第8話

目覚めの瞬間、最初に感じたのは、あの独特の硫黄の香りだった。そして、すぐに次の思考が脳裏をよぎる。


「おっと、特別補佐官くんを押しつぶしてないよな?」


慌てて体を起こし、隣を確認する。安堵のため息が漏れる。


「よかった、無事だ。『神様による寝相の悪さで補佐官圧死』なんてニュースが流れたら、ソルフィーシティーの株価も大暴落だからね」


特別補佐官ソルフィーは、私の動きに反応して体を震わせ始めた。その振動パターンは、どこか朝の挨拶のようにも感じられる。


「おはよう、特別補佐官くん。今日も元気そうだね。硫黄の夢でも見た?」


ソルフィーは嬉しそうに体を震わせる。その反応を見ていると、つい笑みがこぼれる。


「ねえ、相棒」私は背中の装備に話しかける。「君も良く眠れた? それとも、一晩中センサーをフル稼働させてた?」


装備からはいつも通りの沈黙。ただ、軽いビープ音が鳴り、まるで「起きてますよ」と言っているようだ。


「そっか、お疲れ様。君のおかげで安心して眠れたよ」


洞窟の外に出ると、ソルフィーシティーはすでに活気に満ちていた。無数のソルフィーたちが忙しそうに行き来し、硫黄の結晶でできた建造物が朝日に輝いている。


「ふむ、朝から賑やかだね。『ソルフィー・ラッシュアワー』ってところかな」


特別補佐官ソルフィーが何か説明しようとするように体を震わせる。その複雑な振動パターンは、相変わらず私には理解できないが、どうやら朝の日課について話しているらしい。


「ごめんね、まだ君の言葉はよく分からないんだ。でも、みんな元気そうで何よりだよ」


ソルフィーシティーを見渡しながら、私は不思議な感情に襲われた。この奇妙な町、そしてここに住む異質な生き物たち。数日前まで、こんな世界が存在するなんて想像もしていなかった。それが今や、私はここの「神様」として崇められている。


「ねえ、特別補佐官くん」私は真剣な表情でソルフィーに向き直る。「実は、ちょっとお願いがあるんだ」


特別補佐官ソルフィーは、興味深そうに体を震わせる。


「この町の外を見てみたいんだ。案内してくれないかな?」


ソルフィーの反応は意外なほど軽やかだった。まるで「そんなの簡単だよ」と言わんばかりに、嬉しそうに体を震わせる。


「おっ、乗り気みたいだね。さすが特別補佐官、仕事が早い」


私たちは町の中心部から離れ、徐々に外縁部へと向かう。道中、私は様々な思いを巡らせていた。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかける。「私たち、なんだか『探検隊』みたいだと思わない? 『硫黄の海を行く』なんてタイトルの冒険小説が書けそうだよ」


装備は静かにハミング音を響かせる。まるで「そんな暇あったら前を見てろよ」と言っているようだ。


周囲の風景が少しずつ変化していく。硫黄の結晶でできた建造物が徐々に少なくなり、代わりに奇妙な形の岩や、硫黄を代謝する植物のようなものが目立ち始める。


「へえ、ここが境界線ってわけか。思ったより曖昧だね。『ソルフィーシティー入国管理局』とかないのかな」


特別補佐官ソルフィーは、何か説明しようとするように複雑な振動を発する。どうやら、この地域の特性について話しているらしい。


「なるほどね」私は適当に相づちを打つ。「つまり、ここが『郊外』ってことか。硫黄の香りが薄くなってきたのも納得だ」


私たちはさらに進み、ついに町の外縁部に到達した。そこには、緩やかな斜面が広がっていた。斜面の向こうには、灰色の空と荒涼とした風景が見える。


「おや、これは...」


私は息を呑む。目の前に広がる光景は、確かに荒廃しているが、同時に不思議な生命力も感じられた。硫黄を代謝する植物や菌糸類が、予想以上に豊かに生えている。


「へえ、意外と緑...じゃなくて黄色豊かじゃないか。『ソルフィー農業特区』でも作る計画があるのかな」


特別補佐官ソルフィーは、私の反応を見て嬉しそうに体を震わせている。どうやら、この風景を見せたかったらしい。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかける。「ここからの眺め、結構いいと思わない? 『絶景ポイント』として観光客を呼べそうだよ。もちろん、観光客がいればの話だけど」


装備は軽くビープ音を鳴らす。まるで「そんなこと考えてる場合か」と言っているようだ。


私は深呼吸をする。硫黄の香りは確かに薄くなったが、それでも十分に感じられる。そして、その向こうには未知の世界が広がっている。


「よし」私は決意を込めて言う。「特別補佐官くん、これから先も案内してくれるかな? この『神様』、もう少し世界を見てみたいんだ」


特別補佐官ソルフィーは、嬉しそうに体を震わせながら先導し始める。その姿を見ていると、不思議と心が温かくなる。


そうして私たちは、ソルフィーシティーの外へと一歩を踏み出した。この荒廃した世界で、私の冒険はまた新たな局面を迎えようとしていた。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれる。


「さあ、『地上体験プログラム』の本番だ。どんな『奇跡』が待ってるかな」


そう言って、私は特別補佐官ソルフィーと共に、未知の世界へと歩みを進めた。

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