第20話

「さあ、『地獄の楽園』ツアー、出発進行!」


そう叫んでから早二週間。私の言葉が、この地底の闇に吸い込まれていくかのように、状況は刻一刻と悪化の一途を辿っていた。


「ねえ、相棒」私は背中の装備に話しかけた。「もしかして、私たちは『地獄巡りの旅』の主役に抜擢されちゃったのかな?それとも『エクストリーム・サバイバル』の撮影現場に迷い込んだ?」


いつもの通り、装備からの返事はない。ただ、普段より少し長いビープ音が鳴った。まるで「そんな冗談を言っている場合か」と諭しているかのようだ。


私は深いため息をつき、目の前に広がる惨状を再び見渡した。かろうじて「道」と呼べるほどの細い岩の突起は、日に日に崩れ落ちている。その度に、轟音と共に大量の岩塊が奈落の底へと消えていく。その音は、まるで地獄の番犬ケルベロスの咆哮のようだ。


「『地獄の楽園』どころか、『地獄の地獄』だな」私は苦笑いを浮かべながら呟いた。


しかし、笑っている場合ではない。崖の崩落は、単なる景観の問題ではなくなっていた。三日前、大規模な崩落が発生し、作業中だった十数匹のソルフィーたちが巻き込まれた。七匹が瓦礫の下敷きになり、そのうち三匹はその場で「融解」してしまった。残りの四匹は何とか救出されたが、彼らの体は歪み、震えが止まらない。


「ソルフィー式リハビリ」と呼ばれる特殊な治療を受けているが、完全な回復の見込みは薄いという。


さらに昨日は、新たに掘り進めていた洞窟が突如崩壊し、中にいた五匹のソルフィーが行方不明になった。捜索隊が必死の救助活動を続けているが、あの不安定な地盤では...私は考えるのを止めた。


「ねえ、相棒」私は再び装備に話しかけた。「『神様』って、こういう時どうすればいいんだ?『奇跡』なんて起こせそうにないし、『天変地異』で状況を変えるのも無理そうだし...」


装備は静かにハミング音を響かせた。その音が、どこか悲しげに聞こえる。


ソルフィーたちは、それでも懸命に作業を続けている。彼らの体から分泌される特殊な物質で、少しずつ硫黄の結晶を形成し、新たな足場や建造物を作ろうとしている。しかし、薄暗い環境のせいで、その作業効率は通常の半分以下だ。それでも、彼らは諦めない。


「まるで『蟻地獄の中で巣作りをする蟻』みたいだな」私は呟いた。「頑張れば頑張るほど、深みにはまっていく...」


そんな中、特別補佐官ソルフィーが私の元にやってきた。彼の動きは、以前よりもさらに重々しくなっている。


「ナオキさん...」彼の声には、これまで聞いたことのない疲労感が滲んでいた。


「やあ、特別補佐官くん」私は作り笑いを浮かべた。「今日も『地獄観光ガイド』やってるよ。どう?この『絶景』は」


特別補佐官ソルフィーは、私の冗談を無視した。「状況は...よくありません」


「ああ、『よくない』どころの話じゃないよ」私は真剣な表情で言った。「もう限界だ。これ以上ここにいたら、みんな...」


言葉を詰まらせる私に、特別補佐官ソルフィーは静かに頷いた。


「分かっています」彼は低い声で言った。「でも...」


「でも、じゃない」私は強い口調で遮った。「特別補佐官くん、もう一度考え直そう。ここじゃなくても、もっと安全な場所があるはずだ。みんなの命の方が大事だろ?」


特別補佐官ソルフィーは、苦悩に満ちた表情で答えた。「でも...ここでなければ...私たちの使命を...」


「使命?」私は声を荒げた。「みんなが死んでしまったら、何の使命も果たせないじゃないか!」


その瞬間、私は自分の声の大きさに驚いた。周囲のソルフィーたちが、不安そうな目で私たちを見ている。


深呼吸をして、私は冷静さを取り戻そうとした。


「ねえ、特別補佐官くん」今度は穏やかな口調で尋ねた。「その『使命』って、一体何なんだ?何がそんなに重要なんだ?」


特別補佐官ソルフィーは、その問いに答えられないかのように、深い沈黙に陥った。彼の体は、これまで見たことのないほど激しく震えている。まるで、何か重大な決断を迫られているかのようだ。


「特別補佐官くん?」私は少し心配になって、彼に近づいた。


しかし、特別補佐官ソルフィーは黙ったまま、ただ震え続けている。その姿は、まるでこの地底の闇そのもののように、深く、そして謎に満ちていた。


私は、この沈黙の中に何か重大な意味があることを直感した。しかし、それが何なのかは、まだ見当もつかない。


「ねえ、相棒」私は小声で装備に話しかけた。「どうやら、この『地獄の楽園ツアー』は、まだまだ続きそうだぞ。次は何が待っているんだろうな...」


装備は、いつもより少し長いビープ音を鳴らした。まるで「覚悟はいいか」と問いかけているかのようだ。


私は再び、黙り込んだ特別補佐官ソルフィーを見つめた。彼の中に秘められた「使命」の謎。それは、この地獄のような環境の中で、私たちを前に進ませる唯一の光なのかもしれない。あるいは、さらなる深みへと引きずり込む罠なのか。


その答えは、まだ闇の中に隠されたままだった。

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