第3話

「おっと、これは意外なお客様ね」


女性の声だった。振り向くと、そこには中年の女性が立っていた。彼女の後ろには、おそらく夫であろう男性と、10代後半くらいの少年、少女が控えている。まるで、古い家族写真から飛び出してきたような光景だ。


「ごめんなさい、勝手に入ってしまって」と私は言った。「でも、ノックする扉がなかったもので」


女性は笑った。温かい笑顔だ。不思議と、緊張が解けていく。


「気にしないで。ここは誰のものでもないわ。私たちも、ただの"長期滞在者"よ」


彼女は私に近づき、手を差し出した。


「アナと言います。こちらは夫のマーク、息子のトム、娘のサラよ」


私は彼女の手を握り返した。「47X29B...じゃなかった。ナオキです」


「ナオキ」アナは微笑んだ。「素敵な名前ね。さあ、歓迎パーティーを始めましょう」


その言葉に、私は思わず眉をひそめた。パーティー?この荒廃した世界で?しかし、アナの家族は本当にパーティーの準備を始めたのだ。トムとサラは古びたテーブルを引っ張り出し、マークは何やら缶詰のようなものを開けている。


「君は運がいいよ、ナオキ」マークが言った。「今日は特別な日なんだ。缶詰のビーフシチューがあるんだ」


私は思わず笑ってしまった。「そりゃ、贅沢な。普段は硫黄ちゃんたちをエネルギー変換して食べてるからね」


サラが興味深そうに私を見た。「あなたの装備、新しいわね。地下から来たばかり?」


「ああ、そうさ」と私は答えた。「つい最近、『地上体験プログラム』に当選してね」


家族全員が笑った。皮肉な冗談が通じる相手がいるのは、なんだか心地よい。


テーブルを囲んで座り、ビーフシチューを分け合う。缶詰とはいえ、硫黄代謝生物から抽出したエネルギーよりずっと美味しい、気がする。まあ、結局は装備がエネルギー変換するだけだが。


「で、ナオキ」アナが尋ねた。「これからどうするつもり?」


私は肩をすくめた。「さあね。『荒野観光ガイド』でも作ろうかな。『灰色の砂丘と毒ガスの絶景、今だけの特別価格』なんて」


全員が笑った。しかし、その笑いの中に何か...違和感があった。まるで、彼らが何かを隠しているような。


「ここにいてもいいのよ」アナが優しく言った。「家族の一員として」


その言葉に、私は一瞬心が揺らいだ。家族...なんて温かい響きだろう。しかし、同時に警戒心も芽生えた。なぜそこまで親切にしてくれるのか?


「ありがとう」と私は言った。「でも、まだ荒野観光を満喫したいんだ。せっかくの『地上体験プログラム』だからね」


アナの表情が一瞬曇ったような気がした。しかし、すぐに笑顔に戻る。


「そう...それならせめて、夜はここで過ごしていってちょうだい。外は危険よ」


私は考え込んだ。確かに、ここは安全そうだ。しかし...


「ごめん、でも行かなきゃ」と私は立ち上がった。「日没前に次の観光スポットに着きたいんだ」


家族全員が驚いたような顔をした。


「でも...」トムが言いかけた。


「大丈夫」と私は笑った。「この最新型の装備があれば、荒野だって楽勝さ」


アナとマークが目を合わせた。何かを言おうとしているようだったが、結局何も言わなかった。


「本当にありがとう」と私は言った。「久しぶりに美味しい食事ができた。お返しに...そうだな、これをあげよう」


私は装備から小さな工具を取り出した。「最新型の修理キットだ。君たちの装備のメンテナンスに使えるよ」


アナが驚いたように目を見開いた。「こんな貴重なものを...」


「いいんだ」と私は笑った。「荒野の旅人たちで助け合わなきゃね」


別れ際、家族全員が私を見送ってくれた。彼らの表情には複雑な感情が混ざっているように見えた。後悔?安堵?それとも...


荒野に踏み出しながら、私は振り返った。アナたちは依然としてそこに立っていた。


「じゃあね」と私は手を振った。「もし『荒野リゾート』を作ることになったら、特別割引しておくよ」


彼らも手を振り返してくれた。その姿が見えなくなるまで、私は歩き続けた。


夜の帳が降りてくる。私は装備のライトを点灯させた。


「さて、親愛なる相棒よ」と私は装備に話しかけた。「あの家族、ちょっと変だと思わなかった?」


もちろん、装備からの返事はない。


「まあいいさ」と私は続けた。「これも『地上体験プログラム』の醍醐味ってことにしておこう」


私は荒野の中を歩き続けた。背後には『荒野のペントハウス』と、そこに住む謎めいた家族。前方には未知の冒険が待っている。


「ふふ」と私は笑った。「人生って面白いね。地下にいた頃には想像もできなかったよ」


灰色の空の下、私の旅は続く。そして、この過酷な世界で、私はようやく本当の意味での「自由」を感じていた。それが祝福なのか、呪いなのか...それはまだ分からない。でも、それを探る旅こそが、今の私の人生なのだ。


「さあ、次はどんな『観光スポット』が待っているかな」


そう呟きながら、私は灰色の地平線へと歩みを進めた。この荒廃した世界で、私の物語はまだ始まったばかり。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれる。


この世界で生き抜くには、ユーモアが必要不可欠だ。だって、笑えないような状況で笑えるということは、まだ希望があるということだから。


「ねえ、相棒」と私は装備に話しかけた。「君は今の私のジョークをどう思う?」


沈黙。


「そうだよな」と私は笑った。「まだまだ練習が必要だね」


そうして私は、次なる冒険へと歩みを進めていった。この荒廃した世界で、私の旅はまだ始まったばかりなのだから。

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