第23話
「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「君は『硫黄のない世界』ってどんな感じだと思う?『硫黄温泉』ならぬ『水温泉』?それとも『空気温泉』?...いや、それじゃただの露天風呂か」
いつもの通り、装備からの返事はない。ただ、軽いビープ音が鳴った。まるで「そんなことを考えている場合か」と言っているようだ。
「そうだよな」私は苦笑いを浮かべた。「『硫黄のない世界』なんて、まるで『ピザなしのピザ屋』みたいなもんだ。でも、考えてみると...」
私は周囲を見回した。崩れ落ちそうな岩肌、底知れぬ闇、そして懸命に働き続けるソルフィーたち。この光景が、いつか変わってしまうのだろうか。
「特別補佐官くん」私は声をかけた。「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
特別補佐官ソルフィーは、作業の手を止めて私の方を向いた。「はい、ナオキさん。何でしょうか?」
「君たちの目標は硫黄濃度を下げることだよね」私は慎重に言葉を選んだ。「でも、それって...君たち自身の活動を難しくするってことにならないか?」
特別補佐官ソルフィーは、まるでその質問を待っていたかのように、すぐに答えた。
「その通りです、ナオキさん」彼の声には、不思議な晴れやかさがあった。「私たちの活動効率は、確実に低下していくでしょう」
「でも、それじゃあ...」私は言葉を詰まらせた。
「私たちが生きられなくなるということは」特別補佐官ソルフィーは、まるで誇らしげに続けた。「神様たちが地上で生活できる環境が整いつつあることを意味します。それは、私たちの使命が果たされたということなのです」
その言葉に、私は言葉を失った。目の前で、ソルフィーたちは黙々と作業を続けている。彼らの姿が、急に儚く見えてきた。
「ねえ、相棒」私は小さな声で装備に話しかけた。「これって、『蝋燭の精が自ら溶けて光を灯す』みたいな話だよな。美しいけど...なんだか切ない」
装備は、いつもより少し長いビープ音を鳴らした。まるで「私も同感です」と言っているようだった。
「特別補佐官くん」私は再び声をかけた。「それって...本当にいいのか?君たちが消えてしまうなんて...」
特別補佐官ソルフィーは、穏やかな表情で私を見つめた。「ナオキさん、これが私たちの存在意義なのです。神様たちのために、この地上を整えること。それ以上の喜びはありません」
その言葉に、私の胸の内で複雑な感情が渦を巻いた。確かに、彼らの献身的な精神には感動する。しかし同時に、どこか引っかかるものがある。
「でもさ」私は言葉を選びながら続けた。「君たちだって、立派な生き物じゃないか。『神様』のために消えてしまうなんて...それって本当に幸せなことなのか?」
特別補佐官ソルフィーは、少し困惑したような表情を浮かべた。「幸せ...ですか?」
「そう、幸せだよ」私は力を込めて言った。「君たちには君たち自身の人生がある。夢も、希望も、楽しみもあるはずだ。それを全部捨てて『神様』のために尽くすことが、本当に正しいのか...」
特別補佐官ソルフィーは、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「ナオキさん」彼の声は、静かでありながら力強かった。「私たちにとって、使命を果たすことこそが最大の幸せなのです。神様たちが私たちに与えてくれた目的。それを全うすることが、私たちの喜びであり、誇りなのです」
その言葉に、私は返す言葉を失った。彼らの信念は、私の想像を遥かに超える強さを持っていた。
「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「君は僕のために自己犠牲ができる?...いや、むしろ僕が君のために犠牲になるべきか。『バッテリー切れ防止のために人間が発電する』なんてSF映画にありそうな展開だけど」
装備は、静かにハミング音を響かせた。その音が、どこか物思わしげに聞こえた。
私は深いため息をついた。ソルフィーたちの献身的な精神。それに助けられた自分。しかし、その犠牲の上に成り立つ未来。それを肯定して、自分は本当に納得できるのだろうか。
「特別補佐官くん」私は再び声をかけた。「君たちの気持ちは分かった。でも、僕にはまだ納得できない部分がある。もし...もし『神様』たちが地上に戻ってきたとき、君たちはどうなるんだ?」
特別補佐官ソルフィーは、穏やかな笑みを浮かべた。「私たちは、きっと消えていくでしょう。でも、それは私たちにとっての『完成』なのです。私たちの存在が、神様たちの生活の礎となる。それ以上の喜びはありません」
その言葉に、私は言葉を失った。彼らの純粋さ、献身的な精神。それは美しくもあり、同時に残酷でもある。
「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「『神様』って、こんなに重い存在だったんだな。僕が『神様ごっこ』してた時が、懐かしく感じてきたよ」
装備は、いつもの静かなハミング音を響かせた。その音が、どこか慰めるように聞こえた。
私は、再び周囲を見回した。懸命に働くソルフィーたち。彼らの姿に、新たな意味を見出す。彼らは、自らの存在を燃料として、未来を切り開こうとしているのだ。
「特別補佐官くん」私は決意を込めて言った。「君たちの気持ちは分かった。けど、僕にもやるべきことがある」
特別補佐官ソルフィーは、興味深そうに私を見つめた。「それは何ですか、ナオキさん?」
「君たちの物語を伝えること」私は力強く言った。「いつか『神様』たちが戻ってきたとき、君たちの献身と勇気を忘れないようにするんだ。君たちは『消えゆく存在』じゃない。永遠に記憶される『英雄』なんだってことを、みんなに知ってもらうんだ」
特別補佐官ソルフィーの体が、喜びで小刻みに震えた。「ナオキさん...ありがとうございます」
「いいや、僕がありがとうを言うべきだよ」私は笑顔で答えた。「君たちのおかげで、僕は『神様』から『語り部』に転職できたんだからね。『失業保険』いらずだ」
特別補佐官ソルフィーは、私のジョークに笑いながら答えた。「ナオキさんの冗談は、私たちの『楽園』に欠かせない要素です。これからも、どうかそのまま」
「任せておけって」私はウィンクしながら答えた。「『地獄のコメディアン』、それが僕の新しい肩書きだ。硫黄がなくなっても、笑いだけは絶やさないさ」
そうして私たちは、新たな決意と絆を胸に、この過酷な環境での活動を続けた。硫黄の濃度は徐々に下がっていくかもしれない。しかし、ここにある希望と勇気は、決して消えることはない。
この物語の行方を、誰が予想できただろうか。「神様」から「道化」へ、そして「仲間」へ。さらに今や「語り部」へ。私の冒険は、まだまだ続いていく。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれるのだった。
「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「もし硫黄がなくなったら、僕たちは『空気の楽園』を作ることになるのかな。『知覚できない楽園』...なんだかシュールだけど、それはそれで面白そうじゃない?」
装備は、いつものように静かにハミング音を響かせた。その音が、まるで「その時が来たら、また新しい冒険が始まるね」と言っているように聞こえた。
そう、私たちの物語は、まだまだ続いていく。硫黄の香りが薄れていく中で、新たな未来が静かに、しかし確実に近づいてくる。その時、私たちは何を見るのだろうか。そして、どんな冗談を言って笑い飛ばすのだろうか。
それを想像しながら、私は今日も、この「地獄の楽園」で、最高の「硫黄掃除機」として、そして「地獄のコメディアン」として、新たな一日を始めるのだった。
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