第7話

観光ツアーが終わり、硫黄の香りが漂う夜のソルフィーシティーを歩きながら、私は特別補佐官ソルフィーと共に寝床へと向かっていた。今日一日の疲れが染み渡る中、それでも心の中はある種の満足感で満たされていた。


「ねえ、相棒」私は背中の装備に話しかける。「今日はなかなかの観光ツアーだったね。『ソルフィー・エンパイア・ステート・ビルディング』に『ソルフィー・シンフォニー』、おまけに『ソルフィー美術館』まで。地下文明の連中に教えてやりたいよ。『ほら、私は異種族の観光名所を巡ってるんだぞ』ってね」


装備からはいつも通りの沈黙。ただ、軽いビープ音が鳴り、まるで「了解」と言っているかのようだった。


寝床に到着すると、私は安堵のため息をついた。硫黄の結晶でできた小さな洞窟の中に、ソルフィーたちの体から分泌される粘液で作られた柔らかなベッド。昨日の夜、初めてここで眠った時の驚きを思い出す。


「さて、特別補佐官くん。今日はお疲れ様。素晴らしい案内をありがとう」


私がそう言って、一人で寝床に向かおうとした時だった。特別補佐官ソルフィーが、何食わぬ顔で一緒についてきたのだ。


「えっ?ちょっと待って。君も...ここで寝るの?」


特別補佐官ソルフィーは肯定を示す振動を発した。その様子は、まるでこれが当たり前のことだと言わんばかりだ。


「いや、でも...」私は言葉を詰まらせる。「これは、その...ちょっと...」


どう説明すればいいのだろう。文化の違い?個人的な価値観?それとも単に、小さな生き物を寝ている間に押しつぶしてしまう恐怖?


「ねえ、相棒」私は装備に助けを求める。「『異種族との適切な就寝距離』についてのガイドラインとかないの?」


装備は、いつも通りの沈黙を保っている。ただ、環境センサーが軽く点滅し、まるで「そんなの知らないよ」と言っているようだ。


「分かったよ...」私はため息をつく。「君には何の助けも期待できないってことだね」


特別補佐官ソルフィーは、私の躊躇を感じ取ったのか、悲しそうな振動を繰り返し始めた。その振動は、まるで「拒絶された」とでも言っているかのようだ。


「あー、ごめんごめん。そういう意味じゃないんだ」私は慌てて言い訳する。「ただ、その...人間とソルフィーが一緒に寝るのって、ちょっと...特殊な状況だと思って」


しかし、特別補佐官ソルフィーの悲しげな振動は止まらない。その振動パターンを見ていると、まるで子犬が見捨てられたような気分になってくる。


「ああ、もう」私は観念したように言った。「分かったよ。一緒に寝ればいいんでしょ」


特別補佐官ソルフィーの振動が一転して喜びに満ちたものに変わる。その様子を見ていると、思わず笑みがこぼれる。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかける。「君は『ソルフィーとの添い寝』なんてオプション機能ないの? 今すぐアップグレードしたいんだけど」


装備からの返事はない。ただ、いつもより少し長いビープ音が鳴る。まるで「そんな機能あるわけないでしょ」と言っているようだ。


「はいはい、分かってるよ。『地上体験プログラム』は何でも自力でなんとかしろってことでしょ。まったく、親切じゃないなあ」


そう言いながら、私は慎重に寝床に横たわる。特別補佐官ソルフィーも、嬉しそうに私の隣に潜り込んでくる。


「うーん...」私は天井...というか、洞窟の上部を見上げながら呟く。「これって、『神様』の特権なのかな。それとも、『特別補佐官』の職務の一環?」


特別補佐官ソルフィーは、何か説明しようとするかのように複雑な振動を発する。しかし、残念ながら私にはその意味を理解することはできない。


「ごめんね、まだ君の言葉はよく分からないんだ。でも...」私は少し考えてから続ける。「これが君たちにとって大切な何かだってことは伝わってくるよ」


特別補佐官ソルフィーは、嬉しそうに体を震わせる。その振動が、私の体にも伝わってくる。不思議と、心地よい感覚だ。


「ねえ」私は小声で言う。「寝てる間に押しつぶしちゃったりしないよね?」


特別補佐官ソルフィーは、何かを否定するような振動を発する。どうやら、そんな心配は無用だと言いたいらしい。


「そっか。じゃあ...おやすみ」


私は目を閉じる。硫黄の香りに包まれ、隣では小さな生き物が穏やかな振動を発している。この状況が、数日前の自分に説明できるだろうか。地下文明で快適な生活を送っていた頃の自分に、「近い将来、君は硫黄臭い洞窟で異種族と添い寝することになるよ」なんて言ったら、きっと失笑されるだろう。


しかし、不思議なことに、この状況に居心地の悪さはない。むしろ、ある種の安らぎすら感じる。地下文明では味わえなかった、生々しい「つながり」の感覚。それが、この小さな生き物との添い寝によって、より鮮明になっているような気がする。


「ねえ、相棒」私は再び装備に話しかける。「私たち、なんだか『家族』みたいになってきてるね。君と私と特別補佐官くん。変な家族だけど」


装備は静かにハミング音を響かせる。まるで、同意しているかのようだ。


「『神様』って、案外悪くない仕事かもしれないな」私は目を閉じたまま呟く。「少なくとも、寂しくはない」


そうして、私は硫黄の香りと、小さな生き物の穏やかな振動に包まれながら、徐々に眠りに落ちていく。この荒廃した世界で、私は思いもよらない形で「居場所」を見つけつつあるのかもしれない。それが異種族との奇妙な同居生活だとしても、少なくとも、ここには管理社会も、思想スコアも、追放もない。


ただ、お互いを理解しようとする純粋な好奇心と、そこから生まれる不思議な絆だけがある。


「ふふ...」私は眠りに落ちる直前、小さく笑う。「『地上体験プログラム』って、本当に予想外のことばかりだな」


そして、私は特別補佐官ソルフィーの穏やかな振動に身を委ねながら、深い眠りへと誘われていった。明日はどんな「奇跡」が待っているのだろうか。その期待と、ほんの少しの不安を胸に、私はソルフィーシティーの夜の静けさの中で、新たな冒険の夢を見ることになるのだった。

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