第15話
中央管制室に戻ると、私は重い足取りで椅子に腰を下ろした。大きく息を吐き出し、目を閉じる。評議会での緊張感が、まだ体に残っていた。
「ガイア」私は呼びかけた。「テラ・リフォーミングプロジェクトの歴史的記録を表示してくれ」
ホログラフィック・ディスプレイに、プロジェクトの長い歴史が映し出される。私はその記録を見つめながら、深い思考に沈んだ。
確かに、評議会メンバーたちの慎重な姿勢も理解できる。このプロジェクトは、単なる科学実験ではない。人類の存続をかけた、数十世紀にも及ぶ壮大な計画なのだ。その起源は、さらに遡る。
人類が地下に逃げ込む前、地球環境の激変に直面した我々の祖先たちは、様々な選択肢を模索した。その中には、惑星外文明移転プロジェクトも含まれていた。
私は苦笑いを浮かべる。「当時の彼らには、夢見るだけの余裕があったのかもしれないな」
確かに、当時の技術水準では非現実的な計画だった。しかし、地上にあった膨大なリソースを使えば、力技で何とかなると考えた者たちもいた。実際、火星へ向けて出発したチームもある。
「彼らは今、どうしているのだろうか」私は宇宙を見上げるように天井を見た。その答えは、誰も知らない。
地下文明で行われた数十世紀にわたる研究の結果、彼らの計画が早晩破綻したであろうことはほぼ確実視されている。テラフォーミングには少なくとも数百年を要するが、その間、限られたリソースで開発体制を維持することは不可能だったはずだ。
「我々の選択は正しかったのか」私は自問する。
我々地下文明派閥は、異なるアプローチを選んだ。比較的環境調整が容易な地下に文明を築き、限られたリソースの中で長期的なプロジェクト遂行を目指した。大気・土壌改変技術を徐々に蓄積していく。遅々とした歩みかもしれないが、確実な前進を続けてきた。
「そして今、我々はついに目標に手が届くところまで来た」私は呟いた。
数十世紀という途方もない時間をかけて、テラ・リフォーミングプロジェクトの完了は、もはや夢物語ではなくなっている。それは人類の偉大な勝利となるはずだった。
しかし、47X29Bの存在は、この慎重に積み上げてきた計画に予期せぬ変数をもたらした。
「彼の存在は、脅威なのか、それとも可能性なのか」
私は再びホログラフィック・ディスプレイに目を向けた。そこには、タイプSの活動データと、47X29Bの推定位置が表示されている。
確かに、評議会の懸念は理解できる。これほどの大規模プロジェクトに、予測不可能な要素を導入することのリスクは計り知れない。しかし同時に、この予期せぬ展開こそが、ブレイクスルーをもたらす可能性もある。
「我々の祖先たちは、既存の枠組みにとらわれず、大胆な選択をした」私は思い返す。「その結果、我々は今ここにいる」
しかし、その選択には大きな代償も伴った。地上の放棄、人類の分断、そして数十世紀にも及ぶ地下生活。その間、我々は慎重に、着実に前進してきた。
「だからこそ、今の我々には冒険する余地がないのか」私は自問する。「それとも、むしろ今こそ、新たな一歩を踏み出すべき時なのか」
47X29Bとの接触。それは確かに大きなリスクを伴う。しかし、彼の存在が示唆する可能性も無視できない。タイプSとの相互作用方法、地上環境への適応、そして何より、地下と地上をつなぐ新たな視点。
「我々の目的は何だ」私は自分に問いかける。「人類の存続と地球の再生。そのためなら、あらゆる可能性を探るべきではないのか」
しかし同時に、評議会の懸念も理解できる。数十世紀にわたる努力を、一つの賭けで台無しにするわけにはいかない。
私は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。決断の時は近づいている。47X29Bとの接触を試みるか、それとも現状の観察を続けるか。その選択が、プロジェクトの、そして人類の未来を左右するかもしれない。
「ガイア」私は再び人工知能に呼びかけた。「47X29BとタイプSの相互作用に関する全てのデータを詳細に分析してくれ。可能な限り多くのシナリオを想定し、それぞれのリスクと可能性を評価してほしい」
「承知しました、アリスト博士」ガイアの声が響く。「分析を開始します」
私は再びホログラフィック・ディスプレイに向き合った。そこには、人類の長い歴史と、未知の未来が映し出されている。我々の選択が、その未来をどう形作るのか。その重責を感じながら、私は新たな挑戦への準備を始めた。
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