第9話

「ああ、なんて美しい風景だろう」


私は荒野を歩きながら、思わず声に出して言った。確かに、周りは灰色の荒れ地ばかりで、普通なら「美しい」なんて形容詞とは無縁の光景だ。でも、ここ数日間ソルフィーシティーで過ごした後だと、この単調な風景も何だか新鮮に感じる。


「ねえ、相棒」私は背中の装備に話しかける。「この『五十色の灰色』って風景、なかなかのものじゃない? 『荒廃芸術』っていうジャンルを作れそうだよ」


いつもの通り、装備からの返事はない。ただ、軽いビープ音が鳴る。まるで「また変なこと言ってる」と言っているようだ。


「ねえ、特別補佐官くん」今度は隣を歩いているソルフィーに話しかける。「君から見て、この風景はどう見える? 『我が家』って感じ? それとも『隣町』くらいの感覚?」


特別補佐官ソルフィーは、何か説明しようとするように複雑な振動を発する。相変わらず、その意味を正確に理解することはできない。でも、なんとなく「ここも大切な場所だよ」みたいなニュアンスは伝わってくる。


「そっか、ここも君たちにとっては大切な場所なんだね。まあ、考えてみれば当然か。ソルフィーシティーだって、最初はこんな荒れ地から始まったんだろうしね」


歩きながら、私はふと考え込む。この荒れ地も、ソルフィーたちにとっては可能性に満ちた未開の地なのかもしれない。彼らの目から見れば、ここは将来の「ニューソルフィーシティー」候補地とでも言えるのだろうか。


「ふふ、面白いね」私は独り言を呟く。「人間から見たら不毛の地でも、ソルフィーたちにとっては希望の土地なんだ。視点が変われば、世界の見え方も変わるってわけか」


そんなことを考えながら、私たちはさらに歩を進める。特に目的地があるわけでもない。ただ、ソルフィーシティーの外の世界を見てみたいという好奇心に従って歩いているだけだ。


