第4話


目を覚ますと、背中に当たる感触に違和感を感じる。


「……ふぁぁ」


身体を起こして、状況確認。どうやらリビングのソファで寝ていたらしい。


「そうだった」


昨日は輩に絡まれていた少女サクを家に泊めたのだった。慣れないことをして忘れていた。


ここで寝ていた理由も思い出した。


昨日あの後、下宿先でありがちな「君がベッドで寝なよ」とか「いや私が床で寝るから家主は~」とかそういうやり取り───をする前に、彼女は食事が済んだら気絶するように椅子で寝ていたのだ。


死んでるのかと思ったし、思わず二度見した。


片づけの為に目を離したら次の瞬間には首が項垂れていて、だけどずり落ちない程度にギリギリ座位を保って寝ているんだもの。


だから彼女をベッドへ運び、ソファで寝たのだ。本当はそういうやり取りをしてみたかったのだが、寝てしまったら仕方ない。


「さてと、完成」


朝食を作り終わり寝室へ向かえば、ベッドでサクはすやすやと眠っていた。


年頃の女性、しかも同年齢であろう少女の寝顔を見るのは些かの罪悪感が無きにしも非ず。しかし食事はデリカシーに優先するのだ。


「朝食できたよ」


「ん……」


ペチペチと頬を軽く叩くと、寝ぼけまなこをこすり身体を起こす。


「ッ、おはよう……ございます?」


辺りを見渡し、ぼくの顔を見た一瞬、驚いたように目を大きくした。


「顔洗っておいでよ、朝食できてるから」


「わかった」


サクを待つ間、カップを用意してから席に着く。


卓上には目玉焼きにトースト一枚とオーソドックスでシンプルな食事が並び、飲み物は選べるようにホットコーヒーかミルクを用意してある。


ちなみに目玉焼きには醤油しか用意していないしする気もない。


顔を洗って、少しは目を開いたサクが対面の席に着く。


「じゃ食べようか」


「……いただきます」


ぼく自身食べるのは早い方だし二人前なんて予定外だったから量も少なく、五分もせずに食べ終わる。


そこでコーヒーを啜りながら、食事風景を見てみることにした。


サクは目玉焼きをゆっくりと検分するように食べていた。加えて一口がとても小さいのか8割も食べて終えていない。


そういえば、昨夜は物珍しそうに矯めつ眇めつオムライスを見ていたが、一口食べるとあっという間に平らげていた。昨夜と今朝の食事速度が違うのは、思うに昨日丸一日は食べていなかったのだろう


だから今日はしっかり三食食べえさせてあげるつもりだおいおいおいこいつ醤油かけないで食べてやがる!


「目玉焼きは醤油かけて食べるんだ」


「初めて食べるから、最初はいらない」


「なにっ!?」


まさかの通の食べ方。


もしや貴様、”隠れ塩派”ではあるまいな?


「そっか。まぁ好きに食べると良いさ。だけど半熟で焼いたから黄身は綺麗に食べて欲しいな」


「?」


小首をかしげるサク。


もしや黄身を知らないのか?


「ふっ……いいだろう。教えてあげるさ委細すべてを!」


くっくっく。目玉焼きとトーストのあるべき姿……”溢れた黄身にパンをつけて食べるとめちゃ美味い!”のやり方まで教えてやろうではないか!



△▲△


▼▽▼


サク用の服も食料も足らない事からひとまず出かける運びになった。


そしてとりあえず渡した服を着てもらうことになった。


「うん似合ってる。ばっちり!」


「これは……制服?」


彼女が今着ている服は制服。それもぼくが通う『八咫学院高等学校』のもの。白と黒のツートーンを基調として朱色のラインがアクセントになった制服だから、白髪で赤眼のサクには特段映えて良く似合っている。


「女子の制服をなんで持ってるの?」


「いやー似合って良かったよ。タンスの肥しになっちゃうところだったから一回は出番はないとね」


「……誤魔化した」


もらったんだほんとだよ。べつに欲しくて買ったわけじゃないから。


「よし。準備できたから行こうか」


「わかった」


外は春の麗らかな空が広がり、昨日の雨が嘘のように晴れ渡っている。


いやちょっとジメジメしてるか。


「……」


「……」


都市部に向かうため駅へと向かう道中、会話がないことに気づくき、なんとなく思ってたことを口にしてみる。


「そういえば昨日、オムライスを初めて食べたの? それともお腹減ってただけ? すごい勢いで食べてたけど」


「うん、初めて食べた。ケチャップライスというもの初めて。オムライスすごかった」


「へぇーそうなんだ」


「それにお腹も減ってた。三日……ううん四日、ぐらい食べてなかった」


「はー、四日も食べてなかったんだ……四日も!?」


死んじゃうよそれは!


