第10話

「さて、特別補佐官くん」私は硫黄の結晶を背負いながら言った。「これで当分の間、私が『神様失格』になる心配はないね。君のおかげで命拾いしたよ」


特別補佐官ソルフィーは、いつもの通り体を震わせて応答した。その振動パターンは、どこか嬉しそうにも見える。まあ、私の気のせいかもしれないけどね。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかける。「君も特別補佐官くんに感謝の言葉くらい言ったらどうだい? ...あ、そうか。君には声帯がないんだったね。まあ、私が代わりに言っておくよ」


そう言って振り返ると、特別補佐官ソルフィーの様子が少し変だった。体の一部が、まるで溶けているかのように変形し始めている。


「おい、大丈夫か?」私は慌てて駆け寄る。「まさか、硫黄の結晶を作り過ぎて、体調を崩したとか?」


しかし、特別補佐官ソルフィーは平然としている。むしろ、何かに集中しているようにも見える。そして突然、驚くべきことが起こった。


「大丈夫...です...」


かすかな声が聞こえた。いや、声というより振動音に近い。でも、確かに言葉になっている。


「え?」私は目を見開いた。「今、何か言ったか?」


「はい...言いました...」


今度ははっきりと聞こえた。特別補佐官ソルフィーが、人間の言葉で話している。


「うわっ!」私は思わず後ずさりした。「君、しゃべれるようになったのか?いや、そもそも口なんてあったっけ?」


特別補佐官ソルフィーの体の一部が、まるで喉仏のように震えている。どうやらそこから音を出しているらしい。


「口は...ありません...」特別補佐官ソルフィーは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。「体の...一部を...変形させて...声を...出しています...」


「へえ~」私は感心したように言った。「『ソルフィー式ボイスチェンジャー』ってわけか。特許取れそうだね」


特別補佐官ソルフィーは、その冗談が理解できたのか、体を小刻みに震わせた。笑っているのかもしれない。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかける。「君も負けてられないぞ。そのうち特別補佐官くんに話し方を教わることになるかもね」


