第6話
腕時計で時刻を確認すれば、サクとの待ち合わせ時間より20分ほど超過していたため、足早に集合場所へ向かっていた。
「大分遅れたな。怒ってないといいけど」
あのぼんやりとしたサクが起こっている場面も、それはそれで見てみたいものではある。しかし約束したからには果たすのがぼくの信念。例えそれが遅れていたとしてもだ。
「たしかここら辺だったと思うけど……いないな」
解散した場所に到着し、辺りを見渡す。しかしサクの影はどこにもない。それどころか昼前になって人の量が増えてきてどうにも動きにくい。大変困った事態だ。ここで手をこまねいていると、更に人も増えてどこか人ごみにさらわれてしまう危険性がある。早急に事態を解決しなくては。昼食のために!
「仕方ない、使ってみるか」
あまりこういうのはすきじゃない、というか誠実さに欠けるから気が引けるのだが……やむを得ない事態としよう。
そこから人の目を避けるため、近くのトイレの個室に入る。
そして左手につけた腕時計型デバイス、つまりメイン機を起動。すると、HUDのように緑色のフローティングウィンドウには『Welcome』『System Connected』と表示される。
そこから地図情報を選択すると画面が変わり、動くドットが多数表示される。そこから余分な情報を排してサブ端末だけを絞り出す検索をかけると、一つのドットにマーカーが打たれる。
というのもサクに渡したサブ端末はこのメイン機と連携しているため、サブ端末のGPSを使って位置を割り出すことはもちろん、他にもいろいろ、そう、なんかこの、決済とかPIDとかの設定をこう、いろいろできるのだ!……多機能ってロマンもあって便利だけど、使いこなせないと同じ機能しか使わないよね。つまりそれ。
そんなことを思いながら、記憶していた施設内のマップとうたれたマーカーの位置を脳内で照らし合わせる。
「西エスカレーターか……よし」
上下階をつなぐエスカレーターがジグザグを描く広い吹き抜け、そこに向かえば案の定白髪がトレードマークの少女がそこに立っていた。傍にはオシャレな意匠の紙袋二つ、そして三人の男。
「男……なんで?友達?」
この短時間に男を侍らす術を身に着けたのだろうか……もしかして魔性の女という奴?一体どんな術で……
とりあえず、気づかれないように近くに寄りどんな会話をしているのかと聞いてみる。
「ねえねえ。きみさぁそこにずっと立ってるけど、もしかして約束すっぽかされたの?なら俺たちと遊ばない?」
一見誠実そうな優男が誘っていた。
「………」
しかしサクは沈黙を保つ。
「もう30分もそこで立ってるじゃん。俺らと一緒にメシでもどうよ」
次はナンパしてそうなチャラい男が誘う。
「………」
しかしサクは沈黙を保つ。
「おいおい無視は傷つくなあ、でも可愛いから許しちゃうよね。だからさ?そこらへんの店でスイーツだけでもさ」
次も、ナンパしてそうな男(その2)が誘う
「………」
やはりサクは沈黙を保つ。
どうやら男をはべらせているわけではなく、立場としては逆で一方的に話しかけられるだけでサクは黙って下を見続けている。なんともメンタルが強い子だ。あとどうでもいいが、その2の言う『だからさ』の使い方が違う気がする。
どうやら待たせた挙句にナンパの標的になってしまっていたらしい。
…………ぼくのせいじゃん!悪いことをした、こんなところで盗み聞きしてる場合じゃないぞ!
「あ、そのー……ごめんね、またせた」
「っ!」
「ぉうふ」
声を掛けるやいなや、サクはがばっと顔を上げてぼくの胸に勢いよく飛び込んできてむせる。
顔を埋めてるから表情はわからないが、身体が震えていることから相当怒ってるみたい。これは相当ご立腹の様子。
「なんだよ、ツレいんじゃん。次行こうぜ」
「ん?あぁ」
幸運なことにチャラい男たちは、第三者の介入によりその場を離れようとしてくれた。
「なぁ、ちょっと待て」「どうした?」
……してくれたのだが最後の一人、優男だけは動かなかったせいであとの二人も途中で戻ってくる。
なぜ動かなかったか。それは男が睨めつける視線でぼくを見ていたからだ。
人にじろじろ身体を見られるのはいい気分じゃない。特に高圧的な態度の人間からは。
「お前、邪魔すんじゃねぇよ」
男は威圧するように触れるか触れないかの距離まで近寄ってきた。
……この人もしかしたら。いやそんなことはどうでもいいか。
「邪魔なんかしてないよ。あのさ、彼女のご機嫌を取らないといけないから行っていい?」
「駄目に決まってんだろ。なめてんの?」
「ちょっとちょっと。もう諦めて次行きましょうよ」
「別にその子じゃなくてもいいじゃないっすか」
「うるせぇな。てめぇらは黙ってろ」
君たち友人じゃなかったのか。
「あのさ、お前がその女とどういう関係か知らねぇけど、先に手つけたのこっちなんだわ。怪我しないうちにどっか行けよ」
「えぇ……?」
理不尽だ。こちらに遅れた非があるとはいえ、しかしそれはサクに対してだけ。このいかにも武術やってますよアピールをする男にだけは負けたくない。
……よしやったるか!
そう思い一歩前に進もうとした瞬間、裾を引っ張られる感覚。
「ダメ……」
「サク?」
「行ってはダメ。お願い……」
俯いて表情は見えないが、つまむ指が震えていた。
ぼくとしては依然やる気満々ではあったが、サクがそういうのなら代案を考えるまで。
そして名案を考え付く。その間おそらく三秒……普通だな!
