第12話

私の名前はアリスト・ノヴァ。テラ・リフォーミングプロジェクトの総責任者であり、地下文明最高評議会の非常勤委員でもある。年齢は肉体的には42歳だが、意識の上では数百年以上生きているといってもいいだろう。地下文明の発展と共に幾度となく意識をアップグレードし、その度に知識と経験を蓄積してきたからだ。


今日も私は、地下深くに設置された中央管制室で、巨大なホログラフィック・ディスプレイを眺めている。画面には地球の表面が映し出されており、その大半が灰色と茶色の混ざった不毛の大地で覆われている。しかし、注意深く見ると、所々に微かな緑の点が散在しているのが分かる。


「プロジェクト・ガイア、第3フェーズの進捗状況を報告せよ」


私の声に応じて、人工知能アシスタントのガイアが即座に返答する。


「はい、アリスト博士。現在、バイオリメディエーション用の微生物群が予定通り増殖を続けています。硫黄固定化バクテリアの活動が特に顕著で、地表の硫黄濃度は過去1年間で15%減少しました」


私は満足げに頷く。「良好だ。では、フェーズ4の準備状況は?」


「フェーズ4用の藻類と地衣類の培養は99.8%完了しています。予定より2週間早く、展開を開始できる見込みです」


この報告を聞いて、私の口元に微かな笑みが浮かぶ。しかし、すぐにそれを引き締めた表情に戻す。慢心は許されない。我々の任務は、人類の未来そのものを左右する重大なものなのだから。


私は画面をスワイプし、別の情報を呼び出す。そこには、数十世紀前に地下へと逃げ込んだ際に保存された生物のデータベースが表示される。植物、動物、菌類、そして微生物まで、かつての地球の生態系を再現するために必要なあらゆる生命体が、ここに眠っている。


「ガイア、生物保存施設の状態を確認してくれ」


「了解しました。生物保存施設は最適な状態を維持しています。全サンプルの99.9999%が完全な状態で保存されています」


私は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。我々の先祖たちの先見の明に、今さらながら感謝の念を覚える。彼らがこれらの生命の種を保存していなければ、今日の我々のプロジェクトは成立し得なかったのだ。


しかし、同時に重い責任も感じる。我々には、この貴重な遺産を無駄にする権利はない。必ず成功させなければならない。人類の存続と、地球の再生のために。


私はホログラフィック・ディスプレイを操作し、地球の大気組成のグラフを表示させる。二酸化炭素濃度は依然として高いが、徐々に減少傾向にある。酸素濃度も、微生物の活動によってわずかずつ増加している。


「ガイア、現在の進捗率で地球全体の環境が人類の居住に適した状態に戻るまでの推定時間は?」


「現在の進捗率を基に計算すると、全地球規模で人類が地上で生活可能になるまでには約500年かかると推定されます。ただし、局所的には100年以内に居住可能な地域が出現する可能性があります」


500年。人類の歴史からすれば瞬きほどの時間だが、個人の人生としては途方もなく長い。私は再び深い息をつく。


「了解した。では、次の全体会議の準備を進めてくれ。評議会のメンバーたちに、最新の進捗状況を報告する必要がある」


「承知しました。会議の日程と資料の準備を進めます」


ガイアの返事を聞きながら、私は再び地球の表面を映し出すホログラムに目を向ける。かつてこの星がどれほど美しかったか、私は古い記録や映像でしか知らない。しかし、その美しさを取り戻すこと、そしてその地上で人類が再び歩むことができるようにすること。それが私の、そして我々プロジェクト・チーム全員の使命なのだ。


ふと、私は地上に追放された者たちのことを思い出す。彼らは今、どのような生活を送っているのだろうか。我々の活動が、彼らにどのような影響を与えているのか。そして、彼らは地表の変化に気づいているのだろうか。


「ガイア、地上の追放者たちの状況について、最新の情報はあるか?」


「申し訳ありません、アリスト博士。地上の追放者たちに関する直接的な情報は極めて限られています。我々の観測衛星からは、彼らの活動の痕跡らしきものがいくつか確認されていますが、詳細は不明です」


私は眉をひそめる。追放者たちの存在は、我々のプロジェクトにとって予期せぬ変数となる可能性がある。彼らの活動が、意図せずプロジェクトの進行を妨げることはないだろうか。あるいは逆に、彼らの存在が地表の回復を促進する可能性はないだろうか。


「ガイア、追放者たちの行動パターンや生存戦略についての仮説を立てて、それがプロジェクトに与える潜在的な影響を分析してくれ」


「了解しました。分析を開始します」


私は再び深い息をつく。プロジェクトの成功には、あらゆる可能性を考慮し、対策を講じる必要がある。追放者たちの存在も、その一つだ。


しかし、同時に私の心の中には、ある種の好奇心も芽生える。彼らは過酷な環境の中で、どのように適応し、生活しているのだろうか。


「ガイア、可能であれば、追放者たちとコンタクトを取る方法も検討してほしい。もちろん、プロジェクトの秘匿性を損なわない範囲でだが」


「了解しました。ただし、アリスト博士、そのような行動は評議会の承認が必要になると思われます」


「ああ、もちろんだ」私は頷く。「まずは仮説の段階だ。具体的な行動に移す前に、慎重に検討する必要がある」


私はホログラムに映る地球の姿を、もう一度じっくりと見つめる。そこには、荒廃した大地と、わずかに芽生え始めた希望の兆しが共存している。我々の任務は、その希望を現実のものとすること。そして、人類に新たな未来を示すことだ。


「さあ、仕事に戻ろう」私は自分に言い聞かせるように呟く。「人類の未来は、我々の手にかかっているのだから」


そう言って、私は次の作業に取り掛かった。テラ・リフォーミングプロジェクトは、まだ始まったばかり。長い道のりが待っているが、我々は決して諦めない。なぜなら、それが人類の意志であり、我々の使命なのだから。

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