「ねえ、相棒」私は再び装備に話しかける。「こういう何気ない散歩って、地下文明にいた頃はできなかったよね。あそこじゃ、毎日がスケジュール通りで...」


その時だった。突然、装備から警告音が鳴り響いた。


「え?ちょっと待って、これって...」


私は慌てて装備のディスプレイを確認する。そこには、ぞっとするような数字が表示されていた。


エネルギー残量:5%


「うそ...嘘だろ?」


私は目を疑う。しかし、数字は厳然とそこにあった。


「ちょっと待って、おかしいよ。昨日の夜、充分にチャージしたはずじゃ...」


そう言いかけて、私は自分の愚かさに気づいた。そうだ、昨日の夜。特別補佐官ソルフィーと一緒に寝たせいで、チャージを忘れていたのだ。


「ああ、なんてこった」私は頭を抱える。「『異種族との添い寝』が命取りになるなんて、SF小説みたいな展開だよ」


特別補佐官ソルフィーが、心配そうに体を震わせている。どうやら、私の様子がおかしいことに気づいたらしい。


「大丈夫だよ、特別補佐官くん」私は強がって言う。「ちょっとした...え~と、『エネルギー不足』ってやつさ。人間で言えば、お腹が空いた程度のものだよ」


しかし、実際はそんな生易しいものではない。このまま放っておけば、装備のシステムがシャットダウンしてしまう。そうなれば、この過酷な環境で生き延びることはできない。


「ねえ、相棒」私は小声で装備に話しかける。「君、なんで早めに教えてくれなかったの? 『電池残量5%です』くらい言えたでしょ」


装備は静かにハミング音を響かせる。まるで「君が気づくの遅すぎるんだよ」と言っているようだ。


「くそっ」私は舌打ちする。「こんな時に限って、周りに硫黄代謝生物の姿も見えないし...」


そう、硫黄代謝生物。この装備のエネルギー源だ。彼らをエネルギー変換すれば、一時的にでも窮地を脱することができる。しかし、ここにはソルフィー以外の生物の姿がない。


「...ん?」


その瞬間、ある考えが頭をよぎった。そうだ、ここにはソルフィーがいる。特別補佐官ソルフィーが。


「いや、ダメだ」私は首を振る。「そんなの考えちゃいけない。特別補佐官くんは...友達だ。食べ物じゃない」


しかし、その考えは頭から離れない。理性では否定しているのに、生存本能が囁きかけてくる。「でも、こいつを食べれば生き延びられる」と。


「ごめん、特別補佐官くん」私は申し訳なさそうにソルフィーを見る。「今、とんでもないことを考えちゃったよ。『神様』失格だね」


特別補佐官ソルフィーは、何か言おうとするように体を震わせる。その振動パターンは、これまで見たことがないほど複雑だ。


「え?ちょっと待って」私は目を見開く。「君、今の私の考え...分かったの?」


特別補佐官ソルフィーは、ゆっくりと前後に体を揺らす。まるで、頷いているかのように。


「そっか...」私は呆然とする。「君、私の考えが読めるんだ。それって、つまり...」


言葉を詰まらせる私に、特別補佐官ソルフィーはさらに複雑な振動を発する。その振動は、まるで「構わないよ」と言っているかのようだ。


「え?ちょっと待って」私は慌てて手を振る。「冗談じゃないよ。君を食べるなんて、そんなの...」


しかし、特別補佐官ソルフィーの態度は変わらない。むしろ、より強く「食べて」と言っているように感じられる。


「くそっ」私は再び頭を抱える。「こんな展開、どうすればいいんだよ。『異種族との友情か生存か』なんて、哲学の試験にでも出そうな問題じゃないか」


その時、ふと目に入ったものがあった。地面に落ちている硫黄の結晶だ。


「...そうか!」


私は思わず声を上げた。


「ねえ、特別補佐官くん」私は興奮気味に言う。「君たち、硫黄の結晶を作れるんだよね?」


特別補佐官ソルフィーは、肯定を示すように体を震わせる。


「よし!」私は拳を握る。「じゃあ、お願いできるかな。できるだけたくさんの硫黄の結晶を作ってくれないか?」


特別補佐官ソルフィーは、すぐに作業に取り掛かった。体から特殊な物質を分泌し、それを使って硫黄の結晶を形成していく。その様子は、まるで魔法のようだ。


「ありがとう、特別補佐官くん」私は心から感謝を込めて言う。「君のおかげで、私は友達を食べずに済むし、君も食べられずに済む。Win-Winってやつだね」


特別補佐官ソルフィーは、嬉しそうに体を震わせている。


「さあ、相棒」私は装備に話しかける。「これで君のエネルギー問題も解決だ。さっそく充電...じゃなかった、エネルギー変換を始めようか」


装備が自動的に硫黄の結晶を取り込み、エネルギー変換を開始する。ディスプレイの数字が徐々に上昇していく。


「ふう...」私は安堵のため息をつく。「危なかったね。もう少しで『神様、餓死す』なんてニュースが流れるところだったよ」


エネルギー残量が安全なレベルまで回復すると、私はようやく緊張から解放された。


「ねえ、特別補佐官くん」私はソルフィーに向き直る。「本当にありがとう。君がいなかったら、私はとんでもないことをしていたかもしれない。『神様』として、心から感謝するよ」


特別補佐官ソルフィーは、嬉しそうに体を震わせている。その振動パターンからは、純粋な喜びが伝わってくる。


「そうだ」私はふと思いつく。「これからは、常に硫黄の結晶を持ち歩くことにしよう。『非常食』ならぬ『非常エネルギー源』ってわけだ。そうすれば、もうこんな危機に陥ることもないはずだ」


特別補佐官ソルフィーは、同意を示すように体を震わせる。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかける。「君も、もう少し早めに警告してくれよな。『異種族との友情 VS 生存欲求』みたいな究極の選択を迫られるのは、正直しんどいんだ」


装備は軽くビープ音を鳴らす。まるで「分かったよ」と言っているようだ。


「さあ、これで一件落着」私は深呼吸をする。「『地上体験プログラム』は、本当に予想外の展開の連続だね。でも、そのおかげで学ぶこともたくさんある。今日は『異種族との友情の価値』と『エネルギー管理の重要性』を学んだってところかな」


そう言って、私は笑う。この荒廃した世界で、私はまた新たな「教訓」を得たのだ。そして、その過程で特別補佐官ソルフィーとの絆はさらに深まった。


「よし、特別補佐官くん」私は元気よく言う。「帰り道でも、もう少し硫黄の結晶を集めようか。『非常エネルギー源』の備蓄は多いに越したことはないからね」


特別補佐官ソルフィーは喜んで同意し、私たちは来た道を引き返し始めた。荒涼とした風景は変わらないが、今の私には希望に満ちて見える。


「ふふ」私は小さく笑う。「『硫黄探しの旅』か。なんだか『宝探し』みたいで楽しいね」


そうして、私たちの新たな冒険が始まった。この荒廃した世界で、私の物語はまた新たな展開を見せようとしていた。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれる。


「さあ、『地上体験プログラム』の続きだ。次はどんな『奇跡』が待ってるかな」


そう言って、私は特別補佐官ソルフィーと共に、ソルフィーシティーへの帰路を歩み始めた。今日の経験は、きっと将来の糧になるはずだ。そう信じながら。

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