第3話 黒澤 鈴という少女


 あの日以来、鈴とは同じクラスではあるもの話をすることは勿論ないし、目を合わせることもなくなっていた。

 そんな状態がしばらく続いたある日のことだった。


「チビ——じゃなくてしろすまん、今から1つ失礼なことを聞いてもいいか?」

「安心して既に失礼だよ。で、なに?」


 昼放課、クラスメイトである真島ましま 日向ひなたと食事を共にしていた俺は珍しく神妙な面持ちの真島に驚きつつも、真島に話を続けるように促した。


「お前もしかして黒澤さんと別れた?」

「えっ?」


 次の瞬間、真島から出た言葉に俺は呆気に取られていた。そんなまさか彼ほどのバカが気がつくだなんて。


「いや、その...前までだったら昼放課もお前らずっと一緒だったろ? なのに、ここ数日お前俺とばっか昼ごはん食べてるし。一緒に帰ってる所も見てない。もっと言えば話してる所すら見てないんだ。流石の俺でもなにかあったことくらい分かるぞ」

「...」


 俺の心を読んだかのような真島の補足に俺は黙り込む。そして別れ話と聞いてかクラス連中が此方に向かって聞き耳を立てているのを感じた。

 真島は悪い奴ではない。ただ1つ欠点をあげるとすると声がデカい。それに限る。


「いや、お前が言いたくないならそれでいいし何もないなら全然オッケーなんだ。でも、もしそれでお前が傷ついたり悲しい思いをしてるなら、1人で抱え込まずに教えてくれってだけなんだ」


 俺が返事に困ってるいることに気づいたのか真島は慌ててそう付け足す。

 すると、クラスの連中もそれに揃って無言でこちらに頷きかけてくる。いや、お前らは単純に人の色恋沙汰を聞きたいだけだろ。

 心の中でそんな唾を吐きつつ、俺はどうすべきか頭を悩ませていた。


 そもそも俺は鈴と同じで目立つことはあまり好きじゃない。だから表上先輩は残念がっていたが、鈴と桐咲先輩が付き合っていることを周りに公言しなかったことを内心ラッキーだと感じていた。

 鈴と別れその鈴が桐咲先輩と付き合ったとなれば、当然俺も多少の注目を集めしばらくは可哀想な目を向けられることになっていただろうからな。


 そんなわけで俺は言うべきなのか言わないべきなのか分からず、頭を悩ませていた。ただ、このまま答えなかったとしたら真島はいいとして他のクラスメイトは「別れたんだな」と解釈するだろう。

 そして嬉々として雑談のネタにすることだろう。明日には学校の色々な所で噂になっているに違いない。


 かと言って心配してくれている真島に対し「大丈夫、普通に付き合ってる」と嘘をつくのも中々に心苦しい。

 というか、その後で気になったクラスメイトが鈴に直接聞いて「ううん、もう付き合ってないよ」と言われてしまえば、俺はもっと惨めな奴に成り下がってしまう。


 逃げ場がないとはまさにこのような状況を言うのだろう。今の俺に出来ることは現実逃避だけである。

 そんな時だった。


「私と白が...なに?」

「く、黒澤さん!? いつからここに?」


 俺達の前に彼女が姿を現したのは。


「今さっき。で、真島くん?だったよね。何の話?」


 鈴の突然の登場に真島は目を見開いて全力で驚くが、彼女は気にした素ぶり1つなく淡々ともう一度そう尋ねてくる。


「い、いや、そんな。なんでもない」


 対する真島は分かりやすく慌てた様子でそう取り繕う。目が泳いでいるとかそういうレベルではない。


「なんで、嘘をつくの?」


 しかし、そんなバレバレな嘘で人を騙せるわけもない。


「う、嘘なんてついてない」


 しかし、どこまでもなにもなかったことにしたいらしい真島はそれでも押し通そうとする。こいつやけに鈴を恐れているふしがあるんだよなぁ。


「でも、さっき白に「黒澤さんと別れた?」って言ってたよね。なんなら録音もしてあるよ?」

「...なんで嘘をついた?」


 しかし、遂には鈴から本当は初めから聞いていたと打ち明けられスマホの録音データも提示された真島はガックリと肩を落とす。


「嘘をついたなんて心外。私はただ今さっき来たって言っただけ。そしてその「今さっき」がまんま今さっきって意味じゃなくて、数分前ってニュアンスだっただけ。私、嘘はつかない」


 そして彼女はそんな真島に少し不満そうにさっきの言葉について解説をする。


「ごめん」

「それはもういいよ。で、私と白が別れたのかって話だよね」

「あぁ」

「いいよ。答えてあげる」

「っ!?」


 鈴が何気なく発したそのセリフに俺は沈黙し、真島は動揺し、クラスメイトも息を呑み聞き耳をたて彼女の次の言葉を待った。


「私と白普通に付き合ってるよ。別れてない。だから、勘違い」


 すると鈴は彼女はクラスの視線を集める中、笑顔でなんてことないようにそう嘘を吐いた。


「えっ? そ、そーなのか」


 真島からしても予想外の答えだったのか彼はポカーン口を開け、完全に思考停止していた。


「だよね、白?」


 そして彼女はあの日以来俺と初めて目を合わせると可愛らしくはにかみ同意を求めてくる。得の言われぬ圧をこめて。

 あぁ、彼女だ。なにも変わっていない。いや、変われていない。


「うん」


 でも、俺もそんな彼女と同じように微笑むとなんてことないように彼女の嘘に加担をする。


「なんだよ白〜。そうならそうと言えよな」


 すると真島は少し呆れたような顔で俺を見ると俺を軽くこづいてくる。ちょっと痛い。


「だから、真島くん安心して。白は彼女と上手くいってるよ。だよね?」


 そして鈴は念の為クラスにもう一度言い聞かせる為か俺に再度笑いかけてくる。


「うん」

「これからも続けて行こうね、白」


 そしてそれに俺が頷くと鈴は今日1番の笑みを浮かべてそう続ける。また裏切っておいてよくまぁそんなことをぬけぬけと言えるな。

 俺は最早、一周回って感心しつつも。


「了解」


 と頷くのだった。


 *


「ふーん、そんなことが...変な話ね」


 放課後、情報共有の為今日あった鈴との出来事を話し終えると表上先輩は腑に落ちないといった表情で首を傾げる。


「だって、私達からすればこの上なく惨めな話だし人にバラされたくはないけど、彼女からしてみればこの上なく愉快な話でしょ? 彼女がそこまでして隠し通そうとする意味ってなにかしら?」

「それは...」

「大丈夫よ。言われなくても分かってるわ」


 俺は口を開こうとした所を表上先輩に止められる。


「目立つのが好きじゃない。でしょ? 少しでも自分が目立つのを恐れてるのかしら。とはいえここまでなんて。よほど、彼女は...臆病者おくびょうものなのね」


 そし表上先輩は自信満々にそう断定する。そしてそんな彼女に対し俺は、


「そうですね」


 笑顔で頷くのだった。






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