第28話

あれから四ヶ月が経過した。この間、私の日々は狂騒の渦の中にあった。南半球での予期せぬ火山活動の活発化、北極圏での異常な気温上昇、そして最近発見された新種の微生物による予想外の生態系の変化。これらの問題への対応に追われ、47X29B...いや、ナオキの件は後手に回っていた。


しかし今、ようやく私はその問題に目を向ける時間を見出した。深夜、管制室の薄暗い照明の下、私はホログラフィック・ディスプレイに向かっていた。


「ガイア」私は静かに呼びかけた。「47X29Bとその同行者たちの最新の状況報告を頼む」


「はい、アリスト博士」人工知能アシスタントの声が響く。「現在、小型ドローンからの最新データを解析中です。表示まで今しばらくお待ちください」


私は深くため息をついた。ナオキたちが活動している深い谷の底は、通常の静止衛星からは観測が困難だ。そのため、小型ドローンを忍び込ませての観測を行っているのだが、それでも完璧とは言えない。谷の地形が複雑で、ドローンの航行にも制限があるからだ。


「解析完了しました」ガイアの声が響く。「データを表示します」


ホログラフィック・ディスプレイに、三次元の地形図が浮かび上がった。深い谷の底に、小さな光の点が幾つか散らばっている。それぞれがソルフィーたちの活動拠点を示している。


「ここ最近の活動範囲の変化は?」私は尋ねた。


「はい」ガイアが即座に返答する。「過去四ヶ月間、活動範囲に大きな変化は見られません。むしろ、若干の減速傾向が観測されています」


私は満足げに頷いた。計画は順調に進んでいるようだ。数か月前、私は特別補佐官ソルフィーに、より過酷な環境に向かうよう使命感を植え付けた。これにより、ナオキたちの活動を抑制し、できれば他のタイプSの群れとの合流を阻止すること。そして、あわよくばナオキの活動自体を停止させることを狙っていたのだ。


「硫黄固定化の進捗状況は?」


「現在の進捗率は、前回の報告時と比較して約15%減少しています」ガイアが答える。「環境の過酷さが増したことで、効率が低下していると推測されます」


再び、私は満足げに頷いた。これこそが私の狙いだった。ナオキたちの活動を直接妨害するのではなく、彼ら自身の使命感を利用して、より困難な状況に追い込む。それによって、自然と活動が制限されるという仕組みだ。


「ナオキの健康状態は?」


「生体反応は安定していますが、ストレスレベルの上昇が観測されています」ガイアが報告する。「過酷な環境下での長期滞在の影響が出始めている可能性があります」


私は思わず微笑んだ。完璧だ。このまま行けば、ナオキは自ら活動を諦めるかもしれない。そうなれば、テラ・リフォーミングプロジェクトへの影響も最小限に抑えられる。


「よくやった、ガイア」私は声に満足感を滲ませた。「この調子で観察を続けてくれ」


「はい、アリスト博士」ガイアの声が響く。「ただし、新たな異常が検出されました。画像データをご確認ください」


私は眉をひそめた。異常?何が起きたというのだ?


ホログラフィック・ディスプレイの映像が切り替わる。そこに映し出されたのは、小さな窪地に作られた奇妙な光景だった。


「これは...」私は目を見開いた。


画面には、硫黄の結晶で作られた小さな池のようなものが映っていた。その周りには、数匹のソルフィーたちが忙しそうに動き回っている。そして、その池の中に...


「ガイア、あれは人影か?」私は声を震わせながら尋ねた。


「はい」ガイアが即座に返答する。「二名の人影が確認されています。一人は47X29B...ナオキです。もう一人は...」


「ジェンキンスだ」私は絶句した。


確かに、硫黄の池...いや、硫黄温泉とでも呼ぶべきものの中に、二人の人影があった。そして、その様子は明らかに...楽しげだった。


「ガイア、音声は拾えているか?」


「はい、部分的にですが」ガイアが答える。「再生しますか?」


「頼む」


次の瞬間、管制室に笑い声が響き渡った。ジェンキンスとナオキの、打ち解けた会話の断片。そして、それを取り巻くソルフィーたちの、奇妙な振動音。


私は椅子に深く沈み込んだ。頭の中が真っ白になる。これは...まさか。我々の決定は、完全に裏目に出てしまったのか?


「ガイア」私は震える声で言った。「ジェンキンスがそこにいる理由を...推測してくれ」


「はい」ガイアの声が響く。「可能性としては、ジェンキンスが追放後、偶然にもナオキたちのグループと遭遇した...」


しかし、私はガイアの言葉を最後まで聞いていなかった。目の前のホログラフィック・ディスプレイに映る光景に、私の思考は完全に支配されていた。


硫黄の結晶で作られた温泉。その中で楽しげに談笑するナオキとジェンキンス。そして、彼らを取り巻くソルフィーたち。その光景は、私の計画、いや、テラ・リフォーミングプロジェクト全体への大きな脅威を示唆していた。


私は深いため息をついた。この状況をどう対処すべきか。評議会に報告すべきか。それとも...


「ガイア」私は決意を込めて言った。「この映像データを保存しておいてくれ。そして、今後のナオキたちの動向をより詳細に監視するよう、ドローンの配置を調整してくれ」


「了解しました、アリスト博士」ガイアの声が響く。「追加の指示はありますか?」


私は深く息を吐き出し、次の一手を考え始めた。この予想外の展開に、どう対処すべきか。評議会での議論は、間違いなく激しいものになるだろう。しかし、その前に自分の中で、この状況をどう解釈すべきか、整理しなければならない。


「ガイア」私は静かに呼びかけた。「過去のデータと現在の状況を比較分析してくれ。彼らの「成功」が、プロジェクト全体にどのような影響を与える可能性があるか、シミュレーションを実行してくれ」


「承知しました、アリスト博士。分析を開始します」


ホログラフィック・ディスプレイに、様々なデータやグラフが次々と表示される。私はそれらを見つめながら、心の中で自問自答を繰り返した。


この予想外の展開は、テラ・リフォーミングプロジェクトにとって脅威なのか、それとも新たな可能性を示唆しているのか。そして、私たちはこの状況にどう対応すべきなのか。


硫黄温泉の湯気が立ち上る映像を見つめながら、私は次の一手を慎重に検討し始めた。この判断が、プロジェクトの、そして人類の未来を左右するかもしれない。その重責を感じながら、私は思考を巡らせ続けた。

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