未来からの手紙

@umecha-zukeee

未来からの手紙

「今日は晴れてよかったわね、しん!いいわよ!ピクニック日和だわ!」

少しじめっとしつつ、肌にひりつく真夏の太陽が斜めに覗いている感じがする。

うるさいセミの声が耳に刺さる。そんな不快感とは反対に爽やかな夏の香りが鼻に入っていく。

「もうそろそろご飯にしましょ。ほら、ここに座って」

日差しに目を刺され、目を開けてみると、純白の模様が目に入る。

「見てみて!あの雲、ライオンみたいな形してるよ!あのね、僕の将来の夢はライオンみたいに勇敢になることなんだ!」



勇敢な僕へ

ライオンのようになること、それが僕の夢だった。周りと比べれば臆病で恥ずかしがりな性格だろう。自分の心を伝える勇気もない。羨ましかった。悩みや本音を話し合って、一緒に共感し、傷を分け与えられる。それに比べて、傷をひとりで抱え、心に積もっていく。そんな状況に慣れる自分も怖かった。だけど、どこかでそんな自分を肯定してほしかったんだろう。


 (ん?なにかに突かれてる?)

背中に違和感を感じて身を起こし振り返ると、そこには親友であるいち かおるがスマホでつんつんしていた。

「なにをしてんの?」

「いやー、いつ起きるかなーって思って」

普段クールな薫がどうして?と動揺している暇もなく次の話題が飛んできた。

「ってゆうか、これ見ろよ!今のトレンド1位!」

そこにある記事を読んでみると、そこには全身が鏡に映ると反射した姿が動物に見える怪奇現象がのっていた。映る動物はその人の現在の性格によって変化するらしい。

「薫は驚かなかったのか?」

ふと疑問に思ったことを聞いてみる。

「そりゃーさっき確認したからな。俺は犬だった。珍しくもなくてつまらないよなー」

確かに珍しくもないが仲間思いだし、頭もよく回る方だから妙に腑に落ちた。

「お前は何になるか確かめないのか?」

「いや、俺は今はいいかな。あんまり興味ないし」

俺が断った理由はもし自分のイメージと違った場合、どう思われるか心配していたからだ。薫のそんなこと関係なしに公開してくる心に関心しつつ、自分の保身で精一杯になっている自分がいることに気づいた。

「何してるの?二人共?」

「心晴!今話題の話してたんだよー」

もう一人の親友であるなた はるが跳ね気味で話に参加してきた。薫とは、高校1年生で出会った話の合う良き友人だが、心晴は少し違う。心晴とは中学校からの仲で、出会ってかれこれもう5年目になる。同じ高校に進学した唯一の友達で、薫と仲良くなったときにこの3人の仲になった。

「でさー、こいつは教えてくれないんだよ」

いつの間にか話が進んでいたようだ。

「まあ、こういうこと人に言いたくない人もいるんだし、無理に聞くのは良くないでしょ」

(キーンコーンカーンコーン)

「もう休み時間終わりかー。じゃあな」「じゃあまた後でねー」

そんなに時間は経っていない気がしたが、すぐ席に戻っていく薫と他の友達の所に行く心晴に手を振り次の授業の準備をする。さっきまで寝てたせいか少し視界がぼやけている気がするが、目をこすり眠気を払う。


家に帰って来たが、誰もいない。鏡を探してみる。まずは、自分ひとりでどの動物になるかを確認しないと気は済まないので、少し強張る体を動かし探し回ってみる。

(俺の考え的にライオンだろ)

気合を入れて、鏡を見てみるもなかなか条件に合うものは見つからない。

(はあはあ、なんだよもう)

何度か繰り返してくうちに疲労とイラつきが溜まってきたが、お風呂場に良い鏡があることを思い出した。最初の緊張感はとうになくなり素直に体を映してみる。

「は?ハリネズミ?」

全く検討違いないか動物が出てきて困惑する。そこでさっき見つけた、映った動物と性格の対応表を確認してみる。何回下にスクロールだろうか、やっと見つけたハリネズミの項目には、、、

「臆病、強がり、刺々しい?!」

またも度肝を抜かれ、落ち込んでいる所にもう一つ凶報が飛んできた。どうやら、自分の鏡上に映してしまった人は1ヶ月以内にその動物に変化していってしまうらしい。言葉にできないこの感情の拠り所を探していると、ふと鏡の中の自分の姿が揺らいでいることに気づいた。

(もしや、性格が正確に反映されていないせいで不完全な姿として映し出されたのか?もしかしたら、この後になる動物を変更できるかもしれない)

この考え方でいけば、ハリネズミからもう少しマシな動物、ましてやライオンなんかにもなれるかもしれない。天才的な発送に酔いしれながら寝室に向かい、いつものルーティンを行う。

「心晴、好きだよ」

一人、小声で自分の気持ちを吐き出す時間を作ることだ。人前で言い出せないことをこの場所で吐き出し、感情を制御する。正直、自分でもこのくせは恥ずかしいと思うが、自分をコントロールするのに必要なことだと割り切っている。目を閉じ、想いを声に乗せ、届くことのない言葉を叫んだ。


