第31話

「ねえ、相棒」私は装備に向かって話しかけた。「今日の『硫黄の楽園』観光ツアーはどうだった?...え?『硫黄の結晶がセンサーに付着して、正確な環境データが取れない』?まったく、君って本当に融通が利かないんだから」


ジェンキンスが、私の独り言に苦笑いを浮かべながら言った。「ナオキ君、君の装備との会話を聞いていると、まるで昔の漫才コンビを見ているようだよ」


「へへ、『硫黄の楽園』の人気エンターテイメントってところですかね」私はニヤリと笑った。「でも、相棒の奴、最近ますます融通が利かなくなってきてるんですよ。『硫黄温泉』に入るたびに『防水機能の限界を超えている』だの『硫黄の結晶で回路が詰まる』だの...」


私が装備の愚痴をこぼし始めると、ジェンキンスの表情が突然変わった。彼の目に、何か遠い記憶を思い出そうとするような光が宿り始めた。


「ねえ、ジェンキンスさん」私は彼の様子に気づいて声をかけた。「どうかしました?まさか『硫黄中毒』?それとも『記憶喪失おじさんの記憶が蘇る瞬間』?」


ジェンキンスは、まるで霧の中から何かを掴もうとするように、ゆっくりと口を開いた。「いや、その装備の...仕様が気になってね」


その瞬間、特別補佐官ソルフィーがジェンキンスの近くに寄ってきた。彼の体が、いつもより激しく震えている。


「ジェンキンスさん」特別補佐官ソルフィーが静かに言った。「あなたの記憶の中に...装備の詳細な仕様が...」


私は息を呑んだ。「ええっ!?また『記憶喪失のイケおじ、実は超重要人物』展開!?」


特別補佐官ソルフィーは、私の冗談を無視して続けた。「装備には...バイオセンサー統合型マルチスペクトル環境解析システムが搭載されています。硫黄代謝生物との共生関係を維持しつつ、高効率エネルギー変換を行う...」


ジェンキンスの目が大きく見開かれた。


そして、特別補佐官ソルフィーは、私たちが理解できないほど複雑で専門的な用語を使って、装備の仕様を説明し始めた。


「...量子エンタングルメント連携モジュールは、ヒッグス場変調器と連動して、亜空間周波数のフラクタル暗号化を行い、その結果をニューラルインターフェイスに送信します。これにより、装備は使用者の思考パターンを0.0001ナノ秒で解析し、最適な反応を生成することが可能になります。さらに、トポロジカル超伝導体を利用したクォーク・グルーオンプラズマ発生装置により、微細な時空の歪みを生成し、これを利用して...」


特別補佐官ソルフィーの説明は、まるで止まることを知らないかのように続いた。私は口を開けたまま、理解不能な言葉の洪水に呆然としていた。


「ねえ、相棒」私は小声で装備に話しかけた。「君ってそんなにすごかったの?『量子もつれ』だの『ヒッグス場』だの...まるでSF映画の小道具リストみたいだよ」


しかし、私の冗談も空しく、特別補佐官ソルフィーの説明は更に続いた。


「...そして、最も重要な機能が、ネクサス・オーバーライド・プロトコルです。これは、装備のコア・システムに直接アクセスし、通常のインターフェイスをバイパスして、地下文明のメインフレームと直接通信を行うことができる特殊なバックドア機能です」


その言葉を聞いた瞬間、ジェンキンスの目がさらに大きく見開かれた。


「待ってくれ」彼は震える声で言った。「今の...バックドア機能...それは...」


突如として、ジェンキンスの表情が激しく変化し始めた。まるで目の前で記憶の断片が次々とつながっていくかのようだった。ジェンキンスは震える声で言った。「地下文明とのコミュニケーションを可能にする、隠されたチャンネルがある」


私は思わず笑い声を上げた。「はっはっは!まさか『硫黄の楽園』に『SFスパイ映画』の要素が加わるとは!でも、ジェンキンスさん。なんでそんな詳しい仕様を知ってるんです?」


ジェンキンスの表情が、苦悩と驚きが入り混じったものに変わった。「私が...私が装備の要件定義と発注を行っていたんだ。落伍者追放プロジェクトの一環として...」


「おおっと」私は口笛を吹いた。「これは『記憶喪失おじさんの正体』編の幕開けですね。で、そのバックドア機能ってのは、どんな感じなんです?『秘密のボタンを3回押すと、地下文明の最高機密が表示される』とか?」


ジェンキンスは、私の冗談に微笑みながらも、真剣な表情で説明を始めた。「いや、そう単純なものじゃない。装備には、ナノスケールの量子もつれ素子が組み込まれている。これが、地下文明のメインフレームと同期しているんだ。通信はフェムト秒単位でパルス変調され、擬似ランダムノイズに埋め込まれる。解読には、非線形動的システムの位相空間解析が必要になる」


私は目を丸くして聞いていた。「うーん、なるほど。つまり...『超絶ハイテクな秘密電話』ってことですね!」


特別補佐官ソルフィーが、体を小刻みに震わせた。彼なりの笑い方だ。「ナオキさんの要約は...非常にシンプルですが、本質を捉えています」


「へへ、『硫黄の楽園』名物『地獄のシンプル翻訳機』の腕の見せ所ですよ」私はニヤリと笑った。「で、その秘密電話、使えるんですか?」


ジェンキンスは、しばらく考え込んでから答えた。「理論上は可能だ。だが、正確な起動シーケンスを思い出すには、もう少し時間が必要かもしれない」


「了解です」私は頷いた。「『記憶喪失おじさんの脳内探検』、まだまだ続きそうですね。でも」私は真剣な表情になった。「これって、すごいことじゃないですか?地下文明とコンタクトが取れるかもしれないなんて。」


特別補佐官ソルフィーが静かに言った。「はい...この発見は、私たちの状況を大きく変える可能性があります」


「そうだな」ジェンキンスも頷いた。「だが、慎重に扱わなければならない。地下文明との接触は、予期せぬ結果をもたらす可能性もある」


私は深呼吸をして、周りを見回した。硫黄の結晶が輝く奇妙な風景。過酷な環境の中で必死に生きるソルフィーたち。そして、記憶を取り戻しつつあるジェンキンス。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「君の中に、そんなすごい秘密が隠れてたなんて。まるで『変身ヒーロー』みたいだね。...え?『そんな機能はない』?いやいや、もしかしたら『記憶喪失装備』かもしれないよ?」


ジェンキンスとソルフィーたちの笑い声が、硫黄の蒸気に包まれた。この「地獄の楽園」で、私たちはまた新たな冒険の入り口に立っていた。


「よーし」私は声高らかに宣言した。「『硫黄の楽園』通信部、ここに設立!...って、通信相手は地下文明だけか。まあいいや、ソルフィーたちの頑張りを地下文明に伝えるための第一歩ってところだね」


そうして私たちは、この驚くべき発見の意味を噛みしめながら、次なる一歩を踏み出す準備を始めた。「硫黄の楽園」の物語は、また新たな展開を迎えようとしていた。

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