装備はいつも通り沈黙している。まあ、彼にとっては何も変わらない日常なんだろう。


「それで、特別補佐官くん」私は尋ねた。「どうしてこんな能力を身につけたんだい?『神様』である私のためにわざわざ進化したとか?」


「いいえ...」特別補佐官ソルフィーは首を横に振るような動きをした。「あなたと...もっと...コミュニケーションを...取りたかったから...です...」


「おや」私は思わずニヤリとした。「これは『ソルフィー式告白』ってやつかな?」


特別補佐官ソルフィーは一瞬黙った後、「冗談...ですか?」と尋ねた。


「あはは、さすが鋭いね」私は笑った。「そうさ、冗談だよ。でも、君の気持ちは嬉しいよ。私も君ともっと話したいと思ってたんだ」


特別補佐官ソルフィーは、嬉しそうに体を震わせた。その振動は、声を出す前よりも柔らかく感じられる。


「ところで」私は尋ねた。「なぜ私の言葉を理解できるようになったの?」


「ずっと...聞いていました...」特別補佐官ソルフィーは答えた。「あなたの...話し方...言葉の使い方...全てを...」


「へえ」私は感心した。「『ソルフィー式言語学習法』か。地下文明の教育システムより効率的かもしれないね」


特別補佐官ソルフィーは、その言葉の意味を理解しようと一生懸命考えているようだった。


「冗談だよ」私は笑って説明した。「でも本当にすごいよ。こんなに短期間で言葉を覚えるなんて」


「ありがとう...ございます...」特別補佐官ソルフィーは丁寧に答えた。「でも...まだ...たくさん...学ぶことが...あります...」


「そうだね」私は同意した。「例えば、私の素晴らしいユーモアセンスとか」


特別補佐官ソルフィーは、また体を小刻みに震わせた。どうやら、これが彼らの笑い方らしい。


「さて」私は歩き始めながら言った。「これからは君とおしゃべりしながら歩けるってわけだ。『神様と特別補佐官の歩く硫黄の道』...なんてタイトルの本が書けそうだね」


「本...ですか?」特別補佐官ソルフィーは興味深そうに尋ねた。


「ああ、人間の文化でね」私は説明を始めた。「物語を書いて、それを多くの人に読んでもらう...」


そうして私たちは、ソルフィーシティーへの帰路につきながら、人間の文化や習慣について語り合った。特別補佐官ソルフィーは驚くほど好奇心旺盛で、次から次へと質問を投げかけてくる。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「君も会話に参加したくなってきたでしょ? ...え?したくない?まあ、君は無口なタイプだものね」


特別補佐官ソルフィーは、私と装備のやり取りを興味深そうに観察している。


「あの...」特別補佐官ソルフィーが恐る恐る口を開いた。「装備さんは...本当に...話せないの...ですか?」


「さあ、どうだろうね」私は肩をすくめた。「もしかしたら、君みたいに進化する日が来るかもしれない。そしたら『神様と特別補佐官と話す装備の三人旅』...って本が書けるかもね」


特別補佐官ソルフィーは、またもや体を小刻みに震わせた。どうやら、私のユーモアにも少しずつ慣れてきたようだ。


「ねえ」私は突然思いついて言った。「君、歌は歌えるようになったかな?」


「歌...ですか?」特別補佐官ソルフィーは首を傾げるような仕草をした。


「そう、歌」私は説明した。「人間が感情を表現するために、リズムや音程をつけて声を出すんだ。例えばこんな感じ...」


私は即興で歌い始めた。


「♪硫黄の道を歩こう 神様と特別補佐官~ 装備は無口だけど 三人で行こう未来へ~♪」


特別補佐官ソルフィーは、驚いたように体を震わせた。そして、おぼつかない声で真似を始めた。


「♪いおうの...みちを...あるこう...」


その歌声は、人間のそれとは全く違う。高音と低音が不規則に混ざり合い、まるで電子音楽のような不思議な響きだ。


「おお!」私は感動して叫んだ。「これぞ『ソルフィー・ミュージック』の誕生の瞬間か!すごいぞ、特別補佐官くん。君は歌手としての才能もあるかもしれない」


特別補佐官ソルフィーは、嬉しそうに体を震わせながら、さらに歌い続けた。その歌声は、荒涼とした風景に奇妙にもマッチして、独特の雰囲気を醸し出している。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかけた。「君も一緒に歌わない? ...あ、そうか。君には声帯がないんだった。じゃあ、せめてリズムキープでもしてよ」


装備は、いつもより少し長いビープ音を鳴らした。どうやら、これが彼なりの音楽参加らしい。


こうして、私たち三人...いや、二人と一つは、奇妙な合唱をしながらソルフィーシティーへの道を進んでいった。荒涼とした風景の中、硫黄の香りと共に響く不思議な歌声。


「ふふ」私は思わず笑みがこぼれた。「『地上体験プログラム』も、こんな展開になるとはね。地下文明の連中に教えてやりたいよ。『ほら、私は異種族と一緒に歌を歌いながら旅してるんだぞ』ってね」


特別補佐官ソルフィーは、私の言葉を聞いて一瞬歌うのを止めた。「地下文明...ですか?」


「ああ」私は少しノスタルジックな気分になりながら答えた。「私が昔住んでいた場所さ。いつかゆっくり話してあげるよ」


特別補佐官ソルフィーは、興味深そうに体を震わせた。「楽しみに...しています...」


そうして私たちは、新たな絆と可能性を胸に、ソルフィーシティーへの帰路を歩み続けた。この荒廃した世界で、私の物語はまた新たな一歩を踏み出したのだ。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれる。


「さあ、『地上体験プログラム』の新章の始まりだ。次はどんな『奇跡』が待ってるかな」


そう言って、私は特別補佐官ソルフィーと共に、新たな冒険への期待に胸を膨らませながら歩を進めた。装備も、静かにハミング音を響かせている。まるで、彼なりの方法で新たな展開を歓迎しているかのように。

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