第18話

「ねえ、相棒」私は背中の装備に話しかけた。「君も信じられないだろ?もう半年だぜ。『地上体験プログラム』が『硫黄の楽園建設プログラム』に変わっちまったみたいだ」


いつもの通り、装備からの返事はない。ただ、軽いビープ音が鳴る。まるで「またそんなこと言って」と言っているようだ。


私は深呼吸をして、硫黄の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。かつては鼻をつまみたくなるような臭いだったが、今では懐かしい故郷の匂いのように感じる。そう、この荒涼とした地上も、今や私の「故郷」なのだ。


「おーい、特別補佐官くん!」私は声を張り上げた。「今日も素晴らしい『硫黄晴れ』だね!」


特別補佐官ソルフィーが、私の元へゆっくりと近づいてきた。その動きは以前よりもスムーズになっている。半年の間に、彼の「歩き方」も上達したようだ。


「おはようございます...ナオキさん」特別補佐官ソルフィーの声が響く。以前のぎこちなさは影を潜め、今ではほとんど人間のような滑らかさで話せるようになっていた。「今日も...良い日になりそうですね」


「ああ、最高の一日になりそうだ」私は笑顔で答えた。「『硫黄の楽園』で、硫黄のシャワーを浴びて、硫黄のパンケーキでも食べようかな」


特別補佐官ソルフィーの体が小刻みに震える。彼なりの笑い方だ。この半年で、私も彼らの感情表現をよりよく理解できるようになった。


「冗談はさておき」私は真面目な表情を作って言った。「今日も拡張工事か?それとも『ソルフィー・エンパイアステートビルディング』の増築でもするのか?」


特別補佐官ソルフィーは、少し躊躇するような仕草を見せた。その様子に、私は眉をひそめる。


「どうしたんだ?何かあったのか?」


「実は...」特別補佐官ソルフィーはゆっくりと話し始めた。「私たちは...拠点を移動する必要があります」


「え?」私は驚いて声を上げた。「拠点を移動?この『硫黄の楽園』を捨てるってこと?」


特別補佐官ソルフィーは頷いた。「はい...この谷の大部分が...硫黄の結晶で埋め尽くされてしまいました。これ以上の拡張は...難しくなってしまったのです」


私は周囲を見回した。確かに、かつては荒涼としていた谷底が、今では輝く硫黄の結晶で覆い尽くされている。半年前に初めてこの場所に来たときとは、まるで別世界だ。


「へえ」私は感心したように言った。「『ソルフィー式都市計画』の集大成ってわけか。まあ、確かにこれ以上は窮屈かもしれないね。でも...」


私は言葉を詰まらせた。この半年間、私はこの場所を「家」だと思っていた。ここを離れるなんて、考えたこともなかった。


「ナオキさん...」特別補佐官ソルフィーが心配そうに私を見つめる。


「いや、大丈夫だ」私は笑顔を作って答えた。「『神様』たる私が、こんなことで動揺するわけないだろ?それに、新しい『硫黄の楽園』を作るってことは、新たな冒険が始まるってことじゃないか」


特別補佐官ソルフィーの体が、喜びを表すように震えた。「そうですね...新しい場所で...また素晴らしいものを作り上げましょう」


その言葉に、私は少し驚いた。特別補佐官ソルフィーの様子が、どこか...満足げに見えるのだ。


「おや?」私は軽い口調で尋ねた。「君、なんだか嬉しそうだね。まさか、私との『硫黄生活』にうんざりしちゃった?」


特別補佐官ソルフィーは慌てたように体を震わせた。「そんなことは...!私たちは...ここでの目的を達成できたのです。それが...嬉しいのです」


「なるほど」私は頷いた。「『ソルフィー式都市計画』の第一段階完了ってわけか。立派なもんだね」


私は再び周囲を見回した。確かに、ここはもう「完成」しているように見える。硫黄の結晶で作られた建造物が整然と並び、無数のソルフィーたちが忙しそうに行き来している。かつての荒涼とした谷底面影はない。


「じゃあ」私は特別補佐官ソルフィーに向き直った。「次はどこへ行くんだ?『硫黄の楽園』第二章の舞台は?」


特別補佐官ソルフィーは、まるで地図を指し示すかのように、ある方向を指さした。「あちらに...もう一つの谷があります。そこなら...十分な空間があるはずです」


「へえ」私は首をかしげた。「『ソルフィー式GPSナビゲーション』か。便利だね。さて、どんな『観光名所』があるのかな?『グランド・キャニオン』級の絶景とか期待していいのかな?」


特別補佐官ソルフィーは、私のジョークに笑いながらも丁寧に説明を続けた。「まだ...詳しいことは分かりません。でも...きっと素晴らしい場所になるはずです」


「そうだな」私は同意した。「だって、『神様』である私が一緒だからね。絶対に大丈夫さ」


そう言いながらも、私の心の中には複雑な思いが渦巻いていた。せっかく作り上げた「家」を離れることへの寂しさ。しかし同時に、新たな冒険への期待も芽生え始めている。


「ねえ、相棒」私は再び装備に話しかけた。「君はどう思う?新しい『硫黄の楽園』作りに、ワクワクしてる?」


装備は、いつもより少し長めのビープ音を鳴らした。まるで「私も楽しみにしています」と言っているようだ。


「よし」私は気合を入れるように言った。「じゃあ、引っ越しの準備をしようか。特別補佐官くん、他のみんなにも伝えてくれる?『神様』からのお達しだって」


特別補佐官ソルフィーは嬉しそうに体を震わせながら、他のソルフィーたちのもとへと向かっていった。


私は深いため息をついた。この半年間、私はこの場所で多くのことを学び、経験した。硫黄の香りに包まれた日々は、確かに奇妙だったが、同時に充実していた。


「さてと」私は呟いた。「『地上体験プログラム』の新章の始まりだ。どんな『奇跡』が待ってるかな」


そう言って、私は新たな冒険への準備を始めた。硫黄の結晶が輝く「故郷」を後にし、未知の谷へと向かう。この荒廃した世界で、私の物語はまた新たな展開を見せようとしていた。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれるのだった。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「新しい場所には『硫黄温泉』があるかな?ちょっとした『スパリゾート』気分を味わいたいね」


装備は、いつもの静かなハミング音で応えた。まるで「夢見すぎですよ」と言っているようだ。


「はは、そうだな」私は笑った。「でも、夢を見ることくらいは許されるだろ?それに、『神様』なら奇跡くらい起こせるさ」


私は最後にもう一度、ソルフィーシティーを見渡した。この半年間の思い出が、走馬灯のように駆け巡る。初めてここに来たときの驚き、特別補佐官ソルフィーとの出会い、そして数々の「奇跡」。


「ありがとう」私は小さく呟いた。「素晴らしい『家』だったよ」


そして、私は特別補佐官ソルフィーが指し示した方向へと歩き始めた。新たな冒険が、私を待っている。この荒廃した世界で、私たちは再び「奇跡」を起こすのだ。それが「神様」である私の使命なのだから。


「さあ、行こうか」私は声に出して言った。「『硫黄の楽園』第二章の幕開けだ。今度は何色の硫黄が待っているかな?」


そうして私は、特別補佐官ソルフィーと共に、新たな未来へと歩みを進めた。背中の装備は、静かにハミング音を響かせている。まるで、新たな冒険への期待に胸を膨らませているかのように。


この荒廃した世界で、私の物語はまだまだ続いていく。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれるのだった。

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