第11話
「ああ、ついに帰ってきたぞ。我が『硫黄の楽園』よ」
ソルフィーシティーの輪郭が見えてきた瞬間、思わずそんな言葉が口をついて出た。背中に背負った大量の硫黄の結晶が、まるで凱旋将軍の勲章のように重く、そして誇らしく感じる。
「ねえ、相棒」私は装備に話しかける。「君も故郷に帰ってきた気分? ...そっか、君にとってはどこも同じか。まあ、せめてエネルギー補給できる場所として喜んでくれてもいいんだぞ」
装備は、いつもの静かなハミング音で応えた。まるで「はいはい、分かってますよ」と言っているようだ。
「特別補佐官くん、君はどうだ? 家に帰ってきた感じがする?」
特別補佐官ソルフィーは、新たに獲得した発声能力で答えた。「はい...とても...うれしいです...」
その声には、確かに喜びが滲んでいた。しかし、それ以上に感じられたのは、何か別の感情...期待?それとも緊張?だった。
我々が町の入り口に近づくにつれ、ソルフィーたちの姿が見え始めた。最初は数匹だったのが、あっという間に大群となる。彼らは、まるで波のように体を揺らし、独特の振動を発している。
「おや、これは『ソルフィー式歓迎セレモニー』かな? それとも単に『変な奴らが帰ってきた』って騒いでるだけ?」
冗談めかして言ったものの、彼らの反応は明らかに歓迎のものだった。振動のパターンは明るく、躍動的だ。中には、私たちに向かって飛び跳ねているように見えるソルフィーもいる。
「へえ、こりゃすごい歓迎だね。まるで『ビートルズ』がアメリカに初上陸した時みたいだ...って、君たちにそんな例え、通じないか」
そう言いながら、私は硫黄の結晶を地面に下ろした。すると、ソルフィーたちの反応がさらに熱を帯びる。彼らは一斉に結晶に殺到し、まるでそれが神聖な遺物であるかのように、慎重にも熱狂的に触れ始めた。
「おいおい、そんなに喜んでもらえるとは。これが『ソルフィー式万歳三唱』ってやつか?」
特別補佐官ソルフィーが、少し疲れた様子で説明を始めた。「みんな...とても...感謝しています...硫黄は...私たちの...命です...」
「そりゃ、そうだよな」私は頷きながら言った。「君たちにとっちゃ、これは高級レストランのフルコースみたいなものか。...って、待てよ」
突如として、ある疑問が頭をよぎった。
「特別補佐官くん、さっきから気になってたんだけど...どうしてみんな、俺の冗談に反応してるんだ? 俺の言葉、分かるのか?」
特別補佐官ソルフィーは、少し躊躇するように体を震わせた後、ゆっくりと答えた。「実は...私たちには...あなたの意図を...感じ取る能力が...あります...」
「えっ?」私は目を見開いた。「どういうこと? テレパシーみたいな?」
「はい...でも...一方通行です...」特別補佐官ソルフィーは慎重に言葉を選びながら続けた。「私たちは...あなたの意図を...理解できますが...逆は...できません...」
この告白に、私は一瞬言葉を失った。そして、次の瞬間、ある恐ろしい事実に気づいた。
「ちょ、ちょっと待て」私は慌てて言った。「じゃあ、俺がこれまで心の中で考えてた下ネタな冗談とか、みんな分かってたってこと?」
特別補佐官ソルフィーは、まるで笑っているかのように体を小刻みに震わせた。「はい...全部...」
「うわー」私は頭を抱えた。「これは恥ずかしい。『神様』のイメージ崩壊じゃないか」
しかし、周りのソルフィーたちの反応を見ると、彼らは別に気にしている様子はない。むしろ、より一層熱狂的に私を歓迎しているように見える。
「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「君は知ってた? ...いや、君も知らなかったか。我々、完全に出し抜かれてたみたいだね」
装備は、いつもより少し長いビープ音を鳴らした。まるで「私も驚いています」と言っているようだ。
「でも、待てよ」私は考え込みながら言った。「じゃあ、なんで特別補佐官くんは、わざわざ声を出せるようになったんだ?」
特別補佐官ソルフィーは、少し照れくさそうに答えた。「あなたに...私の気持ちを...伝えたかった...もっと深くコミュニケーションを...取りたかったからです...」
