第3話
「ふぃぃー……つかれた」
変人もとい誘拐犯に殴られたお腹が痛い。
というより少女を誘拐しようとするなんて、なんという鬼畜。ぼくが許しても、世間が許さないだろう。
しかし『世間というのは、君のことじゃないのか』という言葉もある。これに従えば世間はぼくであり、ぼくは世間。つまり”新世界の神”……ってこと!?
「そのためには手がきれいな女性を殺さないと」
そんな奇妙なことするより、件の少女をどうするかだ。
助手席に座る少女は今にも閉じそうな瞼を頑張って開いてはいるものの、うつらうつらとしている。
とりあえず眠らせないよう肩をゆすりながら声を掛ける。
「大丈夫? 生きてる?」
「さっき、のひと……?」
「そうそう。さっきの人。大丈夫? 眠いの?」
「う、ん……おなか、減ってる……力がでない」
そんなアンパンマンみたいなことが現実に起こるのか。
なんとひもじい。妖怪のせいに違いない。
「雨弱まってきたし、とりあえず……家にでも来る?」
弱まってきたといっても体感少ないかな程度。だが、ここにいるより家に向かった方が食事も暖房も風呂もある。
とは思ったが、普通知らない人の家に上がるのに抵抗があるよな。
そう思いながら、少女の答えは───
「……いく」
「そっか、来るんだ……」
提案した手前言いにくいがこの子、図々しい子かも。
△▲△
▼▽▼
大して広くもない普通のごく一般的なマンションの一室、ぼくの部屋に迎え入れる。
まずは風呂。万病は冷えからくるのだ。テキパキと用意する。
「タオルはこれね、着替えはここに置いとくから。ある程度は好きにしてよ」
「ん……」
少女を脱衣所に残して、ぼくは濡れた服を着替える。
名も知らぬ少女を風呂に入れるなんて、思いもしなかった。
「これこそ『なんかいいこと』。モノローグした甲斐があるってもんだ……しっかし、女の子拾うなんて。少し突飛すぎるよ……」
もしかして女子高生の可能性が? でも髭を剃った覚えなんてないし。
「もっとわかりやすくトラックに轢かれるような主人公のモノローグにすればよかったか……」
気を取り直して食事を作る───その前に。
「誘拐犯から拝借した物でも整理しようかな!」
いきなり襲い掛かってきたし、怪我の分は賠償してもらわないと……ということでいただいた品々。
始めに取りだしたるは……
「注射銃! 効果は即効性の……ナニカ」
ライトに透かしても、中身は無色透明でよくわからない代物。それに男2が持っていた一発分しかない。
死には至らないことは分かっているから、とりあえずもらった。
いつかのためにとっておく。
「眠れない夜にでも使ってみよう。次は……メガネ!」
もといサングラス。
ただし、ただのサングラスと侮るなかれ。なんとこのサングラス……ワンタッチで伊達メガネとサングラスを切り替えることができるのだ!
これはかなりのおしゃれアイテムだから夏には大活躍するだろう。しかも二つ分。予備としてとっておこう。
あとおまけ程度に、夜間でもよく見える赤外線レンズや、目的地を設定したらARによるルート表示機能もあるみたい。特に使わないかな。
「あとは……別にいいか。残りは全部質屋に売りに行こう」
「……なに、してるの」
「おっ、あがったのか」
振り返れば、ぼくの女装用
……ちなみにぼくは女装癖もないし、この浴衣はもらいものだほんとだからうそじゃないから!
「うんうん可愛い可愛い、でも髪は乾かそうね床がべしょべしょだよ?」
「使いかた……わからない」
浴衣は着れるのに、ドライヤーの使い方を知らないなんてことがあるのか? お嬢様かよ。
「じゃあそこに座ってて」
「ん……」
タオルドライからはじめて、その後に弱い温風を当てながら銀髪をクシでとかす。
その最中に気になっていたことを質問してみた。
「聞いてもいい?」
「……なにを」
「君がいたあそこ。ほら、電柱で寝ようとしてたところ。わかるかな?」
「別に……寝ようとしてたわけじゃ、ない」
「そうだったの? じゃあ何してたの?」
「…………」
言いたくないのか口を閉ざす少女。
たしかに、人には誰にも言いたくない秘密が存在する。そのことを他人であるぼくは咎める気はないし、権利もないだろう。
もっとも、電柱で寝ようとした理由がまともであるはずがないのだから事情はどうあれ、人に言うことがはばかられるのも無理はない。
きっとホームレスだとかそういうアレなのだろうこの子は……そういえば名前聞いてないな。
「ところでさ、名前はなんていうの?」
「名前……個々の人、物事を特定識別するための名称のこと……?」
「え?あぁ、うん。それそれ」
うわめんどくさいやつだ。
こういう人間は友達はいるか、と聞いたら「友達の定義を教えてくれ」とか言うやつに決まってる。ぼくはそういう人間は煩わしいからすきじゃない。
……え?『そんなお前は友達がいるのか』って?じゃあまず友達の定義を───
「……ない」
「『ない』……?名前ないの?」
「うん」
「ふーん、じゃあ【サク】ね決定。ぼくは彼方 ソラ。よろしくサク」
「ぇ……んん?……ありが、とう?」
得心してなさそう。まあ、気に入らなかったら後で変えればいい。
「じゃあさサク。あの場所で女の子の声しなかった?」
「声?……よくわからない。聞こえなかった……と思う」
「はぁぁ、そっかぁ……」
「……あそこに、なにかあったの?」
「んー、いや別に大したことじゃないんだけど、実は───」
その時にあった”声が聞こえてきた”あらましを説明する。
「オカルトとかすきなんだよねー、幽霊会ってみたかったなぁ」
「それって、もしかしたら……」
「うん?」
「……やっぱりなんでもない」
「ふーん……まぁいいや。それと今日は泊っていきなよ。まだ雨降ってるし」
「……うん。ありがとう」
「じゃあ食事にしようか」
お腹が減っていると言っていたし、なによりとても眠そうだから今夜だけでもとりあえず泊めてあげる。
それに明日は学校も仕事も休み。必要ならサク用の日用品でもそろえてあげよう。
ぼくもホームレスの自立を促せる程度には善意を持ち合わせている良い人のつもり。
決して『なんかいいこと』の延長戦であるとは思っていないよほんとだよ。
「ごはん……」
「なにが食べたい?……といいたいところだけど、冷蔵庫には限られた食材しかないので今日はオムライスです」
「オムライス……聞いたことある。『オムレツ』と『ライス』を組み合わせた和製英語から成る日本発祥の料理」
「あぁ、うん……そうだね」
まるで生き字引みたいな子を拾ってしまった。
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