「三日ぐらいなら食べなくても大丈夫だったけど四日は辛かった」


「なんてこったい……」


ホームレスともなるとそこまで貧困にあえぐことになるのか。一見すれば健康体に見えるサクの体も、実は脱ぐと痩せ枯れているすごいのかもしれない。


そう思うとなんだか……なんだろう……やっぱなんもないわ。


「じゃあ今日は三食しっかり食べよう」


「わかった」


そんな会話をしていると都市部に向かう駅に到着する。ぼくが二人分の運賃を払い乗車する。車内は満席で立つ人間が多少いるくらい、せいぜい20分程度だから苦ではない、はず。


行先は『独立行政国家グラウンド・ヨコハマ』の執政管理本部、つまりこの国の首都。


いわゆる都会だ。


今回は食品のほかにも彼女の日用品や服飾を目的としているため、揃えたいものは大体揃うはず。


「ねぇ」


ぼくが電車のなだらかな慣性に身をゆだねていると袖をくいっくいっと引っ張られた。


「あれはなに?」


「ん?」


サクが指さすは車内広告のホログラフィックサイネージ。それが映し出していたのは立体的に表現された建造物だった。


こういう浮かび上がる立法体って見てて、面白くて割とすきだったりする。


「あぁ。あれは『海上試験都市』っていう人が住めない町のことだよ。名前は『ピトス』だったかな。まだ完成してないけどね」


立体的に表現されたピトスと付随するように進捗状況を軽くさらった後、政治的な情報に切り替わる。ピトス建設に関して、エネルギー規制委員会の声明やら反対派の主要な人間が会見を欠席しただの、見ていて退屈なメインであろうピトスの情報が流れていた。


「それじゃない」


違うのかよ


「さっきやってたのは……あっ、これ!」


指さすのは先ほどとは反対側の広告。そこに書かれていたのは───”これやばくねっ!?オシャレも具材も盛りすぎでしょッ!!洒脱な街衢と瀟洒な甘味処特輯”


「いやなんだこれ」


一瞬多言語かと思った。オシャレなのか瀟洒なのかわからないし、そもそも具材がてんこ盛りだったら洒脱ではないだろうが。


というか街衢がいく特輯とくしゅうも見慣れない言葉過ぎる。よくGOサイン出したなこの広告。前半と後半の温度差がやばくねっ!?とはならなかったのか。一体どんな中身なのか見てやろうじゃないか。


そう思い見てみれば、タイトルから打って変わって特集内容はごく真面目だった。喫茶店のパフェやらレストランのデザート、フルコース料理のドルチェだったりと実に幅広く、そしてポイントを押さえ簡潔に紹介していた。


へぇそんなものもあるのかー機会があったら行ってみようか、なんて感心して見ていたらエンディングまで見ていた自分に驚いた。


奇抜なタイトルはフェイク、一見すれば意味不明な掴みで内容に引き込んでいくスタイル。なるほど、これは一本取られた。素直に称賛に値する。


「で、どれが気になったの?」


「喫茶店アメミヤの”レガシーパンケーキ”」


「あぁあれか」


パンケーキにレガシーとは如何なものかと、印象的だったから覚えている。


「昼食食べたら行ってみる?」


「い、いいの?」


「うっ……うん。いいよ。そんなに遠くないし」


「うわぁ……!」


目を輝かせ、期待に満ちた視線を向けられたら否定はできないし、そこまで嬉しそうだとなんだか背中がこそばゆくて思わず視線を逸らす。


女の子は甘いものがすきだと聞いたことがある、都市伝説だと思っていたが事実だったらしい。


まぁぼくも甘いものすきだしちょうどいい。


《”執政管理本部”に到着 ドアが開きます》


開くドアを前にして歩き出す。


「行こうか」


「うん」


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