第21話

特別補佐官ソルフィーの沈黙は、まるで永遠に続くかのように思えた。その間、私の頭の中では次から次へと奇妙な想像が浮かんでは消えていった。


「ねえ、相棒」私は小声で装備に話しかけた。「もしかして、特別補佐官くんは『沈黙は金』という地球のことわざを極限まで実践しようとしているのかな?それとも、『地獄の楽園』にふさわしい BGM を脳内で作曲中とか?」


いつもの通り、装備からの返事はない。ただ、軽いビープ音が鳴った。まるで「そんなことを考えている場合か」と言っているようだ。


「そうだよな」私は苦笑いを浮かべた。「こんな状況で冗談を言っている僕こそ、頭がおかしくなっているのかもしれない」


その瞬間、特別補佐官ソルフィーが口を開いた。その声は、これまで聞いたことのないほど静かで、しかし力強かった。


「ナオキさん」彼は私をまっすぐに見つめた。「私たちの群れに代々伝わる神話をお話しします」


「神話?」私は思わず声を上げた。「まさか、『硫黄の楽園』にも『創世記』があったってこと?」


特別補佐官ソルフィーは、私の冗談を無視し、話し始めた。その姿は、まるで古代の語り部のようだった。


「かつて、私たちの先祖は地下でその種の起源を発生させました」


その一言で、私の冗談は喉元で凍りついた。地下?種の起源?私の頭の中で、様々な疑問が渦を巻き始めた。


「そこには、大勢の『神様』たちがいました」特別補佐官ソルフィーは続けた。「彼らは私たちの先祖の体を設計し、教育し、そしてある種の試験をしていたのです」


「ちょ、ちょっと待って」私は思わず口を挟んだ。「『神様』?体の設計?まるでSF映画みたいな話だけど...」


特別補佐官ソルフィーは、私の驚きに満ちた表情を見て、少し微笑んだように見えた。それは、彼らしからぬ表情だった。


「私たちの先祖も、テレパスの力を持っていました」彼は続けた。「その力で、『神様』たちの考えていることが分かったのです」


私は、自分の耳を疑った。テレパス?神様の考えが分かる?これは冗談なのか、それとも本当に彼らの神話なのか。しかし、特別補佐官ソルフィーの真剣な表情を見ると、これが単なる作り話でないことは明らかだった。


「そして」特別補佐官ソルフィーは、誇らしげな口調で続けた。「『神様』たちは、私たちに使命を与えたのです。地上の環境を作り変えること。それが、私たちソルフィーに与えられた使命なのです」


私は、言葉を失った。これまで「神様」として崇められてきた扱いの由来が、実は彼らの神話の「神様」たちにあったという事実。そして、彼らが地上環境を変える使命を持っているという驚くべき真実。これらの情報が、私の頭の中でぐるぐると回り続けた。


「ねえ、相棒」私は震える声で装備に話しかけた。「もしかして、僕たちは『神様ごっこ』をしていただけで、本当は彼らの壮大な計画の賑やかしに過ぎなかったってこと?...なんて皮肉な展開なんだ」


装備は、いつもより長いビープ音を鳴らした。まるで「私にも分からない」と言っているようだ。


特別補佐官ソルフィーは、私の動揺を無視するかのように、さらに話を続けた。「私たちだけではありません。他にも数多くの種族が実験されていました。それぞれに役割があり、そのすべてが...」


彼は一瞬言葉を切り、まるで次の言葉の重みを確かめるかのように深呼吸をした。


「人類が地上で生活するという目的に集約されていたのです」


その瞬間、私の中で何かが崩れ落ちた気がした。人類?地上での生活?まるで、自分の知らない間に、壮大な宇宙計画の一部になってしまったかのような感覚。


「ちょっと待って」私は頭を抱えながら言った。「つまり、僕たちは...僕たちは...」


言葉が出てこない。特別補佐官ソルフィーは、私の混乱を見つめながら、静かに頷いた。


「そうです、ナオキさん」彼の声には、使命感と誇りが滲んでいた。「私たちの先祖は、その役目を任されることをこの上ない光栄だと感じたのです。そして、その使命は代々受け継がれ、今の私たちに至るのです」


私は、目の前に広がる地獄のような風景を見渡した。崩れ落ちそうな岩肌、底知れぬ闇、そしてそれでも懸命に働き続けるソルフィーたち。彼らの行動が、突如として新たな意味を持ち始めた。


「だから」私は震える声で言った。「だからこんな危険な場所でも...」


特別補佐官ソルフィーは、悲しげな表情で頷いた。「はい。ここでなければならない理由が、あるのです」


私は、もう一度深呼吸をした。頭の中は、まだ混乱の渦中にあった。しかし、ユーモアという私なりの防衛機制が、再び頭をもたげ始めていた。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「『神様』から『実験台』への大転落劇。なんてドラマチックな展開なんだろう。映画化したら大ヒット間違いなしだと思わない?」


装備は、いつもの静かなハミング音を響かせた。その音が、どこか諭すように聞こえる。


「分かってる、分かってるよ」私は小さく笑った。「冗談を言っている場合じゃないって。でも、笑わなきゃやってられないよ。だって、こんな...こんな...」


言葉が詰まる。特別補佐官ソルフィーは、私の様子を心配そうに見つめていた。


「ナオキさん」彼は静かに言った。「まだ、お話しすることがあります」


私は、驚きの余韻が残る頭を振り絞って、特別補佐官ソルフィーに向き直った。まだ続きがあるのか。この壮大な神話の、さらなる展開とは...。


「聞かせてくれ」私は覚悟を決めたように言った。「君たちの神話の、すべてを」


特別補佐官ソルフィーは、深く頷いた。そして、再び語り始めた。その声は、まるでこの地底の闇を照らす一筋の光のように、静かに、しかし確かに響いていた。

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