「じゃあさ、お金あげるから帰ってくんない?それでいいでしょ」
「ほらツレもそう言ってるみたいだし、諦めましょうよ」
「……ちなみに、いくらぐらいくれるんすか?」
「そうだな……100万くらい?」
「100万だと……?」
突然の申し出に困惑する男たち。もちろんただでこのお金をやるつもりはなく、条件を付ける。
「そう、100万。でもその代わり条件がある。今後は他の女の子、まぁ男でもいいけど……にむやみやたら声を掛けないこと。これでどう?」
「おいまじかよ!最高じゃん!」
「なにもしてないのに3人で分けても30万っすよ!こいつの言う通りにしましょうよ!」
湧きたつ外野、しかし相対する男は鼻で笑う。
「はっ!たかだが100万で俺と対等になったつもりか?足りねぇな。そもそもこのガキに払えるわけねぇだろ。てめぇらも足りない脳みそで少しは考えろ」
事実はどうかは別として、当然の指摘ではある。むしろそれをむやみに信じて喜ぶ外野の方がおかしい。
だが、ぼくは出来ないことを約束しないし、嘘を言うつもりもない。
だから、『足りない』というのなら上乗せするまで。
「じゃあ500。それならいい?」
「お……おいまじか」「……500万?ガチ?」
「残念だけどこれ以上は無理だし、この約束が履行可能かどうかは同意しない限り証明のしようがないよ。もちろんぼくとしては払えると言っておくけど」
「ふん」
呆気にとられる二人とは逆に男は逡巡する仕草を見せ、しばらく考える。
こういうのはおっさんに任せた方がうまくいくんだろうけど、やっぱり交渉するのは僕には向いてないな、はっきり言って苦手だ。
「ごめんなさい……私のせいで」
「……いいよ別に」
裾をギュッと握るサクが小さくつぶやいた。
安いもんだ。腕の一本と比べれば。
そう言おうとしてが、なんとなくやめてそっけない言葉になっちゃった。
「……いいだろう」
言いながら男は懐から民生品とは少しデザインが異なるPIDを取り出し、男は続けた。
「だが貴様の言葉が嘘だった場合……わかっているよな?」
そんな怖い声で言わなくても……こわいこわい。
「もちろん。だけど君も約束、しっかり守ってね」
「ふん」
サクからサブPIDを貰い、送金手続きをする。
うげっ、手数料めっちゃ取られる……高すぎない?
ウン十万の手数料を払う覚悟をして、お互いのPIDを重ねる。すると画面上に《COMPLETE》の表示と共に、送金完了の通知音がなる。
男はしげしげとPID画面を見つめ、何かしら操作をしている。おそらく口座を確認しているのだろうが正真正銘、ぼくのお金。決して詐欺表示ではない。
ひとしきりPIDを操作したら満足したのか、その場を後にする優男。
「……いくぞ」
「ちょ、まってくださいよ!」「俺らの分は!?」
残った二人も追従していき、取り残されたぼくたち。
これにて一件落着ということ……まだサクの件があったわ。
「いやー、ごめんね遅れちゃって。もっと早くに終わらせればよかったよ。それにしても、あの調子だと二人にはお金渡されないかもね。ははっ」
「…………」
無言。
「……早速だけど昼食にしょうか。何が良いかな?あ、そうだ!それが終わったら今朝見てたデザートでも行こうか。うんそうしよう」
「…………さぃ」
「え?」
「……ごめんなさい。私のせいで……ごめんなさい」
どうにも様子がおかしい、いつもの捉えようのない雰囲気は鳴りを潜め、しおらしくなってる。もしかしたら昨日の今日で用事を詰めすぎたか?でも明日から学校だし……
「気にしないでいいよ。もともと遅れたこっちが悪かったんだからさ。それよりお腹空いたでしょ、昼食にしようぜ。ほら、なんか食べたいものがあったからこっち来たんでしょ?」
「それは……」
近くには全館内の情報が表示されているホログラフィックマップが置かれている。今朝の服屋からの最寄りマップはここだから妥当な推理じゃなかろうか。現にサクの反応を見るにあながちハズレじゃないと確信できる。
「あなたの好きなもの知らないから、一緒に好きなもの食べたかったから……」
「そっか、ありがとう!ぼくのために悩んでくれて」
「ぅ、うぅ……」
やや強引に頭を撫でて意識と話を切り替えてから、ホログラフィックマップに向かう。
「じゃあさ、一緒に探そうよ。昨日食べたオムライス専門店もあるよ」
「……オムライスは作ってくれたの食べたい」
「嬉しいこと言うじゃん。おっ、バーガー屋あるよ!すきなんだよねハンバーガー」
「ハンバーガー……サンドイッチの一種」
「食べたことない?興味あるなら行く?」
「……行きたい」
「よし行くか、荷物持つよ」
紙袋を持って店に向かう。
少しばかり乱暴ではあったが、これで本当に一件落着ということだ。
ハンバーガーたのしみすぎるなあの店ならやはりデラックスいやしばらくいってなかってからダブルなんかいいかもしれないもちろんサイドもドリンクも出し惜しみせずサイズアップなんかしちゃったりしてでもオーソドックスなアボカドベーコンチーズなんかもいいあー迷うな。
「……ありがとう」
サクの小さい声が、雑踏の中でも聞こえた。
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