第27話

私は深呼吸を繰り返しながら、ホログラフィック通信システムの前に立った。指先が僅かに震えているのを感じる。これから行う面談の重要性と、その結果がもたらす影響の大きさを考えると、この緊張は当然のものだろう。


「ガイア」私は声をかけた。「ジェンキンスとの通信を開始してくれ」


「はい、アリスト博士」人工知能アシスタントの声が響く。「通信を確立します」


目の前の空間に、青白い光が広がり始めた。そして徐々に、ジェンキンスの姿が浮かび上がる。彼の表情は硬く、目の下には疲労の色が濃く出ていた。年齢の割に白髪が目立つようになったのは、最近のストレスのせいだろうか。


「ジェンキンス」私は出来るだけ穏やかな声で呼びかけた。「お待たせしました」


彼は僅かに頷いただけで、言葉を返さなかった。その姿を見て、私は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。かつての彼の姿勢正しく、自信に満ちた立ち振る舞いは影を潜め、今や肩を落とし、全身から疲労が滲み出ているようだった。


「評議会の決定について」私は慎重に言葉を選びながら続けた。「報告させていただきます」


ジェンキンスの目が、一瞬だけ光った。その瞳に、希望と恐れが混在しているのが見て取れた。


「評議会は」私は一瞬言葉を切り、彼の反応を見守った。「あなたを地上に追放することを決定しました」


その言葉を聞いた瞬間、ジェンキンスの表情が凍りついた。彼の顔から血の気が引いていくのが、ホログラムを通してもはっきりと分かった。


「追放...」彼の声は、かすれていた。「そうですか...」


私は黙って頷いた。彼の反応を見ていると、胸が痛んだ。長年にわたって地下文明の発展に尽くしてきた彼が、こんな形で去ることになるなんて。


「詳しい経緯を説明させていただきます」私は続けた。「評議会では、あなたの行動が規則違反であることは全会一致で認められました。しかし、その処遇については意見が分かれました」


ジェンキンスは、虚ろな目で私を見つめていた。


「最終的に、レイナ・コーテス代表の提案により、地上への追放が決定されました」


その言葉に、ジェンキンスの目が見開かれた。


「レイナが...」彼の声が震えた。「彼女が、私を追放するよう...提案したのですか?」


私は重々しく頷いた。「はい。彼女の言葉を借りれば、『あなた自身が、自らの理想を地上で実践する機会を得られる』とのことです」


ジェンキンスの表情が、怒りと絶望、そして深い悲しみへと変化していくのを、私は黙って見守った。彼の信頼していた上司、そして恐らくは盟友でもあったレイナ・コーテスの裏切り。それが彼にとってどれほどの衝撃だったか、想像に難くない。


「彼女は...」ジェンキンスの声が震えていた。「私を守ってくれなかったんですね」


「ジェンキンス」私は慎重に言葉を選んだ。「評議会での議論は非常に複雑なものでした。あなたの意図を理解しつつも、規則違反は事実として認めざるを得なかったのです」


彼は苦笑いを浮かべた。「理解していますよ、アリスト博士。私が愚かだったんです。レイナを...信じすぎていた」


その言葉に、私は返す言葉を失った。ジェンキンスの落胆と後悔が、まるで実体を持つかのように、私たちの間に漂っているように感じられた。


「それで」彼は虚ろな声で言った。「これからどうなるんですか?」


私は深呼吸をして、説明を始めた。「通常の追放プロセスに従って処理されます。まず、医療チェックを受けていただきます。その後、生存に必要な基本的な装備と、最低限の知識が与えられます」


ジェンキンスは黙って聞いていた。その表情からは、もはや何の感情も読み取れなかった。


「そして」私は続けた。「出発の前に、記憶の一部を抑制する処置が行われます。これは、地下文明の機密情報を保護するためです」


「記憶の抑制...」彼は呟いた。「私の人生の大半が、消されてしまうということですね」


その言葉に、私は心臓が締め付けられるような痛みを感じた。しかし、それは必要な処置だ。テラ・リフォーミングプロジェクトを始めとした、地下文明の安全のために。


「ジェンキンス」私は真摯な眼差しで彼を見つめた。「あなたの貢献は、決して忘れられることはありません。ただ、プロジェクトの安全のために、このような処置が必要なのです」


彼は僅かに頷いた。その仕草に、かつての誇り高き官僚の面影は微塵も感じられなかった。


「分かりました」彼は静かに言った。「私に与えられた運命を、受け入れます」


その言葉に、私は胸が痛んだ。彼の受諾は、諦めからくるものなのか、それとも新たな決意なのか。それを判断する術はなかった。


「では」私は声に力を込めた。「明日の朝9時に、医療センターに来ていただけますか。そこから、追放プロセスが始まります」


ジェンキンスは黙って頷いた。


「何か質問は...」私が言いかけたとき、彼が口を開いた。


「アリスト博士」彼の声は、驚くほど落ち着いていた。「あなたは、本当にこのプロジェクトが正しいと信じていますか?」


その質問に、私は一瞬言葉を失った。しかし、すぐに答えた。


「信じています」私は強く言った。「人類の存続のために、これが最善の道だと」


ジェンキンスは、長い間私を見つめていた。そして、僅かに微笑んだ。


「そうですか」彼は言った。「その信念を、忘れないでください」


そう言うと、彼は通信を切断した。青白い光が消え、部屋に静寂が戻った。


私は深いため息をついた。この面談が、予想以上に私の心を揺さぶったことに気づく。ジェンキンスの最後の言葉が、まるで警告のように響いていた。


「ガイア」私は声をかけた。「ジェンキンスの後任との面談を手配してくれ」


「承知しました、アリスト博士」ガイアの声が響く。「候補者のリストを作成し、スケジュールを調整いたします」


私は頷き、椅子に深く腰掛けた。目を閉じると、ジェンキンスの落胆した表情が浮かび上がる。そして、レイナ・コーテスの冷たい微笑み。この二つの映像が、私の脳裏で重なり合う。


テラ・リフォーミングプロジェクト。人類の存続をかけた、この壮大な計画。それは本当に、正しい道なのだろうか。ジェンキンスの言葉が、私の心に重くのしかかる。


しかし、今は迷っている場合ではない。プロジェクトは、着実に前進しなければならない。新しい後任を迎え、47X29B...ナオキの存在にも対処しなければならない。


私は深呼吸をし、目を開けた。明日からは、新たな局面が始まる。その準備をしなければならない。


「ガイア」私は再び声をかけた。「明日の予定を確認してくれ」


「はい、アリスト博士」ガイアの声が響く。「スケジュールを表示します」


ホログラフィック・ディスプレイに、明日の予定が浮かび上がる。私は、その内容を一つ一つ確認していく。テラ・リフォーミングプロジェクトの未来が、ここにかかっているのだから。

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