「へえ」私はニヤリと笑った。「これこそ『ソルフィー式告白』ってやつか?」
特別補佐官ソルフィーは、また体を小刻みに震わせた。どうやら、この反応が彼らの笑い方らしい。
「冗談だよ、冗談」私は笑いながら言った。「でも、本当にありがとう。君の努力、嬉しいよ」
そう言いながら、私は周りを見回した。ソルフィーたちは、まるで祭りでも始まったかのように、硫黄の結晶の周りで踊っている。その様子は、確かに奇妙だが、同時に心温まるものでもあった。
「ねえ、特別補佐官くん」私は尋ねた。「他のみんなも、君みたいに声を出せるようになるの?」
特別補佐官ソルフィーは首を振るような動きをした。「分かりません...難しいかもしれません...でも...教えてみようと思います...」
「そっか」私は頷いた。「でも、別に急ぐ必要はないよ。君たち同士なら、テレパシーで十分通じ合えてるんだろ?」
「はい...」特別補佐官ソルフィーは答えた。「私たちは...お互いの意図を...完全に理解できます...」
「へえ、それはそれで素晴らしいコミュニケーション方法だね」私は感心したように言った。「誤解とか、嘘とか、そういうのがない世界か。人間社会も見習うべきかもしれないな」
しかし、すぐに別の考えが浮かんだ。
「でも、待てよ。そうすると、プライバシーってものはないのか? 心の中で『この野郎』って思っても、相手にバレちゃうんじゃない?人間はそういうの隠しておきたいって思うんだけど」
特別補佐官ソルフィーは、少し考え込むような素振りを見せた後、答えた。「私たちには...そういった概念は...ありません...全てを共有することが...自然なのです...」
「へえ~」私は感心しつつも、少し戸惑いを覚えた。「それは素晴らしいような、ちょっと怖いような...」
ふと、私は自分の立場について考え始めた。「神様」として崇められているが、実は下ネタな冗談も含めて全て筒抜けだった。それでも、彼らは私を受け入れ、歓迎してくれている。
「ねえ、特別補佐官くん」私は真剣な表情で尋ねた。「俺のことを、本当に『神様』だと思ってるのか? 俺の本当の姿を知っていながら」
特別補佐官ソルフィーは、穏やかに答えた。「あなたは...私たちにとって...特別な存在です...完璧でなくても...むしろ...不完全だからこそ...私たちはあなたを...敬愛しています...」
その言葉に、思わず胸が熱くなった。
「そっか...ありがとう」私は少し照れくさそうに言った。「じゃあ、これからも『不完全な神様』を演じさせてもらうよ。...って、演じるって言っても、地で行くだけだけどね」
周りのソルフィーたちの歓迎の輪は、さらに大きくなっていた。彼らの振動は、まるで私の心臓の鼓動と同期しているかのようだ。
「よーし」私は大きな声で言った。「『神様』の凱旋パレードといこうじゃないか。特別補佐官くん、俺の右に。そして、みんなはその後ろに続いてくれ」
そうして、私たちはソルフィーシティーの中心へと歩み始めた。硫黄の香りが漂う中、無数のソルフィーたちが私たちの周りで踊っている。その光景は、確かに奇妙だが、同時に美しくもあった。
「ねえ、相棒くん」私は装備に話しかけた。「こんな展開、想像できたか? 『地上体験プログラム』が『神様体験プログラム』になっちまったよ」
装備は、いつもよりちょっと長めのビープ音で応えた。まるで「私も驚いています」と言っているようだ。
「ふふ」私は小さく笑った。「まあいいさ。これも人生経験...いや、『神様経験』ってことで。さあ、これからどんな『奇跡』を起こそうかな」
そうして私たちは、硫黄の香りと歓喜の振動に包まれながら、新たな冒険へと足を踏み出していった。この荒廃した世界で、私の物語は思わぬ方向へと進み続けている。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれるのだった。
しかし、私がソルフィーシティーで"神様"として過ごす日々が続く中、遥か地下では、人類の運命を左右する壮大なプロジェクトが進行していた。その存在を、この時の私はまだ知る由もない。
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