第26話

私は深呼吸を繰り返しながら、評議会の会議室へと足を踏み入れた。ホログラフィック・ディスプレイが円形のテーブルの中央に設置され、その周りに評議会のメンバーたちが着席している。彼らの表情は厳しく、緊張感が部屋全体に漂っていた。


私は自席に着くと、ゆっくりと視線を巡らせた。経済部門代表のマーカス・リーン、思想統制部門代表のエリザベス・ヴァン、人工知能部門代表のアレックス・チェン、そして...官僚機構代表のレイナ・コーテス。彼女の鋭い眼差しが私に向けられ、一瞬たじろぎそうになる。


「アリスト博士」研究開発部門統括のヴィクター・ラムゼイが口を開いた。「今回の緊急会議の議題について、説明をお願いします」


私は喉を軽く鳴らし、声を出した。「はい。本日は、落伍者追放プロジェクトに関する重大な問題について報告いたします」


その言葉に、レイナ・コーテスの目が僅かに細まるのを感じた。


「具体的には、ジェンキンスによる追放者との直接接触、そしてそれに伴うプロジェクトへの潜在的影響についてです」


私はゆっくりと、しかし明確に事実関係を説明し始めた。ジェンキンスが47X29B、通称ナオキに対して直接メッセージを送信したこと。その行為が評議会の決定に反するものであったこと。そして、この接触が引き起こす可能性のある問題について。


説明を進めるにつれ、評議会メンバーたちの表情が変化していくのが見て取れた。マーカス・リーンは眉をひそめ、計算機を叩いているように指を動かしている。エリザベス・ヴァンは冷たい目つきで私を見つめ、時折メモを取っている。アレックス・チェンは無表情を保っているが、その目は激しく動いていた。


そして、レイナ・コーテス。彼女は終始、微動だにせず私の説明を聞いていた。その態度に、私は不安を覚えずにはいられなかった。


「...以上が、現状の報告です」私は一息つき、言葉を続けた。「この件に関して、評議会としての判断が必要だと考えます」


沈黙が部屋を支配した。その重圧に、私は背筋が凍りつくのを感じた。


「アリスト博士」ついに沈黙を破ったのは、レイナ・コーテスだった。「あなたの報告は、非常に...興味深いものですね」


その言葉に、私は思わず身構えた。


「ただ、一つ疑問があります」彼女は冷ややかな笑みを浮かべた。「なぜ、あなたがこの報告をしているのでしょうか?落伍者追放プロジェクトは、私の管轄下にあるはずです」


その質問に、部屋の空気が一変した。他のメンバーたちも、急に身を乗り出す。


「それは...」私は言葉を選びながら答えた。「テラ・リフォーミングプロジェクトへの潜在的な影響を考慮してのことです。47X29Bの存在が、我々のプロジェクトに予期せぬ影響を与える可能性があるため」


「ほう」レイナは興味深そうに私を見つめた。「では、アリスト博士。あなたは47X29Bの存在を、どのように評価しているのですか?」


その質問に、私は一瞬言葉に詰まった。確かに、ナオキの存在は興味深いものだった。しかし...


「あくまでも、管理すべき要素の一つです」私は慎重に言葉を選んだ。「彼の行動が我々のプロジェクトに与える影響を最小限に抑えるべきだと考えています」


「そうですか」レイナの声には、僅かな嘲笑が混じっているように感じられた。「しかし、彼の存在が新たな可能性を示唆しているとは考えないのですか?」


その言葉に、私は思わず目を見開いた。まさか、レイナまでもが...


「コーテス代表」ヴィクター・ラムゼイが割って入った。「あなたの言葉は、まるでジェンキンスの行動を正当化しているように聞こえますが」


レイナは優雅に肩をすくめた。「私はただ、可能性について議論しているだけです。ジェンキンスの行動が問題であることは、私も理解しています」


「では」私は声に力を込めた。「ジェンキンスの処遇について、評議会としての判断をお願いします」


再び沈黙が訪れた。評議会メンバーたちは、互いに視線を交わし合っている。


「私の意見としては」エリザベス・ヴァンが口を開いた。「ジェンキンスの行動は、我々の社会秩序を乱す重大な違反行為です。厳しい処罰が必要だと考えます」


「同意します」マーカス・リーンが頷いた。「彼の行動は、プロジェクト全体のリスクを高めています。経済的観点からも、許容できるものではありません」


アレックス・チェンは、沈黙のまま頷いた。


そして、全員の視線がレイナ・コーテスに向けられた。


「私も」彼女はゆっくりと言葉を紡いだ。「ジェンキンスの行動が問題であることは認めます。しかし、彼の意図も理解できます。新たな可能性を探ろうとした彼の姿勢は、ある意味評価に値するのではないでしょうか」


その言葉に、私は思わず眉をひそめた。しかし、レイナはそれを無視して続けた。


「とはいえ、規則違反は事実です。私としては、ジェンキンスを地上に追放することを提案します」


その提案に、部屋中がざわめいた。


「追放?」ヴィクターが声を上げた。「それは...」


「妥当な処置だと思います」レイナは冷静に言った。「彼自身が、自らの理想を地上で実践する機会を得られる。そして我々は、彼を通じて新たな情報を得られる可能性もある」


私は、レイナの狙いを悟った。ジェンキンスを地上に送り出すことで、彼女は新たな「駒」を得ようとしているのだ。


「賛成」エリザベス・ヴァンが意外にも賛同の意を示した。「彼の思想を、我々の社会から排除することができます」


マーカスとアレックスも、渋々ながら同意した。


「では」ヴィクターが宣言した。「ジェンキンスの地上追放を、評議会の決定とします」


その言葉に、私は複雑な思いを抱いた。確かに、ジェンキンスは規則を破った。しかし、彼を地上に送り出すことで、新たな不確定要素が生まれることは間違いない。


「アリスト博士」ヴィクターが私に向かって言った。「あなたには、この決定をジェンキンスに伝え、追放の準備を進めてもらいます」


「はい」私は深く頷いた。「承知しました」


会議が終わり、私は重い足取りで部屋を後にした。廊下に出ると、後ろから声がかかった。


「アリスト博士」


振り返ると、レイナ・コーテスが立っていた。


「素晴らしい報告でしたね」彼女は微笑んだ。「あなたの...正義感には感心します」


その言葉に、私は違和感を覚えた。


「ありがとうございます」私は慎重に答えた。「私はただ、プロジェクトのために...」


「ええ、もちろん」レイナは私の言葉を遮った。「プロジェクトのため。私たちは皆、同じ目的を持っているのですからね」


彼女は軽く頷くと、颯爽と立ち去っていった。その背中を見送りながら、私は不安を感じずにはいられなかった。


テラ・リフォーミングプロジェクト。人類の存続をかけた、この壮大な計画。そして、その陰で蠢く様々な思惑。


私は深いため息をついた。ジェンキンスの追放。47X29B...ナオキの存在。そして、レイナ・コーテスの意図。


これらの要素が、今後どのような影響を及ぼすのか。それを考えると、頭が重くなる。


「ガイア」私は小声で呼びかけた。「ジェンキンスとの面談の準備を」


「承知しました、アリスト博士」人工知能アシスタントの声が響く。


私は再び深呼吸をした。これから始まる新たな局面に向けて、心を引き締める。


テラ・リフォーミングプロジェクトの成功のため。そして、人類の存続のため。私は、自分の役割を全うしなければならない。


たとえ、それが予期せぬ結果をもたらすとしても。

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