第14話
評議会の会議室に足を踏み入れた瞬間、空気が凍りつくのを感じた。円形のテーブルを囲む5人の評議会メンバーの視線が、一斉に私に向けられる。彼らの表情からは、すでに47X29Bに関する報告書に目を通したことが明らかだった。
私は深く息を吸い、心を落ち着かせる。ここで動揺を見せるわけにはいかない。
「評議会の皆様」私は声に力を込めて言葉を発した。「本日はテラ・リフォーミングプロジェクトの最新の進捗状況と、新たに発見された...予期せぬ要素について報告させていただきます」
官僚機構代表のレイナ・コーテスが、冷ややかな目で私を見つめた。「アリスト博士、我々はすでにあなたの報告書を読みました。説明は簡潔にお願いします」
私は頷き、ホログラフィック・プロジェクターを起動させた。テーブルの中央に、第1358群の活動データが立体的に映し出される。
「はい。ご覧の通り、タイプSの第1358群が特異な活動を示しています。硫黄固定化率が他の群れと比較して約35%高く、その行動パターンもより組織化されています」
経済部門代表のマーカス・リーンが眉をひそめる。「それ自体は良いニュースではないのですか?プロジェクトの進捗が予想以上に早まるということでは?」
私は一瞬躊躇した後、続けた。「確かにその通りです。しかし、問題は、この異常な活動の原因です」
そう言って、私は47X29Bのデータを表示させた。会議室の空気が一気に重くなる。
思想統制部門代表のエリザベス・ヴァンが、鋭い眼差しで私を見た。「追放者が、我々のプロジェクトに影響を与えているということですね」
「はい」私は答えた。「データの分析結果から、元市民ID-47X29BがタイプSとの間に何らかの相互作用を持っている可能性が非常に高いのです」
人工知能部門代表のアレックス・チェンが口を開いた。「我々のコントロール外の要素がプロジェクトに介入しているのだね」
私は深く息を吸った。「はい、その通りです」
突如、私の上司である研究開発部門統括のヴィクター・ラムゼイが机を叩いた。その音に、私は思わず体を強張らせる。
「アリスト、これは許容できない」ヴィクターの声は低く、しかし怒りに震えていた。「テラ・リフォーミングプロジェクトは、人類の未来を左右する重要なミッションだ。そこに、このような...予測不可能な要素を介入させるなど、言語道断だ」
私は必死に冷静さを保とうとした。「ヴィクター博士、確かにこれは予期せぬ展開です。しかし、データが示すように、この介入は現時点でプロジェクトにポジティブな影響を与えています」
「ポジティブだと?」ヴィクターの声が一段と高くなる。「今はそうかもしれない。しかし、追放者の存在がプロジェクトの根幹を揺るがす可能性はないのか?彼らの行動次第で、何年もの計画が水泡に帰すかもしれないのだぞ」
レイナが冷静な声で割り込んだ。「ヴィクター、落ち着きなさい。アリスト博士の報告を最後まで聞きましょう」
私は感謝の念を込めてレイナに頷き、続けた。「確かに、これは不確定要素です。しかし、同時に新たな可能性も示唆しています。47X29Bの行動を詳細に分析することで、タイプSとの効果的な相互作用方法を学べるかもしれません。それは、プロジェクト全体の効率を大幅に向上させる可能性があります」
エリザベスが眉をひそめた。「しかし、それは同時に、追放システムの有効性に疑問を投げかけることにもなりませんか?追放された落伍者からこの我々が学ぶなどとは」
私は慎重に言葉を選んだ。「それは...確かにその通りかもしれません。しかし、我々の目的は人類の存続と地球の再生です。その目的のために、あらゆる可能性を探るべきではないでしょうか」
沈黙が会議室を支配した。評議会メンバーたちは、互いに視線を交わし合っている。
最後に、ヴィクターが深いため息をついた。「アリスト、あなたの熱意は理解できる。しかし、このプロジェクトには膨大な資源が投入されている。我々には失敗は許されないのだ」
「分かっています」私は真摯に答えた。「だからこそ、この新たな展開を無視するべきではないと考えています。適切に管理し、活用することで、プロジェクトの成功確率を高められる可能性があるのです」
マーカスが口を開いた。「具体的に、どのような対応を提案するのですか?」
私は深く息を吸い、覚悟を決めた。「まずは、47X29BとタイプSの相互作用をより詳細に観察し、分析します。可能であれば...将来的に彼とコンタクトを取ることも検討すべきだと考えています」
会議室に再び沈黙が訪れた。評議会メンバーたちの表情は、驚きと懸念が入り混じっている。
ヴィクターが厳しい口調で言った。「アリスト、あなたが言っていることの重大さは理解しているのか?追放者との接触は、我々の社会システムの根幹を揺るがしかねない」
「理解しています」私は真剣な表情で答えた。「しかし、未知の可能性という大義のため、コンタクトの価値がリスクを上回る状況も存在するのではないでしょうか」
評議会メンバーたちは、再び互いに視線を交わし合った。最終的に、レイナが口を開いた。
「アリスト博士、あなたの報告と提案は承りました。これからの情報も踏まえて慎重に検討し、決定を下します。それまでは、現状の観察を継続してください。追放者との直接的な接触は、絶対に行わないでください。これは命令です」
私は深く頭を下げた。「承知いたしました」
会議室を後にする際、私は複雑な思いに襲われた。評議会の慎重な姿勢は理解できる。しかし同時に、この新たな展開が秘める可能性を無視できない焦りも感じていた。
廊下に出て深いため息をつく。これからの道のりは、さらに険しくなるだろう。しかし、人類の未来のため、そして地球の再生のため、私は決して諦めるわけにはいかない。
47X29B。彼の存在が、このプロジェクトにどのような影響を与えるのか。そして、我々はどのように対応すべきなのか。答えは簡単には出ないだろう。しかし、この予期せぬ展開こそが、ブレイクスルーへの鍵となるかもしれない。
私は再び深呼吸をし、研究室への歩みを進めた。新たな局面を迎えたテラ・リフォーミングプロジェクト。その行く末を左右するのは、まさに今の我々の決断なのだ。
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