第6話

「さて、特別補佐官くん。今日はソルフィーシティーの観光案内をよろしく頼むよ」


私は、ついさっき「生贄」として捧げられそうになったソルフィーに話しかけた。彼―まあ、性別があるのかどうかは分からないが―は、嬉しそうに体を震わせている。少なくとも、その感情くらいは伝わってくるようになってきた。


「ねえ、相棒」私は背中の装備に話しかける。「君は『異種族観光ガイド』っていうオプション機能はないの? あったら今すぐアップグレードしたいんだけど」


いつもの通り、装備からの返事はない。ただ、環境センサーが軽くビープ音を鳴らす。まるで「そんな便利な機能あるわけないでしょ」と言っているかのようだ。


「はいはい、分かってるよ。『地上体験プログラム』は自力でなんとかしろってことでしょ。まったく、親切じゃないなあ」


そう言いながら、私は特別補佐官ソルフィーについていく。彼は何やら熱心に体を震わせながら、ある方向を指し示している。


「ふむふむ。そっちが観光スポット第一号ってことかな? よーし、行ってみよう」


我々が向かったのは、巨大な硫黄の結晶でできた塔のような構造物だった。その周りには、無数のソルフィーたちが忙しそうに行き来している。


「へえ、これは『ソルフィー・エンパイア・ステート・ビルディング』ってところかな? 素晴らしい建築だね。設計者は誰なんだ? ソルフィー版フランク・ロイド・ライト?」


特別補佐官ソルフィーは、私の言葉に反応して激しく体を震わせた。どうやら、何か説明しようとしているようだ。しかし、残念ながら私にはその複雑な振動パターンの意味を理解することはできない。


「ごめんね、まだ君の言葉はよく分からないんだ。でも、これが重要な場所なのは伝わってくるよ。ありがとう」


我々はその塔の周りをゆっくりと歩く。近くで見ると、硫黄の結晶が複雑な幾何学模様を描いていることが分かる。それは、まるで意図的にデザインされたかのようだ。


「ねえ、相棒」私は再び装備に話しかける。「これって自然にできたものじゃないよね? ソルフィーたちが何らかの方法で作り上げたんだと思うんだ。でも、どうやって?」


装備は静かにハミング音を響かせる。データ解析中という意味だろう。しばらくすると、ディスプレイに簡単な分析結果が表示された。


「へえ、面白い。どうやら、ソルフィーたちの体から分泌される特殊な物質が、硫黄の結晶化を促進しているみたいだね。彼らは自分たちの体を使って、この建物を『育てている』んだ。まさに、有機建築の極みと言えるかも」


私はその発見に感嘆しながら、特別補佐官ソルフィーを見た。彼は、私が何かを理解したことに気づいたようで、嬉しそうに体を震わせている。


「すごいよ、君たち。こんな素晴らしい建築技術を持っているなんて。地下文明の建築家たちも、きっと驚くだろうな」


我々は塔の周りを一周し、次の目的地へと向かう。途中、ソルフィーたちが忙しそうに行き来する広場を通り抜けた。そこでは、何やら儀式めいた活動が行われているようだ。


「おや、これは『ソルフィー・フェスティバル』かな? それとも、日々の『お祈りの時間』?」


特別補佐官ソルフィーは、またしても熱心に何かを説明しようとする。しかし、やはり私にはその複雑な振動パターンを理解することはできない。


「うーん、やっぱり難しいな。単純な感情ならなんとなく分かるようになってきたけど、こういう複雑な説明はまだ無理みたいだ。ごめんね、もう少し時間がかかりそうだよ」


そう言いながら、私は周囲を観察し続ける。ソルフィーたちの動きには、何かリズムがあるように見える。まるで、目に見えない音楽に合わせて踊っているかのようだ。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかける。「彼らの振動、なんだかリズミカルじゃない? もしかして、これって彼らなりの音楽なのかも」


装備は再び分析を始め、しばらくするとディスプレイに結果を表示した。


「へえ、やっぱりね。彼らの振動には一定のパターンがあるんだ。しかも、複数のソルフィーの振動が互いに呼応し合って、より複雑なリズムを作り出している。これって、まさに『ソルフィー・シンフォニー』じゃないか」


その発見に、私は思わず笑みがこぼれた。


「すごいな、君たち。硫黄の香りに包まれた世界で、振動で音楽を奏でるなんて。ベートーヴェンだって驚くよ。いや、むしろ彼なら喜んで『交響曲第10番:ソルフィー』なんて書いちゃうかもね」


特別補佐官ソルフィーは、私の反応を見て嬉しそうに体を震わせている。どうやら、私が彼らの文化の一端を理解できたことを喜んでいるようだ。


我々はさらに歩を進め、ソルフィーシティーの別の地区へと足を踏み入れた。そこでは、無数の小さな洞窟のような構造物が広がっている。


「おや、ここは住宅街かな? それとも、『ソルフィー・オフィス・パーク』?」


特別補佐官ソルフィーは、ある洞窟を指し示した。どうやら、中を見てほしいようだ。


「了解、案内してくれてありがとう」


私は身をかがめて洞窟の中を覗き込んだ。内部は意外に広く、壁面には複雑な模様が刻まれている。そして、奥には何やら光る物体が置かれていた。


「へえ、これは面白い。まるで、古代の洞窟壁画みたいだ。君たちにも芸術があるんだね。しかも、あの光る物体は...ひょっとして彫刻?」


特別補佐官ソルフィーは、嬉しそうに体を震わせながら、さらに奥へと進むよう促す。


「よし、もう少し探検してみよう。『ソルフィー美術館』ツアー、楽しみだな」


しかし、その時だった。突然、地面が揺れ始めたのだ。


「おっと、これは...地震?」


私は慌てて洞窟から飛び出した。外に出ると、ソルフィーたちが慌ただしく動き回っている様子が見えた。


「どうやら、ただの地震じゃないみたいだね。ねえ、相棒。状況分析を頼むよ」


装備がスキャンを開始する。すぐに結果が表示された。


「なるほど。小規模な地滑りが発生したみたいだ。ソルフィーシティーの主要な通路が一部塞がれてしまったみたいだね」


特別補佐官ソルフィーは、明らかに困惑した様子で体を震わせている。どうやら、この事態は彼らにとっても予想外のものらしい。


「よし、案内してくれないか? その塞がれた場所へ行ってみよう」


我々は急いでその場所へと向かった。到着してみると、確かに大きな岩が通路を完全に塞いでいた。ソルフィーたちは、どうすることもできずにその周りをうろうろしている。


「うーん、これは厄介だね。でも...」


私は自分の装備を見た。そして、ニヤリと笑った。


「ねえ、相棒。私たちにできることがあるんじゃないかな?」


装備が軽くビープ音を鳴らす。了解の合図だ。


「ごめんね、みんな。ちょっと通してもらうよ」


私は慎重に岩に近づき、両手を岩に当てた。強化された筋力を使って、ゆっくりと岩を持ち上げる。


「うんしょ...どっこいしょ...」


汗をかきながら、何とか岩を脇に寄せることができた。


「はあ...はあ...これで道が開いたね」


特別補佐官ソルフィーは、驚きと喜びの振動を発している。他のソルフィーたちも、興奮したように体を震わせている。


「まあ、『神様』だからね。このくらいできなきゃ」


冗談めかして言ったが、実際のところ、誰かの役に立てたことに小さな喜びを感じていた。地下文明では、個人の行動が直接誰かの助けになるということは稀だった。すべてがシステムによって管理され、個人の行動の影響は数値化され、スコアに反映されるだけだった。


「ねえ、相棒」私は静かに呟いた。「こんな風に誰かの役に立てるって、実は素晴らしいことかもしれないね。地下にいた頃は、こんな気持ち、ほとんど味わったことがなかった」


装備は、いつもより少し長いビープ音を鳴らした。まるで同意しているかのようだ。


「『神様』って、案外悪くない仕事かもしれないな。少なくとも、スコアを気にする必要はないし」


そう言って、私は笑った。ソルフィーたちの歓喜の振動に包まれながら、私はこの奇妙な新世界での自分の立ち位置を、少しずつではあるが、見出し始めているような気がしていた。


「さあ、特別補佐官くん。観光ツアーの続きだ。この『神様』に、もっとソルフィーシティーの素晴らしさを教えてくれないか?」


特別補佐官ソルフィーは嬉しそうに体を震わせ、次の目的地へと私を導いていく。この荒廃した世界で、私の物語は思わぬ方向へと進み続けているのだ。そして、それは意外なほど心地よい冒険になりつつあった。


「ねえ、相棒」私は装備に話しかける。「私たち、なんだか『人生の意味』みたいなものを見つけ始めてる気がしないか?」


そう呟きながら、私は硫黄の香りに満ちた新たな冒険へと足を踏み出した。

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