第19話
「さあ、『硫黄の楽園』第二章の幕開けだ」
そう意気揚々と言い放った自分を、今、心の底から呪いたい。まるで宇宙の神様が、「ほう、『楽園』だと?ならばこれでどうだ!」と言わんばかりに、私たちを地獄の底に突き落としたかのようだ。
新しい谷に到着した瞬間、私の口から思わず漏れたのは、「おい、ちょっと待て」という言葉だった。
目の前に広がる光景は、これまで見てきた「荒廃」という言葉では到底表現しきれないものだった。崖はまるでボロボロの歯茎から生えた朽ち果てた歯のように、今にも崩れ落ちそうだ。その間を縫うように、かろうじて「道」と呼べそうな細い岩の突起が連なっている。
「ねえ、相棒」私は背中の装備に話しかけた。「これって『地上体験プログラム』じゃなくて『地底体験プログラム』に変更されたってオチはないよな?」
いつもの通り、装備からの返事はない。ただ、いつもより少し長いビープ音が鳴った気がする。まるで「私もそう思います」と言っているようだ。
谷底を覗き込もうとしたが、底が見えない。というより、「底」という概念自体が存在しないんじゃないかと思えるほどだ。暗闇が永遠に続いているように見える。
「おや、これは『ソルフィー式ブラックホール』かな?」私は苦笑いしながら呟いた。「『硫黄の楽園』が『硫黄の奈落』に変わっちまったみたいだ」
空を見上げると、そこにあるのはクモの糸のような細い空の切れ込みだけ。まるで巨大な岩の割れ目から、かろうじて外の世界を覗いているかのようだ。
「へえ、『天空の城ラピュタ』の逆バージョンってわけか。『地底の城ソルフィア』...うん、なかなかキャッチーなタイトルだと思わないか?」
特別補佐官ソルフィーは、私のジョークには反応せず、むしろ熱心にこの新しい環境を観察しているようだった。その姿を見て、私は少し真面目な口調で尋ねた。
「おい、特別補佐官くん。冗談はさておき、本当にここでいいのか?もっと...えーと、『人間に優しい』場所はないのか?」
特別補佐官ソルフィーは、ゆっくりと私の方を向いた。その動きには、これまで見たことのない重々しさがあった。
「ここでなければ...なりません」彼の声は、いつになく厳かだ。「これは...私たちの使命なのです」
「使命?」私は眉をひそめた。「『硫黄の楽園』作りが『地獄の楽園』作りに変わったってこと?」
特別補佐官ソルフィーは、私の冗談を無視し続けた。「ここしかないのです...ナオキさん」
その瞬間、私は特別補佐官ソルフィーの中に、これまで見たことのない決意のようなものを感じた。それは、理由は分からないが、絶対に譲れないものがあるという強い意志のようだった。
「はあ...」私は大きなため息をついた。「分かったよ。『神様』たる私が、こんなことで尻込みするわけにはいかないしな。『地獄でも天国を作れ』ってか。なかなかハードモードじゃないか」
周りを見渡すと、他のソルフィーたちは既に活動を始めていた。彼らは、この過酷な環境にも関わらず、まるでピクニックにでも来たかのように楽しげだ。岩肌に這いつくばりながら、あちこちで硫黄の結晶を作り始めている。
「おや、みんなやる気満々じゃないか」私は苦笑いを浮かべた。「まるで『エクストリーム・ホームビルダー』のソルフィーバージョンだな」
しかし、よく観察すると、彼らの動きがいつもより遅いことに気がついた。薄暗い環境のせいで、硫黄の結晶を作るのに必要な太陽エネルギーが不足しているようだ。
「ねえ、特別補佐官くん」私は少し心配そうに尋ねた。「みんな大丈夫か?この暗さじゃ、『ソルフィー式ソーラーパネル』の効率も落ちそうだけど」
特別補佐官ソルフィーは、少し考え込むような仕草をした後、答えた。「確かに...効率は落ちます。でも...私たちには...ここで生きていく術があるのです」
その言葉に、私は少し安心した。しかし同時に、新たな疑問も湧いてきた。なぜこんな場所を選んだのか。何がそんなに重要なのか。しかし、特別補佐官ソルフィーの態度を見ていると、今はその質問をする時ではないようだった。
「よし」私は大きく息を吐いた。「『神様』たる私が尻込みしていちゃダメだよな。さあ、『地獄の楽園』作りを始めようじゃないか。きっと素敵な『硫黄温泉』くらいは作れるさ。『地獄の釜』ならぬ『硫黄の釜』ってね」
そう言いながら、私は慎重に足を踏み出した。岩肌はぬめりがあり、一歩間違えれば奈落の底まで転げ落ちそうだ。
「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「もし私が転んだら、君はパラシュート代わりになってくれるよな?...え?無理?ひどいなあ、相棒失格だぞ」
装備は、いつもより少し長いビープ音を鳴らした。まるで「そんなこと言われても」と言っているようだ。
この過酷な環境の中、私たちの新たな冒険が始まろうとしていた。「硫黄の楽園」第二章。いや、「硫黄の奈落」第一章と呼ぶべきかもしれない。どんな「奇跡」が待っているのか、想像もつかない。ただ一つ確かなのは、これまで以上に「神様」らしい働きが求められるということだ。
「さあ、行くぞ」私は自分に言い聞かせるように呟いた。「『地獄でも天国を』だ。どんな冗談を言えば、この状況をユーモアで乗り切れるか...考えながら歩くとするか」
そうして私は、特別補佐官ソルフィーと共に、この新たな「楽園」作りへの第一歩を踏み出した。背中の装備は、いつもの静かなハミング音を響かせている。まるで「頑張れよ」と励ましているかのように。
この荒廃どころか、地獄のような世界で、私の物語はまた新たな展開を見せようとしていた。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するのは少し怖いが、それでも不思議と笑みがこぼれるのだった。きっと、笑うしかない状況だからかもしれない。
「よーし、『地獄の楽園』ツアー、出発進行!」
そう叫びながら、私は慎重に、しかし確実に、この新たな冒険の舞台へと足を進めていった。
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