參_私の名は……

「ごめんね、ウチのバカ旦那が。で、なんて呼んで欲しいの?」

「……名前、忘れた」


 本名は言いたくない、と。


「だから……、私に名前つけてほしい。えーと……」


 私が彼女の名前を知らないように、彼女も私の名前を知らない。

 ちょっと大仰に名乗ってみよ……。


棚機たなばた坐禅ざぜん蘆屋棚機津黄土桒祓坐禅あしや たなばたつ よどの くわはらえ ざぜんだよ」

「……え?」


 そんな反応しないでよ。名乗りたくないらしいけど武家の娘でしょ?

 折角木簡漁ってそれっぽい家名と氏と姓、見つけたんだからさ……。


諱で坐禅って呼んで」

「ん……坐禅、姐さん?」


 そんな蓼川衆の連中みたいな呼び方を……。

 まあいい。新しい名を今か今かと、目をキラキラさせて待ってるから、早く考えてあげないと。



 とはいえ。

 〈言霊〉。

 その人に直接結びつく名前は、力が宿りやすい。

 〈命名〉なんて、そこに込められた意味が強ければ強いほど、被命名者をある『方向』へ縛る呪いになる。それこそ寿限無みたいな名は、下手な呪術よりよっぽど強い。


 それから、命名・被命名っていう『関係』は、そのまま主従に直結する。

 普通は、親子なら血縁関係、結婚によって名字が変わる場合も婚姻関係とか性行為とかの影響に交じって、殆ど分からなくなるんだけど。

 でも、私みたいな呪術特化型が上書きするとなると、相当強い主従関係が生じる。

 ……本人が希望してるからいいよね。武士は主に仕えるものだし。


 それでも、出来る限りフラットな関係にしたい。だから、ほぼ渾名だった『坐禅』を諱として付けてくれた耕雨みたいに、あんまり考えずに決めよう。



 ん~……、花子……じゃあ流石に可哀想。茉莉、杏奴……って森鴎外か! 剣士だから、刀のアナグラムで高菜……、んー、なんか違うな。

 ……あんまり考えずに名前決めるとかムリー! そもそも私の頭の回転が無駄に速いせいでいろいろ関連付けて考えちゃう……。



 そうだ!


 彼女が森を抜けてぶっ倒れてた時の風景を思い出そう。確か低木が生えてた! だから、


「低木! 家名とかは自分で考えて」

「低木……。いいなまえ」


 気に入ってくれたようで何より。

 それに、耕雨への敵意も多少は収まっただろう。


「おなか、空いてるでしょ?」

「ぇ? ん、……うん」


 答えると同時、緊張やら混乱やらでフリーズしてた低木ちゃんの腹の虫が、ぐぅ……と可愛い声で鳴く。

 そこでタイミングよく現るるは耕雨っ! 襖を開け放ち、手には熱々の湯気を放つ薩摩芋!!


 なぜこんなにもタイミングがいいのか。これが愛の力……割とマジで。

 私の思考は常に、耕雨に駄々洩れになってる。呪術っていうのは感情を使う術だから、私の「ずっと耕雨と繋がってたい」って思いのせいで、〈思考共有〉の呪術を切るのが非常にめんどく……難しい。

 とはいえ、いくら耕雨でもプライバシーの侵害は良くないから、双方向性にはしてない。それに、常に〈思考加速〉掛けてる私の思考を、そのまま耕雨に送り込むと脳がパンクする上に、思考共有のラインが焼き切れて大変なことになるから制限してる。



「ほれ」

「え、あ、……えっと、これ、芋?」

「うん。薩摩芋」

「は、はむっ……あっ甘い。はふはふ……」


 彼女が食べているのは、紅ASMRって品種。

 江戸時代の飢饉や戦中戦後の食糧難などを救った作物と言えば薩摩芋! 今朝のお粥のかさ増しにも使ってた。

 桑織で栽培されているこの品種名の由来は、茎を油で炒めたときの音とも芋の咀嚼音とも、はたまた焼き芋にするときの焚き火の音ともいわれている。


 安納芋のような上品な甘さとしっとりねっとりした触感はないけど、素朴なホクホク感は最高! 若干繊維質なのはご愛敬。

 特にこういう美少女が頬張ってる姿は最高だよね。



 因みに、薩摩芋が関東まで広まったのは江戸時代だと言われてるらしいけど、只今、戦国時代です。

 異世界の影響ね。桑織に時代考証とかない。


 この地を不毛の地にする異世界の神の呪いを相殺するために、350年くらい前偶然訪れた旅の陰陽師・蘆屋あしや春蒔はるまきがかけた〈糸に関する植物しか育たない呪い〉と居住区を守る〈結界〉。

 これが、桑織が『糸に意図的に呪われた村』と呼ばれる所以であり、五年前、私は、とっくに綻びかけたこれを維持するための贄にさせられそうになったんだけど、まあ今そんなことはどうでもいい。


 この「糸に関する植物」の基準がガバガバすぎて、大抵の植物は育つどころか、普通以上に育って、数百年のうちに桑織の環境に適応した品種もいくつか生まれた。

 その代表格が、この『紅ASMR』と『山の上のオクラ』。

 品種名が変なのは気にしちゃダメ……!




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【登場人物紹介】


蘆屋棚機津黄土桒祓坐禅あしや たなばたつ よどの くわはらえ ざぜん


通称:棚機坐禅たなばた ざぜん

TITLE:親殺し・黒糸の邪神・〝不敬〟

JOB:桑織神社の宮司兼巫女

生年月日:旧暦1500年6月11日

年齢:数え12歳

MBTI:運動家(ENFP-A)

IMAGE:漆黒JET BLACK・大蛇

特化傾向:呪術特化型・準桑織特殊型

RANK:織天使

装備:#妹背鳥or#死出田長(黒染めの巫女服)・弓や短刀・他、符など多数


外見:

・実年齢よりかなり幼く見える。

・病的に青白い肌、朱色の瞳、漆黒の髪。

・漆黒に染め上げた巫女服、黒色の絡子、黒レースのヴェールのカチューシャを着用。


性格:

・俗物。

・耕雨とは事実婚。Sだが夜はドM。攻撃的に当たるのもまた愛情表現。

・善か悪かではなく、自分が好きか嫌いかで物事を判断する。自分の為に他者を傷つけることは、全く厭わない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年9月30日 21:00 毎日 23:00

黒衣の巫女 ziolin(詩織) @Kuwa-dokudami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