「おい!聞いたか?昨日の続報!」

薫が駆けてくる。

「俺の体に異変はないか?まだ大丈夫だよな?」

「おいおい、落ち着けって。1ヶ月はあるんだからすぐ変わるわけ無いだろ」

「なんでそんな落ち着いてんだよ!まあ、良かったわ。お前すごいなこの状況で落ち着いてられるの」

心は騒いでいても絶対に表には出さない。

「そもそも昨日の時点でわかってるんだから慌てることでもないだろ」

覚悟は昨日のうちに決めきっている。体からなにかが飛び出るようなそうでもないような感触がした。

「そうか、お前は鏡上に映してないから大丈夫なのか。それなら、安心だな」

言えない。自分も見てしまったなんて。絶対になんの動物か聞き返されてしまうから。

「2人共、騒いでないで私に気づいてよ!」

声の方向に顔を動かすと、少し不機嫌気味の心晴がいた。騒いでいたのは薫だけなのにと思いつつ、心晴のために一歩後ろに下がり問いかける。

「心晴は大丈夫なのか?」

何が?と言いたげな表情から納得した顔に変化した。コロコロ変わる表情もかわいい。

「私も覚悟は決めてるし、変化した後でも生活は変わらず送れると思ってるからね」

その時、芯のある考えに感心しながら、心晴がなんの動物になるか気になってしょうがなかった。しかし、その疑問は解消されないらしい。心晴の友達に連れ出されて行ってしまう心晴に、右手で顔の前で手を振り、別れを告げることしかできなかった。


「変化しても案外変わらないんだな」

薫がつぶやく。スマホを見るともう半月が経っていたらしい。安堵の声を出す薫に相反して自分の心は不安で満ちていた。どれだけ勇敢に振る舞う素振りや臆病さを隠しても映る姿はいつもハリネズミのままだからだ。

(おかしい。あの考えは違ったのか?いや、実例も見たことがあるしまだ可能性は残ってる)

「おい!聞こえてるか」

「ああ。聞いてる聞いてる」

不安に飲まれすぎたことに反省しながら、無意識にそんな言葉が出てしまった。

「いや、嘘だな。」

妙に真剣な薫の声にびっくりしてしまった。

「ずっと言いたかったんだけど。お前本音隠す癖あるだろ」

核心をつくそんな言葉が自分に刺さる。

「そんなの誰だってそうだろ」

「いやそんなことないな。だってお前心晴のこと好きだろ」

急な発言に冷やせがかく。

「でも自分の性格を好まず、変えようとしてる。実は、お前がどんな動物か知ってる。なんせ今そんな格好をしてたらな」

何も口に出せない。まるで、トゲを一本一本抜かれているような感覚。

「自分を好きになれないのに、誰かがお前を好きになれるわけ無いだろ!」

妙に響く言葉を出される。その瞬間心晴が前を歩いてるのが見えた。

「ほら、心晴に今の気持ちを伝えてみろ。いってこーい!」

力強い声で心晴に気づかれてしまう。

「どうしたの?なにか伝えたいことでもあるの?」

(・・・)

「まあ、今日は晴れてよかったわね、針」

薫にあんなふうに言われた手前引くことはできない。正直今の自分はあまり愛せないけど、受け入れることはできた。

精一杯の気持ちをぶつけよう。勇敢を演じきる俺の足掻き、強がりで臆病者な俺より

「心晴、君のことが好きなんだ!・・・」

「いいわよ!」



妙に白い部分が目立つ。そんな模様がひときわ目立つ。外では親子が話してるみたいだ。目をしっかり開け周りを見渡すと、病室だということがわかった。

(今のは夢?今どんな状況だ?)

とたん、急に心が苦しくなる。思い出してしまったからだ。昨日のことを。心晴に告白して言われたセリフを。

「ごめんね。実は薫のことが好きだから。凪はちょっと何考えてるかわからないからさ」

今でも一言一句思い出せるフレーズを脳を支配する。涙が溢れ出してきた。できることなら夢にずっと閉じこもっていたかった。夢、覚めた瞬間、すべてが現実に戻されていく感覚。まるで、この世の幸せが一瞬に凝縮されて消えていく。もう戻ることのできない、現実の苦しみとは比べられない痛み。痛みと絶望が胃の底から頭の先まで広がる。そして、夢を見ていた自分を呪う。視界の鮮明さ。時間の急な変化。異様な登場人物の少なさ。現実味のない出来事。どうして気づけなかったか理解できない。ふと、外の親子の言葉に耳を傾ける。

(ライオン、勇敢でなりたかったもの)

その時、夢の中の薫の言葉が心に刺さる。

(自分を愛せなきゃ)

なにかに追われるように、隣の戸棚から紙とペンを出す。

(自分を愛す一歩として、過去の自分に手紙を書こう。)

夢のすべてを書き記す。離れていく夢の欠片を必死にかき集めて下手ながらなぐり書きしていく。過去の勇敢に振る舞い虚勢を張る僕へ、強がりで臆病者な俺からの手紙。書き終わって窓の外を見てみると反射したハリネズミとライオンが重なっているような気がした。

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