第2話

灰色の地平線に、ようやく人工物らしきものが姿を現した。まるで砂漠の中のオアシスのように、それは私の目を引きつける。もっとも、オアシスには緑があるだろうが、ここにあるのは灰色だけだ。


「おや、なんだか懐かしい匂いがするぞ。文明の香り...それとも単なる錆びた金属の臭いか」


「ねえ、相棒」と、背中の装備に話しかける。「君はどう思う?あれは歓迎会場かな?それとも、私たちのような放浪者用の豪華ホテル?」


もちろん、装備からの返事はない。でも、話しかけずにはいられないんだ。この過酷な環境で、唯一の友人である装備に話しかけることが、私の正気を保つ唯一の手段なのかもしれない。


装備のズーム機能を使って、その構造物をよく観察する。どうやら、かつての工業用施設の一部らしい。錆びついた鉄骨がむき出しになった壁、半ば崩れかけた屋根。まるで時間が止まったかのような光景だ。


「ふむ、建築様式は『ポスト・アポカリプス・モダン』といったところかな。素敵なホテルになりそうだ」


構造物に近づくにつれ、不自然な痕跡が目に付き始めた。灰の上に残された足跡。無造作に放り投げられたような金属の破片。そして...人の気配。


「おや、ここにも『お客様』がいらっしゃるのかな」


心臓が早鐘を打ち始める。久しぶりに感じる緊張感に、思わず笑みがこぼれる。


「ったく、こんな状況で笑うなんて。本当に頭がおかしくなったのかもしれないな」


そう呟きながらも、私は装備のスキャン機能を起動させる。生命反応...なし。少なくとも今この瞬間は、私以外の人間はいないようだ。


建物の入り口―というか、崩れた壁の隙間―に近づく。中に入るべきか、それとも離れるべきか。一瞬、迷いが生じる。


「ねえ、親愛なる装備くん。君ならどうする?」


当然、返事はない。私は深呼吸をして、決意を固める。


「よし、行こう。最悪の場合でも、『地上体験プログラム』が早めに終了するだけさ」


皮肉な笑みを浮かべながら、私は建物の中に足を踏み入れる。


内部は予想以上に広く、薄暗い。装備のライトを点灯させると、思わず息を呑む光景が広がっていた。


「まさか...ここは...」


目の前には、明らかに人の手が加えられた空間が広がっている。粗末なベッド、簡易的な調理器具、そして壁には何やら走り書きされたメモ。どうやらここは、私と同じ追放者たちの"住処"らしい。


「ふーん、『荒野のペントハウス』ってところかな。景色は最高だけど、ルームサービスは期待できなさそうだ」


冗談を言いながらも、私の頭の中では様々な思考が駆け巡る。ここの"住人"たちは今どこにいるのか。彼らは友好的なのか、それとも...


ふと、地下文明での最後の日のことを思い出す。


「おめでとうございます、市民ID-47X29B。あなたは地上体験プログラムに選ばれました」


AIの声が、まるで褒美を与えるかのように告げた。そのとき私は、これが単なる婉曲表現だと気づいていた。"追放"という言葉を避けているだけだ。


「ありがとう、でも『当選』を辞退することはできないのかな」


そう返したときの、周囲の同僚たちの表情を今でも鮮明に覚えている。同情、恐怖、そして...安堵。彼らではなく私が選ばれてよかった、という安堵感。


「まあ、人間らしいといえば人間らしいか」


苦笑しながら、私は部屋の中を探索し始める。壁に貼られたメモには、食料の在庫リストや簡単な地図らしきものが書かれている。そして、驚くべきことに、地下文明の入口の位置を示す印まであった。


「へえ、こいつらも"故郷"が恋しくなったのかな」


しかし、その地図を見ていると、不思議な感情が湧き上がってくる。地下に戻りたいという欲求と、この自由な―それこそ命がけの―生活への未練。矛盾した感情に、思わず苦笑してしまう。


「ったく、人間って奴は。安全を求めながら、危険に惹かれる生き物なんだな」


探索を続けていると、装備の警告音が鳴り響く。誰かが近づいてきているようだ。


「おっと、パーティーの主役たちの登場かな」


急いで隠れ場所を探す私の頭の中で、様々な可能性が駆け巡る。彼らは友好的だろうか。それとも、敵対的だろうか。あるいは...私を仲間に誘うかもしれない。


「さて、どんな『歓迎パーティー』になるかな」


皮肉な笑みを浮かべながら、私は息を潜める。この瞬間、私は奇妙な高揚感を覚えていた。地下文明では決して味わえなかった、予測不可能な状況。それは恐ろしくもあり、同時に...どこか心躍るものでもあった。


「ま、生きているうちが花よ。『天上体験プログラム』は、きっとつまらないもんね」


そう心の中で呟きながら、私は来たるべき"出会い"に備える。この荒廃した世界で、私の物語はまだ始まったばかり。そして、その先には何が待っているのか―それを想像するだけで、不思議と笑みがこぼれる。


「さあ、ショータイムだ」


足音が近づいてくる。私の新たな人生の幕が、今まさに上がろうとしていた。

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