第17話
報告書の準備を一時中断し、私は官僚機構のオフィスへと向かった。エレベーターに乗り込みながら、心の中で言葉を整理する。
「落伍者追放プロジェクト」私は小さく舌打ちした。「まるで問題を地上に押し付けているようなものだ」
オフィスに到着すると、受付のAIが私を認識し、即座に担当者の元へと案内した。担当者のオフィスのドアの前で、私は深呼吸をして心を落ち着かせる。
ノックをすると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。
オフィスに入ると、デスクの向こうに座っていたのは、中年の男性だった。プレートには「マーク・ジェンキンス」と書かれている。
「やあ、アリスト博士」マークは軽く微笑んだ。「珍しいですね。テラ・リフォーミングの大物が我々の地味なオフィスに出向かれるとは」
その軽い口調に、私は少し眉をひそめた。
「ジェンキンス」私は真剣な表情で切り出した。「落伍者追放プロジェクトについて、重大な懸念があって来ました」
マークの表情が僅かに強張る。「何か問題でも?」
私はデスクの前の椅子に座り、ゆっくりと話し始めた。「最近、追放された者の一人が、我々のプロジェクトに...予期せぬ影響を与えています」
そして、47X29BとタイプSの件について、簡潔に説明した。マークは黙って聞いていたが、その目には困惑の色が浮かんでいた。
説明を終えると、私は厳しい口調で続けた。「このような事態は、あなた方のプロジェクトの欠陥を示しています。今回は何とか対処しますが、これが続けば、我々のミッション全体に影響を及ぼす可能性があります」
マークは少し身を乗り出して答えた。「しかし、アリスト博士。追放プロジェクトは、我々の社会の安定を保つために必要不可欠です。思想スコアの低下した個体を...」
「分かっています」私は言葉を遮った。「社会の安定は重要です。しかし、それを地上に押し付けることで、新たな問題を生み出しているのです」
マークは困惑した表情を浮かべた。「では、どうすれば...」
「より厳密な選別が必要です」私は冷静に、しかし強い口調で言った。「追放者の能力や知識を考慮し、地上でプロジェクトに干渉する可能性がある者は、別の方法で処理すべきです」
「別の方法とは?」マークは恐る恐る尋ねた。
私は一瞬躊躇したが、すぐに答えた。「完全な隔離、あるいは...より永続的な解決策です」
マークの顔が青ざめる。「しかし、それは...」
「人類の存続がかかっているのです、ジェンキンス」私は冷徹に言い放った。「個人の感情に流される余裕はありません」
マーク・ジェンキンスの表情が複雑に変化した。彼は椅子に深く腰掛け、ため息をついた。
「アリスト博士」彼はゆっくりと口を開いた。「落伍者追放プロジェクトの本質をご理解いただきたい。確かに、社会の安定は重要な目的の一つです。しかし...」
彼は一瞬言葉を切り、慎重に続けた。「このプロジェクトには、もう一つの側面があるのです」
私は眉をひそめた。「もう一つの側面?」
マークは頷いた。「はい。我々は、地上で人類が生き残る別の在り方を模索しているのです」
彼の言葉に、私は少し驚きを隠せなかった。
「追放者たちは、我々とは異なる環境で生き抜く術を見出すかもしれません」マークは熱を込めて話し始めた。「彼らの適応能力、創造性、そして予期せぬ発見が、人類の未来に新たな可能性をもたらす可能性があるのです」
私は冷静を装いつつも、内心では動揺を感じていた。
マークは続けた。「47X29Bのケースは、まさにその可能性を示しています。確かに、テラ・リフォーミングプロジェクトには干渉するかもしれません。しかし、彼の行動が新たな知見をもたらす可能性も...」
「しかし」私は言葉を遮った。「それはリスクが大きすぎます」
マークは悲しげに微笑んだ。「博士、我々のプロジェクトはテラ・リフォーミングに比べれば確かに枝葉です。しかし、人類の存続という大きな目標に対して、複数のアプローチを持つことの重要性を軽視しないでいただきたい」
彼は深く息を吸い、続けた。「とはいえ、あなたの懸念も理解します。我々も選別プロセスの改善は常に検討しています。しかし、完全な隔離や...より永続的な解決策は、我々のプロジェクトの本質に反するのです」
私は黙って聞いていたが、内心では葛藤を感じていた。
マークは最後にこう付け加えた。「我々は微力ながら、人類の未来に貢献しようとしています。時に予期せぬ問題を引き起こすかもしれません。しかし、それも含めて、我々の役割なのです」
彼の言葉には重みがあったが、私の決意は揺るがなかった。
「理解しました、ジェンキンス」私は立ち上がりながら言った。「あなた方のプロジェクトの意図は分かりました。しかし、我々のミッションへの干渉は看過できません。今後、より慎重な選別を期待します」
マークはゆっくりと頷いた。「承知しました。できる限りの対策を講じます。しかし、博士」彼は真剣な眼差しで私を見つめた。「時に予期せぬ発見が、大きなブレークスルーをもたらすこともあるということを、どうか忘れないでください」
私はその言葉に返答せず、ただ軽く頭を下げてオフィスを後にした。マークの言葉は、私の心に小さな疑問の種を植えたが、今はそれを考える時ではない。テラ・リフォーミングプロジェクトの成功こそが、私の最優先事項なのだから。
オフィスを出て、廊下を歩きながら、私は自分の言葉の重みを感じていた。確かに厳しい要求だったかもしれない。しかし、プロジェクトの成功、そして人類の存続のためには必要な措置だ。
エレベーターに乗り込みながら、私は深いため息をついた。この決断が正しいのか、本当のところは分からない。しかし、今の私にできることは、目の前の問題に対処し、プロジェクトを前に進めることだけだ。
「さて」私は呟いた。「評議会への報告書の準備に戻るとしよう」
エレベーターのドアが閉まり、私は再び自分のオフィスへと向かった。この一連の出来事が、テラ・リフォーミングプロジェクトの、そして人類の未来をどう形作るのか。その答えは分からない。ただ、私にできることは、自分の役割を全うすることだけだ。人類の存続という大義のために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます