第5話
朝日が硫黄の結晶に反射して、まるでディスコボールのような光景が広がる中、私は目を覚ました。ソルフィーたちが用意してくれた寝床は驚くほど快適だった。硫黄の結晶でできた小さな洞窟の中に、彼らの体から分泌される粘液で作られた柔らかなベッド。聞いただけで気持ち悪そうだが、実際に寝てみると驚くほど心地よい。
「おはよう、相棒」私は背中の装備に話しかける。「昨日の夢、信じられないくらい快適だったね。まさか硫黄の香りに包まれて眠れる日が来るとは思わなかったよ」
装備からは、いつもの通り返事はない。しかし、環境センサーが正常であることを示す小さなビープ音が鳴る。
「ああ、そうか。君にとっては硫黄だろうが何だろうが関係ないんだったね。羨ましいよ、本当に」
寝床から這い出ると、早速ソルフィーたちが集まってきた。どうやら、昨日に引き続き「神様」として崇められているようだ。
「おはよう、みんな。今日も元気そうだね。硫黄の調子はどう?」
彼らは一斉に体を震わせて応答する。その振動パターンは、どうやら「とても良好です」という意味らしい。少なくとも、私の直感センサーはそう解釈している。
「よし、それじゃあ朝の儀式...じゃなかった、朝の挨拶タイムだね」
ソルフィーたちは次々と私の前に並び、思い思いのものを差し出し始めた。これが彼らの「朝の貢ぎ物」らしい。昨日の夜、彼らの振動言語を少し学んだおかげで、なんとなく状況が把握できるようになっていた。
最初のソルフィーが差し出したのは、小さな硫黄の結晶だった。
「おお、素晴らしい。朝日に輝く君の姿そのものだね。ありがとう」
次のソルフィーは、何やら灰色の塊を持ってきた。
「へえ、これは...火山灰のかたまり?なかなか渋い趣味だね。ソルフィー・アートの最先端かな」
三番目のソルフィーは、錆びた金属の破片を差し出した。
「おや、これは昔の人間のものかもしれないね。考古学的価値があるかも。ソルフィー博物館に寄贈しようか」
そうして、次々と奇妙なアイテムが私の前に積み上げられていく。硫黄の結晶、火山灰の塊、錆びた金属片、奇妙な形の石...どれも人間の目から見れば「ガラクタ」だが、ソルフィーたちにとっては貴重な宝物なのだろう。
「ふむ、なかなかのコレクションだ。これで『ソルフィー・オークション』でも開けそうだね」
しかし、その時だった。一匹のソルフィーが、他とは明らかに違うものを差し出してきた。それは...別のソルフィーだった。
「えっ?ちょっと待って。これは...」
私は目を疑った。確かに目の前には、一匹のソルフィーが別のソルフィーを「貢ぎ物」として差し出している。しかも、差し出されているソルフィーは抵抗する様子もない。むしろ、誇らしげですらある。
「おいおい、冗談だろ? 『神様』だからって生贄を捧げられるなんて...こりゃ予想外だよ」
私は慌てて両手を振った。
「いや、待って。これは...えーと...」
どう対応すればいいのか、一瞬頭が真っ白になる。こんな状況、地下文明のマニュアルにも載っていなかったぞ。
「ねえ、相棒」私は小声で装備に話しかける。「こういう時のプロトコルってあったっけ? 『異種族から生贄を捧げられた時の対処法』とか」
もちろん、装備からの返事はない。ただ、いつもと少し違う音で環境センサーが反応している。まるで「私にも分からないよ」と言っているかのようだ。
「よし、落ち着け」私は深呼吸をする。「これは...文化的な誤解だ。そうに違いない」
私はゆっくりと、生贄として差し出されたソルフィーに近づいた。
「えーと、君。本当にこれでいいの? 別に強制されてるわけじゃないよね?」
ソルフィーは体を震わせて応答した。その振動パターンは...喜びに満ちていた。
「ああ、なるほど。君にとってはこれが最高の名誉ってわけか」
私は頭を抱えた。これは想定外の展開だ。かつて地下文明でのエシックス委員会での議論を思い出す。「異文化との遭遇時における倫理的ジレンマ」...まさか、その議論が現実になるとは。
「よし、みんな」私は声を張り上げた。「えーと...今日の貢ぎ物、とても素晴らしいよ。特に...この最後の『生きた貢ぎ物』はね」
ソルフィーたちは一斉に喜びの振動を発した。
「でもね」私は続けた。「神様である私には、みんなの命が等しく大切なんだ。だから、この子を特別扱いするわけにはいかないんだ。分かるかな?」
ソルフィーたちは、少し混乱したような振動を発する。
「そうだな...こうしよう。この子を『神様の特別補佐官』に任命しよう。他のみんなと同じように生活しながら、時々私のところに来てお話をする。それでいいかな?」
ソルフィーたちは、しばらく振動で話し合った後、同意を示す振動パターンを発した。
「よかった」私は胸をなでおろす。「これで政治的・倫理的危機は回避...かな?」
そう言いながら、私は「特別補佐官」となったソルフィーを眺めた。他のソルフィーとは少し違う模様がある。もしかしたら、本当に何か特別な個体なのかもしれない。
「さて、『特別補佐官』くん。これからよろしくね。硫黄の調子とか、みんなの様子とか、いろいろ教えてくれるかな」
ソルフィーは嬉しそうに体を震わせた。
「ふう...」私は空を見上げる。「『地上体験プログラム』って、本当に予想外のことばかりだな。地下文明のみんなに教えてやりたいよ。『ほら、私は異種族の神様になって、今や生贄まで捧げられる身分なんだぞ』ってね」
しかし、その瞬間、私は不思議な感情に襲われた。確かに、この状況は滑稽で面白い。でも同時に、ある種の責任感も感じる。この小さな生き物たちは、本気で私を信じているのだ。
「ねえ、相棒」私は再び装備に話しかける。「私たち、なんだか大変なことになっちゃったみたいだね。『神様』って、案外大変な仕事かもしれない」
装備は、いつもの静かなハミング音で応答する。
「そうだよね。でも、まあいいさ。少なくとも、ここには管理社会も、思想スコアも、追放もない。ただ、お互いを理解しようとする純粋な好奇心だけがある。それって、案外素敵なことじゃないかな」
私は、新たに任命した「特別補佐官」ソルフィーに向かって手を差し伸べた。
「さあ、今日も『神様』の仕事を始めようか。硫黄の香りに包まれた、この奇妙な楽園で」
そうして、私の「ソルフィー・シティー」での二日目が始まった。果たして、この異様な共生関係がどこまで続くのか。それとも、新たな展開が待っているのか。一つ確かなのは、この荒廃した世界で、私はまた新たな「関係」を見つけたということ。それがたとえ、ちょっとした誤解と奇妙な崇拝から始まったものだとしても。
「よーし、今日も『奇跡』を起こす一日が始まるぞ」
そう言って、私は硫黄の香りに満ちた新たな一日へと踏み出した。この荒廃した世界で、私の物語は思わぬ方向へと進み続けているのだ。
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