第22話

特別補佐官ソルフィーの言葉が、この地底の闇を照らす一筋の光のように響き始めた瞬間、私の中で何かが凍りついた気がした。


「我々の任務は」彼は静かに、しかし力強く続けた。「この地表環境における硫黄濃度を低下させることです」


「硫黄濃度?」私は思わず声を上げた。「まさか、君たち『硫黄の楽園』建設者が、硫黄を減らそうっていうの?それって、『ピザ屋がピザを減らそう作戦』みたいなもんじゃない?」


特別補佐官ソルフィーは、私の冗談を無視するかのように、さらに詳しく説明を始めた。


「現在の地表における硫黄化合物の濃度は、神様たち人類の生存には高すぎるのです」彼の声には、使命感が滲んでいた。「私たちソルフィーは、環境中に存在する硫黄化合物を自らの代謝プロセスの中で一部を結晶化し、外部に排出します」


「へえ」私は興味深げに聞き入った。「『ソルフィー式浄化装置』ってわけか。でも、その結晶はどうするの?硫黄の彫刻でも作るの?『地獄のミケランジェロ』みたいな?」


特別補佐官ソルフィーは、私の言葉に少し困惑したような表情を見せたが、すぐに説明を続けた。


「いいえ、その結晶を地中深くへと蓄積するのです。これにより、地表環境から硫黄を固定化し、大気中・土壌中の硫黄を低下させることができます」


私は、自分の耳を疑った。「ちょっと待って。つまり、君たちは『硫黄掃除機』ってこと?しかも、太陽光エネルギーで動く超ハイテクな?」


特別補佐官ソルフィーは、私の比喩に少し戸惑いながらも、さらに詳しく説明を始めた。


「私たちの代謝プロセスは、確かに太陽光をエネルギー源として使用します。光合成細菌の一種である緑色硫黄細菌と共生関係にあり、彼らが太陽光エネルギーを捉えて硫化水素を酸化し、その過程で生じる電子を利用して私たちは硫黄化合物を代謝します」


「おや」私は眉を上げた。「『ソルフィー式ソーラーパネル』は、ただのジョークじゃなかったんだな。でも、この暗い場所じゃ効率悪そうだけど...」


特別補佐官ソルフィーは、悲しげに頷いた。「その通りです。この環境では、私たちの代謝効率は通常の約30%程度まで低下してしまいます。しかし...」


「しかし?」私は首を傾げた。「この地獄のような場所を選んだ理由があるってこと?」


特別補佐官ソルフィーは、まるで重大な告白をするかのように、一瞬躊躇した後で口を開いた。


「実は...私たちの活動方針は、ナオキさんが言う『地下文明』からある程度の指示を受けているのです」


その言葉に、私は思わず後ずさりした。「え?地下文明?あの、僕が追放された...」


特別補佐官ソルフィーは、静かに頷いた。「はい。ただし、その指示はとても漠然としたものです。どこを拠点とするか、程度の大まかな示唆を受けるだけです」


「ちょっと待って」私は頭を抱えた。「つまり、僕は『神様』のつもりでいたけど、実は道化だったってこと?しかも、君たちの本当の『上司』は地下文明...?」


特別補佐官ソルフィーは、申し訳なさそうな表情を浮かべた。「ナオキさんは私たちにとって大切な存在です。ただ...」


「ただ、僕は『実験台』の一つに過ぎなかったってわけだ」私は苦笑いを浮かべた。「なんて皮肉な展開だ。『神様』から『モルモット』への華麗なる転身。映画化したら大ヒット間違いなしだね」


特別補佐官ソルフィーは、私の自虐的な冗談に戸惑いの表情を浮かべたが、それでも説明を続けた。


「地下文明からの指示は、この場所を示していました。私たちにはその理由は分かりません。しかし、きっと重要な意味があるはずです」


私は、周囲の過酷な環境を見渡した。崩れ落ちそうな岩肌、底知れぬ闇、そして懸命に働き続けるソルフィーたち。全てが、新たな意味を帯び始めていた。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「君も地下文明のスパイだったりしない?...なんて冗談だよ。でも、もしそうだとしても今更驚かないけどね」


装備は、いつもの静かなハミング音を響かせた。その音が、どこか慰めるように聞こえた。


「よし」私は深呼吸をして言った。「じゃあ、これからどうする?『実験台』の分際で偉そうに聞くのもおかしな話だけど」


特別補佐官ソルフィーは、真剣な表情で答えた。「私たちの使命は変わりません。この場所で、可能な限り効率的に硫黄を固定化し続けます。そして...」


彼は一瞬言葉を切り、まるで決意を固めるかのように深呼吸をした。


「ナオキさんには、これからも私たちと共に歩んでいただきたいのです。『神様』としてではなく、仲間として」


その言葉に、私は思わず目を見開いた。「仲間?『実験台』の僕が?」


「はい」特別補佐官ソルフィーは力強く頷いた。「ナオキさんの存在は、私たちにとってかけがえのないものです。地下文明の意図とは別に、私たち自身の意思でそう感じているのです」


私は、言葉を失った。目の前には、過酷な環境の中で必死に働くソルフィーたちの姿。そして、真摯な眼差しで私を見つめる特別補佐官ソルフィー。


「ねえ、相棒」私は小さな声で装備に話しかけた。「なんだか泣きそうだ。こんな展開ったらないよ。『実験台から協力者へ』...いや、『道化から同志へ』かな」


装備は、いつもより少し長いビープ音を鳴らした。まるで「感動していますよ」と言っているようだった。


私は、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。そして、特別補佐官ソルフィーに向き直った。


「よし」私は決意を込めて言った。「仲間として、一緒に頑張ろう。この『地獄の楽園』で、君たちと一緒に『硫黄掃除機』になってやるよ。でも、一つだけ約束してくれ」


特別補佐官ソルフィーは、少し緊張した様子で「はい、何でしょうか?」と尋ねた。


「僕の冗談は、これからもちゃんと聞いてくれよ」私はにやりと笑った。「だって、笑いながら地獄を掃除するのが、僕たちの『楽園建設』だと思うんだ」


特別補佐官ソルフィーは、体を小刻みに震わせた。彼なりの笑い方だ。そして、静かに答えた。


「はい、約束します。ナオキさんの冗談は、私たちの『楽園』に欠かせない要素です」


その言葉に、私は思わず大きな声で笑い出した。その笑い声は、この地底の闇を振るわせ、遠くまで響いていった。まるで、新たな冒険の始まりを告げる鐘の音のように。


「さあ、行こうか」私は笑いながら言った。「この『地獄の楽園』で、最高の『硫黄掃除機』になってやろうじゃないか。地下文明の連中も、こんな楽しい実験は想像してなかっただろうね」


そうして私たちは、新たな決意と絆を胸に、この過酷な環境での活動を再開した。地獄のような場所かもしれない。しかし、ここには確かに、小さな楽園が芽生え始めていた。それは硫黄の結晶ではなく、互いを思いやる心と、苦境を笑い飛ばす勇気でできていた。


この物語の行方を、誰が予想できただろうか。「神様」から「道化」へ、そして「仲間」へ。私の冒険は、まだまだ続いていく。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれるのだった。

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