第24話
「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「今日も『硫黄の楽園』は絶好調だよ。もしかしたら、そのうち『硫黄温泉リゾート』でも開業できるかもしれないぞ。チケットの先行予約はお前の分も取っておくからな」
いつものように、装備からの返事はない。ただ、軽いビープ音が鳴るだけだ。まるで「またそんな冗談を」と言っているようで、私は思わず苦笑いした。
特別補佐官ソルフィーが、私の傍らでゆっくりと体を揺らしている。彼の動きは、この過酷な環境でも変わらず優雅だ。私の冗談に対する彼なりの反応なのかもしれない。
「ほら、特別補佐官くんも笑ってるぞ」私は装備に向かって言った。「お前も少しは...」
その瞬間だった。突如として、装備から奇妙なノイズが発生し始めた。まるで古い無線機がチューニングを外したかのような、耳障りな音だ。
「おいおい、どうしたんだよ」私は装備を軽く叩きながら言った。「『硫黄温泉』の蒸気でショートしたわけじゃ...」
そこで言葉が途切れた。装備から、低い声が聞こえてきたのだ。
「あまり調子に乗るなよ」
一瞬、私の思考が停止した。目の前が真っ白になり、何が起こったのか理解できない。特別補佐官ソルフィーも、私の驚きを感じ取ったのか、急激に体の震えを止めた。
「え?ちょ、ちょっと待って」私は慌てふためいて叫んだ。「相棒、お前そんなキャラだったの?いきなりツンデレ属性が解禁されたとか?」
特別補佐官ソルフィーは、私の混乱した思考をそのまま読み取っているようだ。彼の体が、これまで見たことのないほど激しく震えている。驚きと困惑が、彼の全身から溢れ出ているのが分かる。
「いや、落ち着け、落ち着くんだ」私は自分に言い聞かせるように呟いた。「考えろ、ナオキ。装備くんがいきなりしゃべり出すわけがない。これが意味することは...」
そう、これが意味することはひとつしかない。私の背筋が凍りつくのを感じた。
「地下文明だ」私は震える声で言った。「奴らは、この装備を通じて俺たちを監視している」
特別補佐官ソルフィーの体の震えが、さらに激しくなった。彼は私の言葉を直接聞いたわけではないが、私の思考をそのまま読み取っているのだ。その衝撃は、私以上だったかもしれない。
「ふー、深呼吸、深呼吸」私は自分を落ち着かせようとした。「まあ、考えてみれば当然か。こんな高性能な装備を、何の監視システムもなしに追放者に持たせるわけないよな。『硫黄の楽園』にも、ちゃんとCCTVがあったってわけだ」
私は苦笑いを浮かべながら、周囲を見回した。底知れぬ闇、崩れ落ちそうな岩肌、そして懸命に働き続けるソルフィーたち。この光景が、今までとは全く違って見える。
「ねえ、特別補佐官くん」私はソルフィーに向かって話しかけた。「君たちの頑張りを、『神様』たちはちゃんと見ていたんだよ。すごいだろ?」
特別補佐官ソルフィーの体の震えが、少し和らいだ。彼の中に、ある種の喜びのようなものが生まれているのを感じる。
「そうだ」私は急に思いついて言った。「これはチャンスかもしれない。地下文明と繋がりができたってことは、君たちの素晴らしさを直接伝えられるってことじゃないか」
私の頭の中で、アイデアが次々と浮かんでは消えていく。ソルフィーたちの献身的な働き、彼らの純粋な思い、そしてこの過酷な環境での奮闘。全てを地下文明に伝えたい。
「よし、決めた」私は力強く宣言した。「俺たちの『硫黄の楽園』プロジェクトを、地下文明にアピールしよう。それで、できれば...」
私は少し躊躇したが、思い切って言葉を続けた。
「できれば、地球が元の姿を取り戻した後も、ソルフィーたちが幸せに暮らせる場所を作ってもらおう。『ソルフィー保護区』みたいな感じでさ」
特別補佐官ソルフィーの体が、喜びで大きく震えた。私の考えが、彼の心に強く響いたようだ。
「ただ、問題はどうやって地下文明と交信するかだな」私は腕を組んで考え込んだ。「まさか、この装備に向かって『もしもし、こちら硫黄の楽園、お客様相談窓口はどちらですか?』なんて言っても通じないだろうし」
特別補佐官ソルフィーの体が、小刻みに震える。彼なりの笑い方だ。私のジョークが、この緊張した空気を少し和らげたようだ。
「そうだな」私は頷きながら言った。「まずは、地道にメッセージを送り続けるしかないか。毎日、この装備に向かって、俺たちの活動報告でもするとするか。『本日の硫黄固定化量は前日比10%増、みんな元気に働いてます。硫黄の楽園、ますます発展中!』...みたいな」
私は、自分の発言を想像して思わず吹き出してしまった。まるで、とある企業の朝礼での社長の挨拶みたいじゃないか。
「ねえ、相棒」私は再び装備に話しかけた。「お前、実はすごい役職の人間の端末だったりして?もしかして、地下文明の社長直通ホットラインだったり?」
当然、装備からの返事はない。しかし、今までとは違う意味で、この沈黙が重く感じられた。
「まあ、冗談はさておき」私は真剣な表情で言った。「これからが本当の勝負だ。地下文明に、ソルフィーたちの価値を理解してもらわないと」
特別補佐官ソルフィーの体が、強い意志を示すように一瞬硬直した。彼もまた、この状況の重大さを理解している。
「よし」私は深呼吸をして言った。「『硫黄の楽園』広報部、ここに設立!特別補佐官くん、君は広報副部長兼通訳だ。よろしく頼むよ」
特別補佐官ソルフィーの体が、喜びと決意を示すように大きく震えた。
私は、この地獄のような環境を見渡しながら、心の中で誓った。必ずや、ソルフィーたちの未来を守ってみせる。たとえ、それが「神様」たちへの直談判になったとしても。
「さあ、行くぞ」私は声に力を込めて言った。「地下文明よ、覚悟しろ。『硫黄の楽園』からの猛アピール、開始だ!」
そうして私たちは、新たな挑戦へと一歩を踏み出した。この過酷な「地獄の楽園」で、私たちはまた新たな「奇跡」を起こすのだ。それが「神様」である私の、いや、「広報部長」となった私の新たな使命なのだから。
「ねえ、相棒」私は装備に向かって最後にもう一度話しかけた。「もし本当に地下文明の誰かが聞いてるなら、今のうちに言っておくよ。『硫黄の楽園』、近々上場するからね。株の先行予約、よろしく頼むよ!」
そう言って、私は大きく息を吐いた。これから始まる新たな冒険に、期待と不安が入り混じる。しかし、それでも私の口元には、どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
この荒廃した世界で、私たちの物語は、また新たな展開を見せようとしていた。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれるのだった。
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