を細めてふふ、と光へ笑みつつ頭は船を漕ぐ。


 ヒーローのお姫様はもう活動時間が限界のようだ。



「ね…これからさ…いっぱいコウとタノシー事したいなあ…だって…コウと

 走ったの…すごい…良かった…」


「ひ、姫さ…」


「やー、ヒメって…呼んで…コウ…」


「う、うん……また、色んなこと、しようね、ヒメ」


 そして、こてん、とその薄茶色のまつ毛を伏せてお姫様はその晩は眠り姫となった。


 従者は魔法に掛けられて。


 その夜に王子様としてお姫様と月の光の元踊る夢を見る。

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